35.わたくし天真爛漫さには自信があります
「ねぇ、貴女」
授業が終わり、寮に向かう道を歩いていると、女の子に呼び止められました。
その顔に、ほんのり見覚えがあります。
はて、どこで……と思って、その後ろに控える女の子たちを見て、理解しました。
後ろに悪役令嬢さんがいたからです。ということは、この方たちは悪役令嬢さんの取り巻きの皆さんですね。
「最近少し、身分を弁えない行動が多すぎるのではないかしら?」
その言葉に、ピンときます。
悪役令嬢さんは乙女ゲーム本来の筋書きでは、礼儀を弁えずに殿方――たとえば、悪役令嬢さんの婚約者であるウィリアム様とか――に馴れ馴れしく接するヒロインに、苦言を呈したりとか、牽制したりとか、そういうことをなさるのです。
天真爛漫で純朴な田舎娘であるところのヒロインは、そんな当たり前の苦言にも多大なショックを受けて落ち込んだりなどするのです。
それを大げさに取り上げたヒロインの取り巻きの殿方たちから邪険にされて、悪役令嬢さんは追放される――それが元々のストーリーです。
ですが実際のところ、これは乙女ゲームを下敷きにした「悪役令嬢モノ」の物語ですから、転生した悪役令嬢さんは破滅回避のためにヒロインにも親切にします。苦言を呈したりなどいたしません。
お顔と身分のおめでたい殿方たちは、悪役令嬢さんがよい子であることを知っているので、彼女の味方です。
この物語では最終的に追放されるらしいのですが、それはきっと何らかの……いえ、何やかんやの理由があって、あえて「追放されてあげる」だけにすぎないのでしょう。
そして追放された先で、スローライフで、もふもふで、猫カフェ経営で、「もう遅い」が展開される。
それがこの物語の概要なのです。
ですから、こんな風に取り巻きさんたちがわたくしに意地悪を言ったりしたら……悪役令嬢さんは、それを止めるはずですわ。
「ウィリアム様とも親しげにお話したりして……ご存じないのかしら? あの方はオフィーリア様の婚約者ですのよ?」
「ウィリアム様もオフィーリア様も、本来は貴女みたいに貧しい家の方が気安くお話できるようなお家柄ではありませんの」
ウィリアム様がこの場にいたら「俺とこの田舎女が親しげだと!?」とか怒りそうな気もしますけれど。
ウィリアム様の名前が出て、頭の中で点と線が繋がりました。
目の前の女の子の肩に乗っているのは、イタチ? フェレット? のような形の精霊さんです。
きっとこの前ウィリアム様とお話していた時に、足を引っ掛けるようにしたのはあの精霊さんなのでしょう。
さながら、そう。妖怪すねこすりのように。
田舎はさておいて、わたくしは天真爛漫で純朴ですから。このような苦言は甘んじて受けましょう。
自慢でしかありませんが、わたくし天真爛漫さには自信がありますのよ。
だってわたくしの笑顔、まるでひまわりが咲いたかのようなのですもの。
華やかで爽やかで輝く笑顔。これが天真爛漫でなくてなんだというのでしょう。
わたくしが天真爛漫でなければ誰が天真爛漫なのでしょう。逆に。
『お嬢サマはあとで「天真爛漫」を辞書で引いたほうがいいよ』
『あら、困ったわ。わたくしカトラリーより重いものは持ったことがありませんの』
『僕知ってるよ、そういうの「おまいう」って言うんでしょ』
取り巻きさんたちの文句をBGMに、わたくしはフィルと念話で軽口を交わすくらいに余裕綽々でした。
だって悪役令嬢さんが助けてくれるはずですもの。
純朴な田舎娘の貧乏伯爵令嬢であるヒロインとしては、おろおろして待っているくらいでちょうどよいはずなのです。
「だいたい貴女、この魔法学園に通うお金だって国の援助を受けているのでしょう? それなのに厚かましいのではなくて?」
「そうですわ。田舎者は田舎者らしく、もっと質素に振る舞ったらいかがかしら」
なのですが……悪役令嬢さんは、一向に何も言いません。何もしません。
取り巻きさんたちの後ろで、俯いているだけです。