34.パンツじゃなくても恥ずかしい
「メリッサベル」
廊下を歩いていると、ボンボンさんに呼び止められました。
カワイイの力による和解(?)を成し遂げたので、勝負を挑まれることはありませんけれど……時々呼び止められては、お金持ちにしか手に入らないカワイイ物自慢を聞かされています。
ボンボンさんはすっかり「カワイイ」の魅力に目覚められたようでした。やっぱり世界の共通言語は「カワイイ」ですわね!
わたくしとしても上質なカワイイ物を近くでインプットできるのはメリットですし、何よりカワイイ談義が出来るのは嬉しいので、興味深くボンボンさんの自慢に付き合っていました。
「持ってきてやったぞ。サミュエルの試作品」
「まぁ! ありがとうございます!」
並んで歩きながら、ボンボンさんが差し出した帽子を手に取ります。
ベロア素材に光沢のあるリボン、繊細なレースが絶妙なバランスで組み合わせられています。これは今年の秋冬に大流行間違いなしですわ。
「よく手に入りましたわね……! サミュエル氏はデザインを外に出すのを嫌がると評判ですのに」
「ふん、俺を誰だと思っている?」
言われて、瞬きをしました。
すっかり頭の中では「ボンボンさん」と呼んでしまっていますけれど……ええと。お名前は何だったかしら。
悪役令嬢さんはオフィーリア様で、精霊さんがセルティさんで……
「……ウィリアム様、でしたっけ?」
「おい、何故疑問形なんだ」
ボンボンさんが「まったく、失礼な奴だ」とか文句を言っていましたが、否定されないということは、お名前は合っていたようです。
わたくしの記憶力もなかなか捨てたものではありませんね。他の悪役令嬢さんをちやほやなさる殿方のお名前も思い出せるでしょうか。確か、クロウ様……いえ、クロード様……?
「今度我が家のパーティーにサミュエルが来ることになったから、誘ってやろうかと思ったのに」
「え」
前世の記憶に思いを馳せていたところ、ウィリアム様のとんでもない発言で思考が引き戻されました。
パーティー?
サミュエル氏が来るパーティー!?
「ウィリアム様! そのパーティー、わたくしも」
言いかけたところで、「何か」に足を取られました。
「きゃっ!」
「メリッサベル!」
隣を歩いていたウィリアム様が、傾いたわたくしの身体を支えようと手を伸ばします。
……が。
その手に触れる前に、わたくしの体がふわりと浮き上がって、空中で停止しました。
ずっと後ろに控えていたフィルが、わたくしの隣に歩み出ます。彼が魔法で浮かせてくれたようです。
「もう、気をつけてよね、お嬢サマ」
「あ、ありがとう、フィル」
お礼を言うと、呆れた様子でため息をつかれました。
というか、気を付けるとか気を付けないの問題ではないと思うのですけれど。
明らかに「何か」がわたくしの足元に現れて、文字通り足を引っ張ったのです。わたくしの不注意によるものではありません。
おそらくは魔法か精霊さんの力によるもので……フィルがそのことに気づいていないとは、思えないのですが。
ウィリアム様は私の肩先に触れるか触れないかのところで行き場を無くした手をしばらく右往左往させていましたが、やがてその手をそっと力なく下ろします。
そして、キッとフィルに向かって鋭い視線を向けました。
「おい。主人に対してどういう扱いをしているんだ」
「ちゃんと助けてあげたんだからいいでしょ、僕が」
「貴様が何もしなくても俺が支えていた」
「どうだか? 人間ってひ弱だから。一緒に情けなく転んでいたんじゃない?」
「何だと?」
何やら言い合いを始めた2人を、わたくしは宙に浮かんだまま眺めます。
と、言いますか、あの。これ、後ろから見たらわたくし、パニエが丸見えなのではないかしら?
奥が見えない安心仕様の高密度ふわっふわパニエですけれど、だからといって丸見え状態は望ましくありません。
パンツじゃなくても恥ずかしいものは恥ずかしいのです。
じたばたしても一向に地面が近づかないので、わたくしそっちのけで盛り上がっている二人に向けて、悲鳴のように叫ぶ羽目になりました。
「あの、下ろしてくださる!?」





