33.まぁ、お似合いなんじゃないの(フィリップ視点)
フィリップ視点です。
「田舎者! 勝負だ!」
またか、と思った。
悪役令嬢の婚約者――ウィリアムと言うらしい――は、ことあるごとにメリッサベルに勝負を挑んできた。
昼休み、放課後、魔法の授業の時間。毎度毎度、よく飽きないな、と思う。
だけど、何度も挑んだからといって結果が変わるものじゃない。
ウィリアムの魔力量は平均よりちょっと多いかどうか、という程度で……メリッサベルどころか、悪役令嬢だというあの人間と比べても明らかにランクが下だった。
なので、挑みに来ても……
「ちょっぴり大胆なドレスと大人なレースグローブで夜の妖精さんをイメージいたしました!」
「か、勝手に人の精霊を大人にするな!」
「ダッフルコートにマフラーで『まふもこ』を作って手元はあったかミトン! これが嫌いな方はいませんわ!」
「季節感を考えろ! 熱中症になるだろうが!」
「猫耳エプロンドレスは定番ですわね! 猫足ブーツと猫手袋も欠かせません!」
「俺の精霊に使用人の真似事など……おい! スカートが短すぎるぞ!」
とかなんとか、メリッサベルのいい着せ替え人形にされた挙句、
「くそ! 次こそは覚えていろ!」
と去っていく。だいたいこんな有様だった。
馬鹿なのかなぁ、あの人間。
まぁ、精霊本人は喜んでいるみたいだから、僕はいいんだけど。
だから今日も、「またか」と思ったんだけど。
僕とメリッサベルの前に現れたウィリアムは、これまでとは様子が違った。
まずシルエットからして違った。袖にはバサバサのフリルがこれでもかという質量で踊っているし、首元にはヒラヒラが幾重にも重なった……ジャボとか言うんだっけ。そんな過剰な装飾がくっついている。
ズボンもふわっと膨らんだ妙な形だし、タイツに編み上げブーツまで履いていて、そんな服着ている人間、オペラの中にしかいないんじゃないかというくらいの装飾過多っぷりだった。
これは過剰包装だよ。エコじゃないよ。日常生活に支障があるよ。
ウィリアムの連れている精霊も同様だった。歌劇の中でしか見ないような、フリルとレース盛り盛りのドレスを着ている。
主人に衣服を選んでもらったのが嬉しいのか、ものすごく機嫌が良さそうだった。
「いつまでも俺がやられっぱなしと思うなよ……いつもあの変な魔法で着替えさせられるから調子が狂うんだ。それならば……先に貴様の言う『カワイイ服』とやらに着替えておけば良い!」
馬鹿だった。
僕が思うよりだいぶ馬鹿だった。
自信満々の様子で高笑いするウィリアムに、正直言葉が出てこない。
ていうか言葉が通じる気がしなかった。
そっとメリッサベルに話しかける。
「お嬢サマ、あのボンボン、相当馬鹿みたいだよ」
「な、何てこと……!」
「……お嬢サマ?」
嫌な予感がして、メリッサベルに視線を向けようとした。
だけどそれよりも早く……疾風のごとく駆けだしたメリッサベルが、興奮した様子でウィリアムの手を取った。
「素晴らしいですわ!!!!」
「え?」
「とてもお可愛らしくていらっしゃいますわよ! ああ、フリルもふわっふわでとっても素敵!!」
「そ、そうか?」
「ええ! ちょっと近くで拝見しても!?」
返事も待たずに、メリッサベルは目をきらきらと輝かせて精霊とウィリアムの服を検分し始めた。
そして、あっと大きな声を上げる。
「こ、これはもしかして! 今社交界で引っ張りだこの新進気鋭デザイナー、サミュエル氏のデザインでは!?」
「え? あ、ああ。確かそんな名前だったような。母上が呼んだからよく知らないが」
「まぁ、まぁまぁ! ドレスを仕立ててもらうのは半年待ちと聞いていましたのに! しかもメンズラインの新作!! タックが上品でこれだけボリュームを出していても嫌味がないのはさすがです!」
「そ、そうだろう!」
「ドレスも、このサイズなのに人間用と変わりないとても精巧なつくり……やっぱりバッスルドレスは形が綺麗ですわ……精霊さんなら座れないことは大したデメリットではありませんものね!」
「そうだろう、そうだろう!」
うっとりと頬を染めて8割方何を言っているのか分からない台詞を並べ立てるメリッサベルに、ウィリアムとその精霊以外は全員引いていた。僕を含めて。
ウィリアムだけは何故かやたらと自慢げだった。たぶん意味は分かっていないのに。
「見目麗しい方が可愛らしいお召し物を着ていらっしゃることほど素晴らしいことはありません! これは世界のためになる偉業です!」
「せ、世界の?」
「ええ、世界の!」
自信満々に頷くメリッサベル。
困惑したような表情でそれを見ていたウィリアムだが、やがてにやりとその口の端を上げた。
「ふ、ふふ、はーっはっは! どうだ、これが俺の実力だ!」
馬鹿だった。
登場人物全員馬鹿だった。
何だろう。僕がしばらく人間と契約しないでいるうちに、人間ってみんなこんな感じになっちゃったのかな。
大丈夫かな、人類。近いうちに滅びるつもりかな。
呆れた目で主の奇行を眺める。
魔法対決だったはずなのに、魔法も精霊もそっちのけだし。
ていうか、悪役令嬢とその婚約者とは関わり合いにならない、とか言ってなかったっけ。
変人同士で盛り上がるのは勝手だけど……あんなに関わっちゃって。進んで不幸になりに行ってるようなものじゃないか。
頬を染めて、楽しげに……それはそれは嬉しそうに話すメリッサベル。
まぁ、お似合いなんじゃないの、とは思うけど。
わざわざ言わないけどね、そんなこと。





