閑話 悪役令嬢の婚約者視点
悪役令嬢さんの婚約者(通称ボンボンさん)視点の閑話です。
婚約者であるオフィーリアとテーブルを囲む。
会話はなく、食器の触れる音だけが響いた。
近頃はいつもこうだ。
婚約者であることを理由に、半ば義務のように月に1、2度会ってはいるが……毎回話すのは俺ばかりで、オフィーリアはせいぜい小さな声で「はい」と相槌を打つ程度だった。
辛気臭い女だ、と思った。
昔はそうではなかったような気がするのだが……いったいいつからこうなってしまったのだろう。
親が決めた婚約だ。互いに特に良い感情も、悪い感情もない。
ただそうなるべくしてなるだけだ。
彼女も内心ではこの会合を疎ましく思っているのかもしれない。
だが、もう少し円滑にものが進むように協力してくれてもよいのではないか。
こちらが話しかけても、「はい」のみで終わる会話に、思わずため息が溢れそうになる。
こんな調子では、話が続くわけがない。だんだんと1人で話しているのも馬鹿らしくなって、俺も黙っていることが多くなっていた。
オフィーリアの表情を窺う。
つんと澄ました顔をしている。夜闇のように黒い髪に、雪のように白い肌。薔薇の蕾のように赤い唇。
その造形こそ作り物のように見事だが……人形のようで、何を考えているのか全く分からない。
時間稼ぎに紅茶を口に運んだところでふと、やれカワイイだ何だと聞いてもいないことを騒ぎ立てる、例のいけすかない田舎女を思い出した。
そうか。どうせたいして反応がないのだ。
それなら、愚痴に付き合ってもらったとて構わないだろう。
「オフィーリア。お前はおとなしくて慎ましやかな女だな。あのメリッサベルとかいう田舎女とは大違いだ」
オフィーリアは返事をしない。
構わず、腹の中で抱えていた不満をぶちまける。
勝負を挑んでおいて公衆の面前で――非常に不本意ではあるし、あれで勝ったと思うなよという気持ちではあるが――負けてしまったのが気まずく、何を言っても負け惜しみになる気がして、友人たちには話しづらかったのだ。
「あの女、勝手に俺のジャケットの袖にフリルを縫いつけたんだぞ。しかも魔法を使って、精霊にまで妙な服を着せて。あんなにくだらない魔法を見たのは初めてだ」
話し出すと止まらない。
ああ、相当鬱憤が溜まっていたんだなと自覚した。
その後もつらつらと文句を並べ立てる俺を、オフィーリアが不思議そうな顔でじっと見つめていた。
俺の方からも、こんなに話をしたのは久しぶりかもしれない。
その表情は驚いているようではあったが……特に不快そうなものではなかったので、俺は時間たっぷりあの女に対する愚痴をこぼし続けた。