32.控えめに言って地獄
寝るまでは、今日ということで……
瞬間、わたくしの手のひらからキラキラした光の奔流が放たれました。
「ぐっ!?」
その光は、ボンボンさんと精霊さんに命中します。
いきなりわたくしが反撃したので、十分に防御できなかったようでした。
一瞬、目が眩むほど光が強くなります。反射で閉じた瞳を、そっと開きました。
何度か瞬きをして、目が慣れて来ると……一番に視界に飛び込んできたのは、ボンボンさんの精霊さんの、変わり果てた姿でした。
「きゃあ! カワイイですわ!」
何ということでしょう。
シンプルなワンピース型だった精霊さんのお洋服が、ふわりと重ねたシアーなオーガンジーがロマンチックなドレスに早変わりしていたのです。
シルクのロンググローブとのコーディネートも会心の仕上がりでした。
ポイントはリボンで高い位置にウエストマークをしてスタイルアップを狙いつつ、スカート部分のオーガンジーを2段にしてトレーンが揺れて視線が集まるようにしたところです。
「き、貴様、何を……!」
「可愛いでしょう! こちらのオーガンジーは」
「そんなことは聞いていない!」
ボンボンさんがばさりと袖を振って、わたくしの言葉を遮ります。
お心が豊かでない方は、せっかちでいけませんわね。
「俺の精霊に、よくも……」
今にも歯ぎしりをせんばかりの表情で、ボンボンさんはこちらを睨んでいます。
そしてもう一度袖を振ると、精霊さんに命令をしました。
「セルティ! あいつらにもう一発お見舞いしてやるぞ!」
手のひらをわたくしたちに向かってかざすボンボンさん。
ですが……待てど暮らせど、氷の塊は飛んできませんでした。
「どうした、セルティ! 次の攻撃を……」
ボンボンさんの指示に、精霊さん……セルティさんとおっしゃるようです……がふるふると首を横に振りました。
胸の前できゅっと両手を握りしめて、いやいやをしています。
その仕草に、わたくしは作戦が成功したことを確信し、心の中でぐっとガッツポーズをします。
精霊さんの言葉は分かりませんけれど……セルティさんが何を考えているかが、わたくしによく伝わって来たからです。
氷の塊を飛ばす時、それはセルティさんの手のひらから生まれているように見えました。
もし今セルティさんがそれをしようとしたら……手に嵌めたシルクのグローブを突き破って放つ必要があります。
セルティさんはそれを拒否したのです。何故かといえば、そう。
シルクのグローブとオーガンジーのドレスの組み合わせが、大変可愛らしかったからです。
セルティさんは、グローブに穴が開いてしまうことがお嫌だったのです。当然ですわ。
そんなことをしたら、せっかくのグローブが台無しですもの。
世界の共通言語は英語でも笑顔でもなく……「カワイイ」です。わたくしにはセルティさんが考えていることが手に取るように分かりました。
頷きあうわたくしとセルティさんの間に割り込んで、ボンボンさんが騒ぎ立てます。
「おい、卑怯だぞ貴様!」
「あら。とっても可愛くなりましたでしょう? 精霊さんも、貴方も」
「何?」
フィルが不思議四次元ポケット空間から鏡を取り出しました。
それを見て、ボンボンさんが息を呑みます。
ボンボンさんのお袖が――それはもうばっさばっさと揺れる、姫袖に様変わりしていたのです。
「な、何だこれは!」
「やはり片袖だけではアンバランスでしたから。お可愛らしいですわよ」
にっこり笑って心の底から称賛すると、見る見るうちにボンボンさんの顔が赤くなります。まぁ、照れ屋さんですのね。
……いえ、怒っていらっしゃるのだというのは、分かっているのですが。
「い、いいか! こんな勝ち方、俺は認めないからな!!」
捨て台詞のように言いながら、ボンボンさんは両袖を隠して教室を出て行ってしまいます。
その背中を、セルティさんが慌てて追いかけていきました。
捨て台詞を吐くということは、すなわち負けを認めたということと同義です。
やりましたわ。カワイイの勝利です。
しかもずっと使ってみたかった、フィルと一緒に唱えるあの呪文も成功しました。これでフィルも、次からはもっと乗り気で唱えてくれるはずですわ。
「どう、フィル!」
「控えめに言って地獄」
自信満々に振り返ったわたくしに、フィルがため息とともに呟きます。
地獄? カワイイ地獄ということかしら?
可愛すぎて、逆に?