30.心の豊かさはお金では買えません
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そもそも、貧乏人で田舎者であるところのわたくしがお裁縫が出来たとしても何のギャップにもなりません。
けれど、高貴なご身分であらせられる悪役令嬢さんがほつれている袖を直せたりしたら、その意外性で婚約者様のハートにダイレクトアタック間違いなしです。きゅんです。ずきゅんです。
もし悪役令嬢さんが筋書き通りの「破滅回避」を目指すなら、小学校の家庭科レベルの知識でチートが出来る好機を逃すはずがない……のですが。
待てど暮らせど、悪役令嬢さんは現れません。
「おい、早くしろ」
痺れを切らしたボンボンさんがせっついてくる始末です。
お金持ちだけあってわたくしより豊かな暮らしをしておいでのはずなのに、心に余裕がないようです。心の豊かさはお金では買えませんものね。
仕方なく、わたくしは押し付けられた上着を受け取りました。
悪役令嬢さんがお越しにならないのなら、仕方がありません。
一緒にいるところを見られて難癖をつけられても面白くありませんし、一刻も早く用件を済ませてお帰り願いましょう。
由緒正しい伯爵家の一人娘であるわたくしは、お裁縫にお料理にお掃除その他おおよそ貴族子女がするものではない家事雑用の類には何故だか不思議と手慣れておりますので、すぐに終わるでしょう。
持ち歩いている裁縫セットを使って、袖のほつれた糸を外すと、簡単にかがって綴じます。
「はい。出来ましたわ」
「待て」
わたくしが差し出した上着を受け取ったボンボンさんが、さっさと立ち去ろうとするわたくしを呼び止めました。
「何だこれは」
問いかけに、わたくしは首を傾げます。何って、上着に決まっているじゃありませんの。
わたくしを睨みつけながら、ボンボンさんが繰り返します。
「この派手な飾りは何だと聞いている」
「可愛らしいでしょう!」
「これ」が何を指しているのかを理解したわたくしは、えっへんと胸を張りました。
ただほつれを直すだけでは芸がありませんので、手持ちの三段フリルを縫い付けて差し上げたのです。
想像していた通り、ゆったりとしたフリルのついたお袖は、金髪碧眼、お人形じみた見た目のボンボンさんに非常に似合っています。
いい仕事をいたしました。
「ふざけるな!」
「そちらの袖にもつけますか?」
「貴様……」
にっこり微笑むわたくしとは対照的に、ボンボンさんは見る見るうちに不機嫌そうな表情になっていきます。綺麗なお顔が台無しです。
女の子も、男の子も。そして老いも若きも。笑顔が一番だと思うのですけれども。
「俺を愚弄するとは、良い度胸だ」
「いえいえ苦労というほどの手間では」
「決闘だ!」
びし、と、ボンボンさんがわたくしに人差し指を突きつけます。
まぁ。他人様を指さすなんて、なんとお行儀の悪いことでしょう。お心の貧しさが滲み出てしまっていますわ。
そして何より、「決闘」と言われてわたくしの脳内には完全にカードゲームが思い浮かんでしまっておりました。ボンボンさん、デュエリストだったのでしょうか。
「この後の魔法の授業でコテンパンにしてやるからな! 覚悟しておけ!」
何のデッキをお使いになるのかしらと考えているうちに、ボンボンさんは捨て台詞を残してずんずんと歩いて行ってしまいました。
覚悟は結構ですが、わたくしは先攻なのでしょうか。後攻なのでしょうか。それによって覚悟の度合いが変わるのですけれど……
「お嬢サマ、何やってんの。授業始まるよ」
ボンボンさんが去って行った方から、今度はフィルがやってきました。
一応わたくしが教室に来ないと迎えに来る程度には従者の意識があるようです。
「それが、悪役令嬢さんの婚約者様と、決闘することになりまして」
「え」
フィルは「何でそんな面倒なことに」とでも言いたげに眉間に皺を寄せて、わたくしの顔を見ます。
そしてしばらく沈黙してから、口を開きました。
「先攻なの? 後攻なの?」





