29.田舎者も貧乏人も誠に遺憾
学園生活にもすっかり慣れたころ。
わたくしは移動教室のために、てくぽく中庭を歩いていました。
魔法学園という割に、魔法の授業は週に1回だけ。それ以外はいたって普通のお勉強です。
しかも魔法の授業も座学が基本です。もっとこう、実践的な授業はないものでしょうか。
クラスの皆さんも退屈しているのがひしひしと伝わってきました。
いえ、何事も基礎が大切というのは分かっているのですけれど。車の免許を取るときだって、まずは座学ですものね。
ちなみにフィルは、お昼ご飯を食べているわたくしを置いて他の精霊さんと一緒に先に教室に行ってしまいました。
何故わたくしを差し置いてフィルだけがお友達を作っているのかしら。
食事の必要がないからといって、待っていてくれたって罰は当たらないのではないかしら。
「おい、そこの貧乏人」
一度フィルの目の前で「従者」を辞書で引いて見せた方がよいのかしらと考えながら歩いていると、ふと人の声が聞こえてきました。
まぁ、誰かのことを「貧乏人」と呼ぶなんて。口の悪い方がいらっしゃるのね。
「お前だ、お前! そこの田舎者!」
声の主が語気を荒げます。
やれやれ、呼ばれているのはどなたかしら、と周囲を窺いますが……何ということでしょう。声の主と思しき男子生徒以外は、わたくししかいませんでした。
あらあら。もしかして、わたくしのことなのでしょうか。
田舎者も貧乏人も誠に遺憾ですが、諦めて振り返ります。
わたくしを呼び止めたのは、悪役令嬢さんの婚約者様でした。
ええと、確かお名前は……ダメですわ。フィルが「ボンボン」とか呼んでいたせいでもう「ボンボン」しか思い浮かびません。
まぁあちら様もわたくしのことを「貧乏人」とか「田舎者」と呼んでいるくらいですもの。お互い様ですわね。
「わたくしに何かご用でしょうか?」
「これを直せ。貧しい家の者なのだから、繕い物くらい出来るだろう」
ボンボンさんがこちらに手を差し出します。
一瞬「これ」というのが何のことだか分かりませんでしたが、彼の上着の袖を見て合点がいきました。袖口がほつれていたのです。
いえ、びろーんと糸が出てしまっていて、「ほつれ」というのも烏滸がましいくらいの有様でした。大方何かにひっかけたのでしょう。
その様子をじっと見て、ボンボンさんの顔に視線を戻します。
「お家に戻られてから直しては?」
「ふざけるな。この俺がこんなにみっともない状態で授業を受けられるか」
そう言われましても、「どの」俺なのかわたくしにはさっぱりです。
だいたい人様に物事をお願いする態度ではありません。
半ば呆れながら、周囲を窺います。
こういうときは本来、悪役令嬢さんが颯爽と助けに来るはずなのです。そうして好感度を爆上げするはずなのです。
だってこの方は、悪役令嬢さんの婚約者様なのですから。
何やかんやあって婚約破棄しないどころか悪役令嬢さんを溺愛する一人、むしろ筆頭のはず。
そういった方が困っているときに現れずして、いつ来ると言うのでしょう。
 





