28.後学のために、微に入り細を穿ち
咄嗟に、男の方に詰め寄りました。
「あの。もう一度言ってくださる?」
「え?」
男の方は驚いたように目を見開きました。ですが、もう一度微笑みを浮かべて、答えてくれます。
「だから、君みたいな可愛い子と」
「もう一度!」
「か、可愛い?」
まぁ、まぁまぁまぁ!
わたくしは両手を頬に当てて、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねました。
ひとしきり感動を噛み締めた後、後ろのフィルを振り返ります。
「フィル、聞きまして!?」
「僕に振らないでよ、今必死で他人のフリしてるんだから」
何故他人のフリをしているかはこの際気にしないことにして、わたくしは彼の腕を掴んでぐいぐい引っ張ります。
「わたくしカワイイんですって! わたくし! カワイイって!」
「ヨカッタネ」
大騒ぎするわたくしとフィルを、男の人が不思議そうに見つめているのに気づき、はっと我に返ります。いけない、ついはしゃいでしまいましたわ。
慌ててお澄まし顔を取り繕って、口元を手で隠しながら上品に微笑んで誤魔化しにかかります。
「すみません、知らない方に面と向かって『カワイイ』と言っていただくのが、初めてだったものですから」
「え? そうなの?」
男の方が、すこしオーバーな仕草で目を丸くしました。
「こんなに可愛い子にそう言わないなんて。周りの男たちは今まで何を見ていたのやら」
「~~~~っ!!」
わたくしはフィルの背中をばしばしと叩きます。
ねぇ、聞きまして!? ちょっと! フィル!!
いえ、わたくしはカワイイのですけれど! その自覚は十分にあるのですけれど!
これ以上不審者だと思われないように思念を送りますが、フィルは再び他人のフリを始めたようです。
わたくしに「主は君で僕は従だ」と言った彼はどこへ行ってしまったのかしら。
「ええ、ええ! 本当に!」
わたくしは意気込んで、さらに男の方に一歩詰め寄りました。
男の方は優しげな微笑を湛えて、わたくしを見下ろしています。
「あの、もっと言ってくださるかしら?」
「え?」
「もう一度と言わず100度くらい」
「え??」
畳みかけると、彼は何故か戸惑ったような仕草で一歩後退します。
逃がしてなるものかと、わたくしはさらに一歩距離を縮めました。
「どのあたりが特にカワイイのかしら? お聞かせ願える? 後学のために、微に入り細を穿ち、じっくりたっぷり」
「え、えーっとぉ」
「あ、少しお待ちになって。メモいたしますわね! フィル! 紙とペンを!」
「嫌」
「あ、ああー! しまったー! この後用事があったのを思い出したぁ!」
男の方が、突然大きな声を上げました。
そして慌てた様子で二、三歩後ずさりすると、さっとこちらに向かって片手を上げます。
「ごめん! そういうわけで、案内は別の機会に! じゃあね!」
「えっ、あ、あの」
引き留める間もなく、男の方は颯爽と走り去っていきました。
ペンを持とうとしたわたくしの右手が、虚しく空中を彷徨います。
「用事では仕方ありませんわね……」
口ではそう言いながらも、しょんぼりしてしまうのを隠せません。もっと詳しくお話を聞いてみたかったのに。
……まぁ、それでもカワイイと言っていただけたことは変わりませんものね! それはとっても素敵なことですわ!
気を取り直して、ウインドウショッピングを再開します。カワイイお店を眺めているうち、心なしか足取りも軽くなりました。
わたくし、カワイイんですって。ふふ。ふふふ。
しばらくわたくしの様子を横目に眺めていたフィルが、口を開きました。
「……そんなに嬉しいんだ?」
「はい!」
わたくしは首を勢いよく縦に振りました。
嬉しいに決まっています。だってわたくしはカワイイを目指しているのですから、そう言われて嬉しくないわけがありません。
「だって、何よりも言われてみたかった言葉ですもの」
「領地では毎日言われていたじゃない」
「それは、そうですけれど。皆はわたくしのことを、生まれた時から知っているのですもの。知らない方に言われるのとでは、また違いますわ」
「ふぅん」
フィルは興味なさげに呟きました。
自分から聞いておいて、急に興味を失うのはやめていただきたいですわ。
仕方がありませんので、無視して歩き始めます。門限までの時間は有限です。目当てのお店はまだまだありますもの。
「…………」
ですが、フィルはそこに立ち止まったままでした。
ついてくる様子がないのに気づいて振り向くと、彼は何だか妙な顔をしています。
しばらく歯の隙間にスルメが挟まったような様子でしたが、やがて声を発しました。
「……お嬢サマはさぁ」
「はい」
「……変な子だと思うよ、僕は」
「まぁ! 変って何ですの、変って!」
その言い方に、わたくし頬を膨らませます。それは嬉しくない「おもしれー女」の言い方ワースト1です。
だいたいわたくしは面白いのではありません。わたくしはカワイイのです。