26.魔法『万力召喚』
「フィル! お買い物に行きましょう!」
「お買い物って」
学園の休みの日、わたくしはフィルにそう呼びかけました。
いえ、決してお買い物に誘う相手がフィルしかいないというわけではないのですけれど。
じゃあ他にいるのかというと、まだお友達が出来ていないので、いませんけれども。
でも寮の食堂のおばさまとは仲良くなりましたのよ。この前は余ったからとふかしたお芋をいただきました。
「お嬢サマ、お金持ってるの?」
「持っているわけがないでしょう」
失礼なことを言うフィルに即答しました。
もしもの時にと多少は持たせてもらっていますけれど、我が領地に余分なお小遣いを渡すような余裕はありません。
幸い学費と寮のお金は国が出してくれていますし、修学に必要な最低限のお金も奨学金として支援してもらえていますから、その中でやりくりすることになります。
まぁ、実家での暮らしとさして違いはありません。
「あのね、知らないかもしれないけど、都会にはひよこのオスメスを見分けるバイトはないんだよ」
まるで可哀想なものを見るような目で言い聞かせてくるフィル。
そのくらい、分かっているに決まっているじゃありませんの。まったく、失礼な。
「家で魔法の練習をしていて気が付いたのですけれど。魔法では、わたくしが思い描く範囲のものしか生み出せませんでした」
「まぁ、そうだね」
「つまり、どんなに可愛いお洋服を生み出そうとしても……『世界でいちばんカワイイお洋服が欲しい』と願っても、わたくしが知らないものは作れない」
ぴくり、とフィルの肩が動きました。
先ほどまでの呆れたような表情は形を潜め、真剣さを宿した金色の瞳が、わたくしを捉えます。
あのときと同じ目だ、と思いました。わたくしが、人間と精霊の契約についての話をしたときと、同じ目です。
わたくしをじっと見つめて……推し量ろうとするような、値踏みするような目です。
わたくしは自分の考えがおそらく間違っていないことを確信し、続けます。
「つまり、インプットが重要なのです。一流のカワイイは一流のカワイイに触れることから! カワイイものをたくさん見て、カワイイの引き出しを増やさなくてはならないのです!」
「へー、ふーん」
「真面目に聞いてくださる!?」
急に興味を失われてしまいました。
さっきの興味ありげな目は何だったのかしら。わたくしを揶揄って遊んでいるのでしょうか。
「街に出るのはいいけどさ。君、誘拐がどうとか言ってなかった? ふらふら出歩いて大丈夫なの?」
「もしもの時は、魔法『スタンガン召喚』と魔法『催涙スプレー召喚』でなんとかします」
「魔法って付ければ何でもいいと思って」
「最悪の場合は魔法『万力召喚』で」
「何を挟むつもりなの」
それはもう、一番ダメージの大きそうな部位を挟むつもりですけれども。
意気込んで両手を握るわたくしに、フィルがやれやれとため息を吐きました。
「無から有を生み出す方が魔力を沢山消費するって言ったよね? 万力はともかく、スタンガンやら催涙スプレーみたいにこの世界にないものを作ろうと思ったら、ますます魔力を使うよ」
「そういうものですのね」
これは初出の情報ではないかしら。
知っている物しか生み出せない、というのはわたくしが気づいたことですけれど……便利で万能に思える魔法にも、案外出来ないことや制約が多いようです。
「せっかく魔法なんだから、物理じゃなくてさぁ」
「まぁ、でも」
フィルの言葉を遮って、わたくしはバッグを彼の手に押し付けます。
門限までに帰って来ないといけませんし、見たいお店がいくつもありますもの。
「貴方がいるから大丈夫でしょう?」
「別に助けるとは言ってないけど……」
「従者って何なのかしら」