22.見上げ続けたから、知っている
胸を張って学園の門をくぐったわたくしの自信は、あっという間に打ち砕かれることとなりました。
わたくしとフィルの隣を、銀色の狐を連れた女の子がしゃなりしゃなりと歩いて行きます。
透き通るような銀髪はまるで絹糸のように美しく艶めき、白磁の肌の上を滑らかに跳ねています。
海のように深く青い瞳に桜色の唇。長い手足と華奢な体で、全ての視線をその身に集めるような清廉さを醸し出しています。
反対側を小走りで駆けて行ったのは、ふわふわとお砂糖菓子のように軽やかにカールした桃色の髪をツインテールに結わえた女の子です。
女の子の頭の上にはしっぽがチャーミングなカールを描いたリスが乗っかっています。
薔薇色の頬にこぼれそうなほど大きくまんまるの瞳と、長い睫毛。
小柄だけれどスタイルが悪いと感じさせない、愛らしさを凝縮したような出立ち。
どちらもわたくしに引けを取らないくらい、……いえ、少々見栄を張りましたけれど、ともかく、掛け値なしにカワイイのです。
学園一の美少女と言って差し支えないでしょう。
けれど、驚くなかれ。
学園の門の中を歩いているのは、そんな女の子ばかりだったのです。
もしもわたくしがカワイイ力を数値化するスカウターを持っていたなら、カワイイ力53万どころかあまりのカワイイ力にスカウターが壊れてしまったことでしょう。
よく考えてみればそれも当然です。ここは乙女ゲームの世界――という設定の、小説の世界です。
登場するキャラクターはみな可愛かったり美しかったりするに決まっているのです。
だって悪役令嬢さんのお友達になるかもしれない方ですもの。そのキャラクターが可愛くなかったら、一体全体誰が得をするのでしょうか。
対するわたくしは、ヒロインではありますけれど、立ち位置としては純朴で天真爛漫な田舎娘。
都会のお金持ちのお嬢様方に囲まれたら、ちょっと埋もれてしまうくらいがちょうどいい。
よくよく考えてみたら、それが必然と言いますか……すとんと腑に落ちます。
決してわたくしが可愛くないというわけではありません。ですが……こうして他の女の子を目の前にすると、思ってしまいました。
わたくしよりカワイイ女の子は、たくさんいるのね、と。
つまるところ、わたくしは――井の中の蛙だったのです。
純朴な田舎娘の称号に恥じぬ、世間知らずだったのです。
世間にはこんなにも……カワイイひとがたくさんいたなんて。
わたくしは、初めて触れた現実に打ちのめされました。
現実とは、厳しいもの。わかっていたつもり、なのですが。
頭の中で、ふと声がしました。
フィルではなく、わたくし自身の声です。
いえ――前世の自分の声、というのが正しいのではないかしら。
――じゃあ、もう諦める?
思わず足を止めかけて……ぶんぶんと頭を振りました。
いいえ。
いいえ、いいえ!
わたくしは諦めません。
だってわたくしは――諦めきれなかったんですもの。
前世の、今よりもっと可愛くなかったあのときでさえ。
わたくしは、カワイイを諦められなかったのです。
ずっと焦がれていたのです。羨んでいたのです。
誰に笑われても、馬鹿にされても。自分で自分が嫌になっても。
それでも心のどこかで、諦められなかった。
追い求めてきたそれにやっと手が届きかけたのに……簡単に手放して、なるものですか。
簡単に諦めて、なるものですか!
井の中の蛙は大海を知らないでしょう。でも知っているのです。見上げ続けた、空の青さを。
見上げ続けたから、知っているのです。
前を向くのです、メリッサベル・ブラントフォード!
わたくし自身がわたくしのことを愛せないでどうします。わたくし自身がわたくしのことを信じないでどうします。
わたくしはカワイイ。
もっとずっと、可愛くなります。
それなのに、誰かと比べて諦めるなんて――ナンセンスです。その行いこそ可愛くありません。
いつかきっと、わたくしは宇宙で一番カワイイと、わたくし自身が胸を張って言えるその日まで。
わたくしは前を向いて、走っていくのです。
だって、女の子は。
睫毛も、視線も。上を向いていた方が、カワイイに決まっていますもの。





