20.布はね、多ければ多いほど、カワイイのよ
「お嬢サマ」
翌日、フィルが何着ものシャツを抱えてわたくしの部屋に飛び込んできました。
つかつかとわたくしの前まで来て、持っていたシャツを広げて見せます。
「僕の服に死ぬほどフリルを縫い付けたのは君?」
「カワイイでしょう!」
「ちがう、そうじゃない」
彼は不満げに肩を怒らせています。
広げたシャツの袖と襟には、わたくしが縫い付けたフリルとラッフルが揺れています。
改めて見てもよい出来です。既存のシャツと違和感なく組み合わせられるよう、生地選びには細心の注意を払いました。
このあたりは日頃のお裁縫力が遺憾なく発揮できたと思います。
もう着られなくなってしまったわたくしのドレスから生地を取ったものもありました。
非常にサステイナブルですわね。
精霊さんの着ている服ですから、針を刺した瞬間に動き出したりしたらどうしましょうと不安でしたが、杞憂でした。
どれも大人しく縫われてくれましたし、最新の流行の形ではありませんが仕立てが良いものばかりです。
「何、この、これ。ばっさばさ」
フィルがしかめっ面で着ているシャツの袖を振ります。
たっぷりの布を使ってギャザーを寄せたラッフルがまるで天使の翼のように揺れました。
うっとりしてしまうほどのすばらしい仕上がりです。
「よく似合っていますわよ」
「そんなこと聞いてない」
「フィル、よろしくて?」
彼の肩に手を置いて、静かに言い聞かせるように告げます。
「布はね、多ければ多いほど、カワイイのよ」
「そんなことも聞いてない」
フィルが吐き捨てるように言いました。
そして手に持ったシャツを裏返すと、後ろ身頃をばしばしと叩きます。
「あと背中に布を当てないでよ! 翼を出すとき困るだろ!」
「え? フィル、貴方翼が出せますの?」
「出してたでしょうが、最初に会ったとき!」
そう言われても、ツノとお顔にかかりっきりで、翼までは意識が回りませんでした。
思い出そうとして見ても、すでに遠い記憶の彼方です。
「じゃあ何のためにシャツに穴が開いてると思ってたわけ?」
「よほど肩甲骨の形に自信がおありなのねと」
「そんなわけあるか!」
フィルが地団太を踏みました。翼がある人も地団太を踏むのですね。
「もーーほんと余計なことしないでよ、何も全部の服につけなくたっていいじゃないか」
「主の望む衣服を身に着けるのも従者の仕事ですわ」
「従者やめたい……」
フィルが大きなため息を吐きました。
お仕事は楽しいばかりでは務まりません。現実とは、社会とは厳しいものです。ですが、制服支給と思えば好待遇なのではないかしら。
わたくしは学園では制服を着ることになっていますけれど、フィルにはありませんもの。
せっかく素材は良いのですし、少しでもカワイイ従者に積極的になってくれると良いのですが。