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15.人間の親、というものは(フィリップ視点)

フィリップ視点です。



「フィリップ君、釣り下手だねぇ」

「…………」


 餌だけ取られた釣り針を睨んでいると、メリッサベルの父親……ブラントフォード伯爵がへらへら笑いながら近づいてきた。

 手に持ったバケツには、大きな魚がはみ出るくらいに入っている。


 そういうこの人間は釣りがうますぎる。伯爵家の当主ではなく釣り人の方が向いているんじゃないか。


 僕の釣り竿の先に、また餌が付け直された。

 こんなことするより、竜巻を起こして川の中の魚を全部巻き上げてしまった方が、早いのに。

 水の精霊を連れているのだから、この人間だって似たようなことは出来るはずだ。何故わざわざ自分で釣るような真似をするのだろう。


 かといって、この人間には簡単に出来ることが自分には出来ない。そのことが何となく面白くなかった。僕は言い訳をするように呟いた。


「そもそも精霊は食事、必要ないし」

「えっ? うちの精霊、どっちもご飯食べるけど」


 ブラントフォード伯爵が顔を上げて、僕を見る。

 目を丸くしていて――へらへらにこにこしていて気付かなかったが、瞳の色がメリッサベルと同じだった――、どうも本当に知らなかったらしい。


 彼が自分の精霊を振り返る。

 メリッサベル曰くクリオネという生き物に似ているらしい水の精霊は、何かを誤魔化すように空中に水滴を浮かべたり川に落としたりを繰り返していた。


 精霊同士はある程度意思疎通が出来るけど、あれは下級の精霊だ。会話というほどのやり取りは出来ない。

 僕に伝わって来たのは、それが慌てていることと、「ご飯おいしい」という感情だけだ。

 特に責める意図はなかったのだけれど、慌てているところを見ると後ろめたさがあるようだ。


「まぁ、嗜好品ではあるけど、食べられないわけじゃないよ」

「よかったぁ」


 ブラントフォード伯爵は、また相好を崩す。

 勝手に僕と契約したメリッサベルのことを叱っていた時も、怒った顔は3分と持たなかった。もとがああいう、へらへら気の抜けた顔なのだろう。


「せっかくなら一緒に食べた方が、楽しいからね」

「……そう」

「そうだとも」


 手慣れた様子で自分の竿にも餌を付けて、川に投げ込んだ。

 しばらく、どちらの竿にも動きがなかった。

 じっと水面を眺めていると、ブラントフォード伯爵がぽつりと零す。


「娘には、苦労をかけていてね」


 僕に言っているのか、一人で喋っているだけなのか。

 判別がつかないくらいの微妙な声の大きさだった。

 とりあえず、黙って水面を見る。


「僕にもう少し商才があればよかったのだけど……何とか領地を守っていくので精いっぱいで、あの子には我慢ばかりさせて」


 我慢、していたっけ?

 記憶の中のメリッサベルを思い浮かべて、僕は頭を振った。

 全然していなかったと思う。両親が甘やかすのをいいことに、好き放題やっていたという印象しかない。

 こっそり育毛剤をくすねていたらしいことを教えてやった方がいいのかな。


「だからせめて、学園に通う間は……楽しく過ごして欲しいんだ。この領地、若い子が喜びそうな娯楽とか何もないしね」


 淡々と言いながら、竿を上げる。

 糸の先には、大きな魚が掛かっていた。

 僕も竿の先に目を向けるが、ぴくりとも動いていなかった。


「それで出来たら、いい相手を見つけて、嫁いでくれたら。何不自由なく、笑って暮らせるような相手と結ばれてくれたらと思っているよ」


 メリッサベルが「人身御供」とか言っていたのを思い出した。

 そりゃあこの貧乏貴族の暮らしからすれば、どこの家に嫁いでも「玉の輿」だろう。

 こういうのを、人間は「親の心子知らず」というらしい。


「あの子が幸せに暮らせるなら……この領地は、僕の代で王様にお返ししたって構わない」


 隣に立つ男を見る。

 領地を返上するというのは、家が途絶えるということだ。これまでの人間とのかかわりから、貴族というのは家の繁栄を何より重んじるものだと……思っていたのだけれど。

 なのにこの男は……ブラントフォード伯爵は、へらへらと笑ってそんな話をする。


 人間の親、というものは、皆こうなのだろうか。

 自分以外の幸せのために、自分を犠牲にする。僕にはその感覚は、分からなかった。


「フィリップ君。娘をよろしくね」


 領民たちに言われたのと似たようなことを言われて、僕はふんと顔を背けた。

 頼まれなくても契約した以上、それなりの働きはするつもりだ。

 そこらの下級精霊と比べて劣っているなんて思われたら、僕の威厳にも関わるし。


 ……メリッサベルの「好き放題」と「カワイイ」に付き合うつもりは、あまりないけれど。


「フィリップ君、フィリップ君!」

「何」

「引いてるよ!」


 言われて、僕は慌てて竿の先に視線を戻した。


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