14.夏休みにしか会わない親戚のおじさん
※ 虫とかザリガニとか、あと人によってはグロいと感じるかもしれない表現があります。苦手な方はご注意ください。
ひよこの選別を手伝った後、みんなで軽く昼食を食べて、お父様と一緒に川に向かいました。
麦わら帽子にフリルたっぷりの日傘で、紫外線対策はばっちりです。
お父様はやたらと張り切った様子で、釣り竿をぶんぶんと振り回しています。
「今日はフィリップ君の歓迎会だからね! 張り切って釣っちゃうぞ」
「伯爵家の当主が自給自足はおかしいって」
「あら。狩猟は貴族の一般的な娯楽ですわ」
「釣りは狩猟に数えないよ」
沢の近くで荷物を降ろし、お父様が釣りの準備を始めます。
わたくしも持ってきたバケツを地面に置きました。
「フィリップ君も一緒にどうだね」
『ねぇ、君の父親、対応が完全に夏休みにしか会わない親戚のおじさんなんだけど』
にこにこ顔でフィルに釣り竿を差し出すお父様に、フィルが脳内に直接文句を言ってきました。
別にいいではありませんか、親戚のおじさんでも。
「はい、餌を付けてあげたから、この竿を使いなさい」
「貴族はゴカイを自分で針につけないって、ねぇ」
「お、そうそう、この虫はゴカイと言うんだ。よく知ってるなフィリップ君」
「……別に、普通でしょ」
フィルが渋々といった様子で竿を受け取りました。
じっと、針の先についたゴカイ……まぁ要するに虫ですけれども……を眺めています。
まだ生きていて、うねうね動いています。正視に耐えず、わたくしはそっと視線を逸らしました。
「フィル、貴方、虫は平気なの?」
「平気っていうか。気にならないかな。何で?」
「『僕は田舎者じゃない』みたいな雰囲気を醸し出していらっしゃるので、苦手なのかと思っていましたわ」
「まぁ、僕からしてみれば人間と大差ないしね」
しん、と辺りが静まり返りました。
さっきまでご機嫌で鼻歌を歌っていたお父様も黙っています。
しばらくの沈黙の後、フィルが苦々しげな顔で言います。
「冗談だよ」
「分かりにくいですわ」
「流石に大きさが違うからね、区別はつくよ」
「そこで区別してほしいわけじゃありませんけれども」
とりあえず人間と虫の違いは理解してくれているようでほっとしました。
やっぱり精霊さんというのは、わたくしたちとは違う生き物なのですね。
お父様やお母様の精霊さんを見ると「それはそうだろうな」と思うのですけれど、フィルはツノ以外はわたくしたちと大差ないので、何となくわたくしたちと近いように思ってしまうのですけれど……フィルからすれば、精霊さんと自分の方が近いのでしょう。
「お嬢サマは? 釣りしないの?」
「いえ、わたくし虫系はちょっと」
「嘘でしょ、田舎者のくせに」
「よく見かけることと、苦手かどうかは別問題ですわ」
わたくしはぷいと顔を背けました。
あとわたくしは田舎者ではありません。閑静な土地で暮らしているだけです。
いいところですのよ、我が領地。確かに少々王都からは離れていますけれど、実際のところそれほど田舎ではありません。
大きな国道の近くですから王都に出るのも容易いですし、物流の中継地として潤沢な土地を生かした駅舎も、それに付随した市場もあります。
前世で言えば、イ○ンやコス○コがある程度には栄えていますもの。
かといって都会すぎるというわけでもなく、少し街から離れれば、そこには緑に包まれた野山が広がっていて、とても清々しいのです。
新鮮な山の幸をふんだんに手に入れることも出来ますし、山に囲まれた盆地だけあって気候も温暖。
土地が広くて人口はそこそこ、ごみごみした喧騒とは無縁の暮らしやすくちょうどよい土地なのです。
『世間ではそれ、田舎って言うんだよ』
『あら、よく回るお口ですこと』
少々田舎者呼ばわりへの抵抗が強すぎたようで、フィルにまで考えていることが伝わってしまったようです。
脳内で言い返してみましたが、念的なサムシングで会話をしているのでお口は動いていませんでした。
もしかしてお父様やお母様も、こうして念的な物で精霊さんとお話していたのでしょうか。
「釣りしないなら、そのバケツは何?」
「これですわ」
バケツに1匹入れて来たものを取り出して、フィルに見せびらかします。
「ザリガニ?」
フィルがぱちぱちと瞬きしました。
そうです。わたくしが持ってきたのは、ザリガニでした。
以前取った分の残りで、庭の池に入れておいたものです。
ザリガニ――この世界は西洋風ですけれど、このザリガニは何ザリガニなのかしら。アメリカザリガニ? ヨーロッパザリガニ?――は生命力が強いので、放っておいてもそこそこ生きていてくれます。
わたくしはザリガニを両手で掴んで、そして。
「そして、これをこう」
「え、ちょっと」
ばきり。
「半分にしたこれに糸をつけて」
「まさか」
糸の先に餌を付けて、川べりの岩場の辺りに垂らします。
ほんの一瞬水につけただけで、糸がぐんと引かれ……岩で糸を切らないように注意しながら引き上げると、いとも簡単にザリガニが釣れました。
「ほら! 釣れましたわ!」
「マジかこいつ」
「これがいちばん釣れるんですのよ」
「悪趣味だよ」
フィルが完全に引いた顔をしています。
あら、何故でしょう。おいしいのに。
「僕が人間で同じことをしたら引くくせに……」
「弱肉強食ですもの。ザリガニさんに恨まれるのは致し方ありません」
さらに釣り上げたザリガニをバケツに移します。
目の前で同じことをされたらそりゃあ引きますけれど、そんなことを言っていては農業も畜産業も務まりません。
すべての命に感謝をしつつ、いざわたくしが食べられる側になったらそれはもう全力で抵抗する所存です。
「しばらく庭の甕の中で泥を抜いてから食べるのですわ。小さい物は池に入れておいて次の時の餌にします」
「共食いさせたザリガニなんか僕は食べない」
「今朝のスープにも入っていましてよ」
「もう食わされてた……」
呆然と呟くフィルを尻目に、わたくしはより良い釣り場を探して川沿いを下り始めました。