12.何の専門的知識もありませんけれど
※ 動物さんを食べる話が出てきます。苦手な方はご注意ください。
「見分けられたからって何になるの?」
「メスは卵を産みますから。オスとは価値が全く違いますのよ」
空箱を2つ用意します。
腕まくりをして、ひよこがたっぷり入った箱の前にしゃがみ込みました。
箱ごとにオスとメスを分けていって、メスの方はこのあと養鶏場に運ばれていくのです。
「オスはどうするの?」
「カラーひよこにして売ります」
「カラーひよこ」
箱に手を突っ込むと、ヒヨコたちが逃げまどいます。
隅っこに追い詰めて、一匹つかみ上げました。
雌だったので、左側の箱に入れます。
「わたくしもせっかく異世界転生したのだからと、農業や畜産業でチート的なことができないか、いろいろと試してみましたの。何の専門的知識もありませんけれど」
「不安しかないよ」
「その中で唯一、それなりに売れたのがこちらのカラーひよこです」
「他のラインナップが気になるよ、逆に」
次のひよこを掴みます。
メス。次もメス。次は、オス。
「大丈夫なの、それ」
「ちゃんと動物の体に害にならない染料で染めておりますわ」
「違う、僕は動物愛護的な心配をしてるんじゃない」
フィルが苦々しげな顔で、わたくしが握ったひよこを見下ろします。
ひよこはフィルの顔を見て、ヒヨと鳴きました。
「売れてるの? 色を付けただけのひよこが?」
「都会の方には珍しいようで。出店が出るようなお祭りに持っていくと、家畜としては価値の低い雄鶏でもよく売れるのです」
手に持ったひよこを右側に入れます。
このひよこたちのうちで半分くらいは食肉用に、半分くらいはカラーひよこになります。
近世くらいの文明度のこの世界では、まだブロイラーだとか白色レグホンだとかの品種改良はさほど進んでいませんので、卵を採るための鶏と食肉用の鶏は兼用です。
つぎのひよこも右側の箱に入れました。おいしくなぁれの気持ちです。
「売れてはいるのですけれど、都会の方は『大きくなって飼えなくなった』『かわいくなくなった』『うるさくて近所迷惑』とおっしゃる方も多くて」
次のひよこを左の箱に入れます。
ひよこですもの、大きくなったら鶏になります。
オスだと全長70センチ以上になることも多いですし、朝には元気にコケコッコーと鳴くでしょう。
当たり前のことだと思うのですが……不思議なことに、それを想像できずにカラーひよこを手に取る方が多いようなのです。
嘆かわしい限りです。
「どれほど小さなお屋敷にお住まいなのかしら。おかわいそうに」
「そりゃあここじゃ鶏が鳴こうが牛が鳴こうが誰も気にしないだろうけどさ」
フィルが言うのとほぼ同時に、庭の外から牛の鳴き声が聞こえました。
マークおじさんが連れてきたハナコかしら。ちなみに名前はわたくしが付けました。
のどかでのんびりしているのも、我が領地の良いところです。
「うるさかったら、食べてしまえばよろしいのに」
「貴族はね、ペットを締めて食べないんだよ」
その言葉に、わたくしは頷きます。
どうも本当に都会の方は、大きくなった鶏をどうしてよいのか、困ってしまうそうなのです。
「ですから、今はそういった方からの回収サービスと並行して運用しておりますの」
「回収サービス」
「餌代がかからずまるまると太ったチキンが手に入るので、得した気分になりますわ」
「もう『チキン』って言っちゃってるもん」
ため息をついたフィルを横目に、わたくしはひよこの仕分けを続けます。
オス、メス。これはオス。オス、メス。
「……ねぇ、僕は何を見せられてるの?」
「お兄ちゃんはちょっとこっち、手伝ってくんろ」
「え?」
「精霊ならこんくらい余裕だべ」
黙々と作業を続けるわたくしに飽きてしまったらしいフィルに、マークおじさんたちが手招きをします。
若者の少ない土地ですから、使えそうな労働力をみすみす見逃すはずがありません。
「そりゃ、人の子にできることはたいていできるけど」
「立派なツノだねぇ」
「うちのハナコにも負けねぇなぁ」
「なんまんだぶなんまんだぶ」
「拝まないでくれる?」
なんだかんだ文句を言いながらも、フィルはみんなに連れられて行きました。
人見知りかもしれませんけれど、我が領地は領民全員顔見知りのご近所さんとも言うべき、アットホームな土地柄です。
ぐいぐいくるみんなの雰囲気に流されて、きっと仲良くなってくれるでしょう。