11.カモノハシって不思議な生き物ですものね
「お姫様。今日もこのあと、手伝ってもらってええだか?」
「ええ、かまいませんわ」
わたくしは頷いて、席を立ちました。
トリシャばあちゃんの案内について、屋敷の玄関へ向かいます。
「手伝いって、何するの?」
心の声だけうるさかったフィルが、本当に口を開きました。
彼の姿を見て、皆が不思議そうな顔をしています。
それはそうですわ。何と言っても角が生えてしまっていますもの。
フィルの質問は後回しにして、隣の彼を手のひらで示し、皆に紹介します。
「彼はフィリップ。わたくしの精霊です。契約をして、わたくしの従者になったのですわ!」
「やぁ、人の子よ」
フィリップが軽く顎を上げて挨拶します。手を振るでも礼をするでもありません。
はたして本当に挨拶だったのかも疑問になってしまうレベルでした。もしかして人見知りなのでしょうか。
礼儀のれの字もないフィルの様子を気にも留めず、みんながぞろぞろと歩いてきて彼を取り囲みます。
カモノハシでも見つけたかのように、物珍しそうに彼を上から下まで眺めていました。
カモノハシって不思議な生き物ですものね。哺乳類なのに卵生で、見た目はなんともぼんやりしているのに、毒があったりする。ついついじろじろ見てしまう気持ちは分かります。
フィルはものすごく嫌そうに、みんなを見下ろしていました。
「精霊? 若ぇ兄ちゃんにしか見えねぇけんど」
「領主様のとずいぶん違うな」
「シュッとしとるのぉ」
「ありがたや、ありがたや」
田舎のお年寄り特有のゼロ距離攻撃に、フィルがたじたじになっていました。
わたくしの方をじっと見つめて、念を送ってきます。
『ねぇなんか拝まれてるんだけど』
『大丈夫です、害はありませんから』
『あったら嫌だよ』
確かに、害のあるお祈りはもはやお祈りではないかもしれませんわね。
いつまでも居心地の悪そうにもぞもぞしているフィルから離れて、トリシャばあちゃんが玄関の外へと進みます。
ついていくと、一抱えほどの大きさの木箱が4つ積まれていました。
他のみんなを伴って、フィルも玄関から出てきます。
「何、それ」
「ひよこです」
「ひよこ」
木箱を1つ開けて見せます。
黄色くてふわふわした愛らしいひよこが、名前のとおりひよひよと鳴きながら木箱の中にひしめき合っていました。
「ひよこを、どうするわけ? 食べるの?」
「食べませんわ」
食べるなら育ててから食べます。
ひよこのままでは食べるところがほんのちょっとしかありませんもの。丸ごと焼いてもおかずというには寂しいです。おやつですね。
骨までおいしく食べられるところは、まぁ利点ですけれど。
「わたくし、1つ特殊能力がありますの」
「君の事情を覗いた限り、それらしいものはなかったけど」
怪訝そうに首を捻るフィルに、わたくしはたっぷりしっかり勿体つけてからえへんと胸を張って、高らかに宣言します。
「ひよこのオスメスが分かりますの!」
「…………」
「それも瞬時に、手に持っただけで!」
「……………………」
フィルが黙ってしまいました。
心の声も聞こえてきません。
どうやら唖然としているようです。
それはそうでしょう。ひよこの雄雌を見分けるのは非常に難しいのですもの。
実のところ、わたくしだって何故見分けがつくのかはよくわかっていません。
ただ手に持った瞬間に、それが分かるのです。
初めてこの能力に気づいた時には「こういうのを特殊能力というのね!」と感動したものでした。
「……君、酪農家の娘だっけ? それとも僕が知らないうちに人間の『貴族』の定義が変わった?」
フィルが胡乱げな瞳でわたくしを見ています。
何故でしょう。まったく目に生気がありません。
今まで、この特殊能力を披露して「すごい!!」と叫ばなかった方はいなかったのですけれど。
やっぱり精霊さんですから、人間とは価値観が違うのかしら。