9.スタートゥインクルマジック☆メーイクアーップ!
「精霊さんたちは、契約しなくても、人間の魔力を借りなくても、魔法が使えるのですね」
「うん。僕だと空間系の魔法が得意だから、よく使うのは……物を浮かせたりとか、亜空間に物を収納しておいたりとかかな」
「あくうかん?」
「……四次元ポケット」
「なるほど!」
ぽんと手を打ちました。とても分かりやすい例えです。お味噌汁と違って。
「風魔法の上位に当たるから、結構高度な魔法なんだけどね」
「はぁ」
「まぁ僕くらいになるとそのくらいは余裕っていうか」
「へぇ」
「聞いてる?」
「あまり」
正直に答えたところ、睨まれました。
だってわたくしは、別のことが気になってしまったのです。
「精霊さん自身で魔法が使えるのなら、どうして人間と契約するのですか? それだと、助け合いというよりわたくしたち人間が、一方的に得をしているように思えます」
「精霊が使う魔法は、世界の中に溢れている魔素を集めて具現化するものだから。人間が使うものほど自由じゃないんだよね」
フィルが軽く肩を竦めます。
先ほど覚えた違和感が、また戻ってきました。
「元をたどれば、今僕たちが自分だけで使える魔法だって、過去の人間が使った魔法を、自分たちのものとして身に付けたものだったりするし。僕たちは長い生のうちのほんの少しを人間に貸すことで、新しい魔法を身に付けるチャンスを得ているんだ」
フィルは「意外とWin-Winなんだよ、この関係」と締めくくりました。
わたくしは彼の顔を見つめて、呟きます。
「つまり……神様同士の契約が満了したときには、貴方たちはわたくしたちの敵になるかもしれませんのね」
「……どうして?」
金色の瞳が、わたくしに向きました。
不思議ですけれど、やっと「目が合った」という気がしました。
「こちらの手の内を把握して、新しい武器を集めて……わたくしには、戦争の準備をしているように思えますわ」
「意外とまともにものを考えられるんだ」
フィルが感心したように言いました。
その口ぶりでは、完全に馬鹿にしているようにしか思えませんけれども。
フィルはしばらくじっとわたくしを見つめていましたが、やがてふっと口元を緩めました。
「まぁ、どう思うかは個人の自由だよ。どのみちお嬢サマが生きているうちには、契約は変わらないだろうからね」
彼は曖昧に笑うばかりで、煙に巻くばかりで、否定も肯定もしませんでした。
けれどそれは、「そういうことなんだろうな」と思うには、十分な答えです。
「現時点で、契約した以上は僕は君の従者だ。主が君で、従が僕だ。上手に使って、出来れば楽させてほしいな」
「そうですわね」
フィルの言葉に、頷きます。
彼の言う通り、この脈々と続いてきた精霊と人間の関わり方が変わるのは、わたくしが死んだ後のことなのでしょう。
だとすれば、今を生きるわたくしは――まずは目の前のことに、集中しなければ。
目下、誘拐を回避できる程度には、魔法を使いこなせるようになる必要がありますわね。
「ではさっそく、わたくしの考えた魔法を聞いてくれるかしら」
「どんなの?」
「目の前にいる相手をかわいく着飾らせる魔法なのですけれど」
「嫌」
「詠唱は『スタートゥインクルマジック☆メーイクアーップ!』でいかがかしら」
「嫌でしかない」
フィルが食い気味に即答しました。
わたくしの考えていることはわからないと言っていましたけれど、わかっているんじゃないかしらと思うくらいの早業でした。
ナメクジを見るような目をわたくしに向けながら、苦々しげに言います。
「嘘でしょ? それを真顔で言える神経はどこで培ったの? 前世? 今世?」
「え? かわいらしいでしょう?」
「お嬢サマ、大丈夫? 人間界で浮いてない? 友達いる?」
非常に不本意な心配をされました。ちゃんと変身バングも考えましたのに。
心配されなくとも、お友達くらいいます。
じいやに、ばあやに、マークおじさんに、……まぁ、同じ年頃のお友達はいませんけれど。
「じゃあ、いたずらな風というのはどうかしら」
「却下」
「わたくしが運命的な出会いをしたときなどに、後ろからザアッと素敵な感じの風を吹かせるという魔法なのですけれど」
「予想とは違ったけどそんなことに魔法を使わないで」
「そんなこと」呼ばわりされてしまいました。
お屋敷を直すのに使うのは良くて、良い感じのシーンでいい感じの風を吹かせるのはダメなのでしょうか。さじ加減が難しいですわ。
「あとは花びらや葉っぱをなんだか素敵な感じにわたくしの髪に乗っけたりもできると幅が広がると思うのですが」
「そんな、ことに、魔法を、使わないで」
「お得意なんでしょう、風魔法」
「空・間・魔・法」
フィルが不満げに肩を怒らせています。
まったく、あれもダメ、これもダメ。わがままな精霊さんですこと。
これではどっちか主か分かりませんわ。





