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出征前夜

 ユリウスの出征前夜。


 私は体の向きを少しだけ変えて、その人の背中を見つめていた。


 ベッドの端の方で寝ているユリウスの背中は、少しだけ震えていた。


 無理もない。


 たった15歳で、追いやられるように、死地と言ってもいい最前線の戦場に立たなければならないのだから。


「ユリウス」


 声をかけても、プライドの高い彼がこっちを向いて弱音を見せるわけがない。


 仕方がないから、私の方が折れて、彼の方に寄って行っていた。


 その背中に、頬を寄せる。


「お前、何のつもりだ」


「震えているユリウスを、ちょっとだけ慰めてあげようと思って」


「バカにするな」


「バカにはしていないよ。ただ、死んで欲しいとは思っていないから、私にできることがあるなら……と、思って」


 舌打ちをしたユリウスが体を起こすと、私に覆いかぶさり、体重をかけてきた。


 両腕を押さえ込まれる。


 至近距離で、見つめられて、


「俺が死ねば、お前も用済みだからな」


 分かっているんだろうな?と、言外に言っている。


 見下ろしてくる瞳は、まだその生を諦めているようではなくて安心した。


「うん。そう。貴方が死んだら、私はさっさとここから逃亡しないと、用済みとして殺されてしまう」


「俺が生きて帰ってきたとしても、お前の居場所はここにはない」


 それは確固たる地位を築いての凱旋となるのだから、


「うん。貴方が生きて帰ってくると聞いたら、その時もさっさとここから逃げ出していると思う。だから、貴方は心置きなく好きな人と再婚すればいい」


「それなのに、お前のその純潔を差し出すつもりか」


「箔を付けておかないと、童貞の指揮官なんて頼りないでしょ?」


 どうせ元男なのだから、なおのことその辺にこだわりがなかったのかもしれない。


 何も持たない私が、ユリウスにあげられるものは少ない。


 だから、と。


「お前なぁ……」


 呆れたような視線を向けられる。


 そして私の肩に、ユリウスの額が乗せられた。


 そのままの状態で、しばらくユリウスは動かない。


 何を考えているのかも分からない。


 頭でも撫でてあげようかと思ったけど、腕は押さえ込まれたままだ。


 どうするのか待っていると、ユリウスが、動いた。


 少しだけ頭を持ち上げると、


「っ………」


 私の首筋に口元を寄せるようにしていた。


 いよいよかと思ったら、少しだけ体が強張った。


 でも、またそこからユリウスは動かない。


「───」


 何か呟いた気がしたけど、それは私の耳には届かなかった。


 不意に、私にかかる重みがなくなり、体が軽くなる。


 ユリウスは視線を合わせずに私の上からどくと、またベッドの端に行って布団の中に潜っていた。


 拍子抜けしていた。


 まぁ、相手が手入れの行き届いていない貧相な14歳なら、ヤル気もなくなるか。


 どう頑張ったって、この体はまだ子供だ。


 私も、反対側のベッドの端に寄って、ユリウスが見えないように横を向いて寝た。


 ちょっとだけ恥ずかしい。


 せっかく誘ってあげたのに、相手にされなかったから。


 豆よりも小さな、なけなしのプライドが消えそうだ。


 べ、別に、いいもんね。


 ユリウスなんか、童貞のまま私と離婚すればいいんだ!


 ホッとした思いを隠して、自分の中でそんな悪態を吐いていた。


 本当は、まだそんな事を平気でできる歳なんかじゃないから、怖くてたまらなかった。


 やっぱりユリウスも男なんだと、意識していた。


 元男なのに、男が怖いだなんて変な話だけど。


 行動で示す事に失敗した私は、伝えたい事があった。


「ねぇ、ユリウス」


 返事はない。


「生きてね」


 息をのむ気配はあった。


「最後の一人になっても、生きないとダメだよ」


 その言葉が聞こえていたのなら、特に返事はいらなかった。


 室内は、静寂に包まれる。


 しばらくして、ほんのりと漏れる月明かりの中ウトウトしていたら、それに気付いた。


 横を向いて寝る背中が温かいものに覆われていて、自分のものではない寝息も間近に聞こえていた。


 腰には、私よりは大きな腕が回されている。


 いつの間にか、ユリウスが私に寄り添うようにして寝ていたんだ。


 こんな事は初めてだ。


 そして、最後かもしれなかった。










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