逃走
「いたか?」
「いや。向こうには人をまわしたか?」
「まさか、城外には出ていないよな?」
「第2部隊は、城の裏手に行け!」
「北門!!北門は、封鎖したか!!」
「王族の居住エリアにも、人を集めろ!!」
………………
あっぶなぁ。
目と鼻の先を、王宮騎士団が通り過ぎて行った。
隠れている場所で、さらに身を低くして路地裏の暗闇に紛れる。
多くの騎士が大通りを行き交うのを、息を殺してそこからのぞいていた。
だんだんと人が増えてきている。
私が部屋にいない事がもうバレたんだね。
てことは、私を殺しにきた彼の存在が、もう見つかっているのかな。
慎重に行動しないと、早々に見つかるなぁ。これは。
思いの外、人が動員されているから、やっかいだし。
どうせ殺すつもりなんだから、放っておいてくれたらいいのに。
死体がないと安心できないアレか。
それとも、財力もない、後ろ盾も何もない小娘が報復でもすると思っているのかな。
側妃派の者か、子爵家の者か、私の名ばかり夫の差し金かは分からないけど、まだまだ追手は引きそうにない。
王子妃の私がこんな汚いところにいるとは、思わないだろうけど、早く王都を出ないと。
(前世が冒険者だった私は、もっと汚いところにだって足を突っ込めるけどね!)
このかくれんぼも、わずかな時間稼ぎにしかならない。
つい先ほど、植え込みに隠されていた城壁の小さな穴から抜け出してきた。
少しずつ時間をかけて広げた穴で、小柄な私しか通れないようなところだ。
まだ城内にいると思ってくれたらいいけど。
「あの女は武装しているぞ!!」
「騎士を襲ったんだ!!油断するな!!」
また騎士の怒声が響いた。
えー、私が襲ったことになってるの?
襲ってきたのはあいつなのに。
無力な女に罪をなすりつけて最低だ。
騎士のプライドを最後まで、保て!
悪態はこれくらいにして、さて、どうしようか?
自分が身につけている装備に目をやる。
いつか訪れると思っていたこの日の為に用意した男性用の服。
部屋を出る時にボリュームの無い胸だけど、念のためサラシを巻いた。
それから、二本のナイフ。
それでザクッと、髪を肩よりも短く切って、目の前にあるゴミ箱に突っ込んだ。
帽子を被る。
蜂蜜のような綺麗な髪に多少の未練はあるけど、命には換えられない。
できるだけ、汚れを身に付けて、小汚なくした。
泥と煤をつけて、髪の色も隠す。
まだ心許ないかな。
でも、身なりの貧しい者が1人でフラフラしていたとして、王子妃の私だとは気付くことはないはず。
気付かれても、対策はある。
俯いて、そっと裸足で通りの端を歩く。
煙突掃除の少年のような、汚れた姿の私を呼び止める者はいなかった。
人気がなくなった所で、靴を履いて猛ダッシュに切り替える。
タタタタタタタタ
朝日が射し込む冷たい空気の中、足音が響くけど構わず走り抜けていた。
城下町が完全に封鎖される前に目指すのは、隣町のハンターズギルドだ。
仕事の伝手でこっそりと手に入れた紹介状で、ハンター登録をするつもりでいる。
そこからは私の新しい人生の始まりだ。
これで私は自由になれる。
絶対に生き抜いてやるんだ!
この日。
夫の部下から殺されかけたこの日。
7年間の王城生活から脱出し、私は新たな人生を手に入れることに成功していた。