05-02.幼女ですが独り暮らしハジメマシタ
廃墟は本当に温室だったらしい。
鍵が壊れている入り口から中に入ると、放置された植物達が野性味溢れて育っていた。
「おぉー…」
中はそれこそ、ジャングルみたいになっていた。そして面白いぐらいに光の球がわんさかいる。
なんだこれ。
なかなか広めのそこは、けれども奥に進むにつれ、誰かが住んでいたような気配があった。
一部、開拓されたように畑になっているのだ。
その畑っぽいものもすでに野性味溢れているが、もしかしたら以前に誰かが住んでいたのかもしれない。
その形跡はありがたいと思う。
人が住めない事はない、ということだからだ。
地面に座り込み、しばし休憩である。
ここに来るまで結構歩きました。
こんな時、動けなくなる身体が憎い。
「はー…よし、頑張ろう」
まずは誰もいないことを確認する。
結構歩いたし、魔の森の奥地である。
誰もいなさそうな感じではあるが、誰かが隠れている可能性はゼロではないだろう。
一応、念入りに捜索したが人も魔物も見つからなかった。
次に畑っぽいものの周辺を徹底的に探索した。
水場っぽい場所を見つけ、確認をする。
水が出た。これはいい。
どうやら植物に水を与える為に引かれたものだと推測する。
何もない場所で水魔法を使うよりも、水がある場所で水魔法を使って加工するのとでは魔力の消費はまったく違うのだ。
覚えた浄化も交えればそれなりにやれる気がする。
前世では魔法もないのに様々な素晴らしい文化のおかげで便利な生活があった。
けれどこの世界も、魔法があるおかげでそれなりに便利なこともある。
風魔法がないせいで前世は水場がカビたりしていたけれど、この世界は魔法で乾かしておけばそんなことはないのである。
(高い場所にロープが張ってある…洗濯ロープ?)
屋根のある場所も見つけた。壁も一応ある。
管理小屋みたいなものだろうか。いや、道具用の倉庫かもしれない。
水撒き用の柄杓みたいなものもあるので、本当に誰かがここで暮らしていたのだろう。
(暮らしていけるかも)
浄化魔法があるので無理に水浴びをする必要はないし、トイレっぽい場所もある。
この世界には浄化石というものがあるので下水が必要ないのだ。それはこの世界での、数少ない良い部分にあげられるだろう。
そのおかげで疫病などの心配があまりない。
だがそのかわりに魔物という外敵がいる。
いずれは出て行く予定だったので、浄化石だけは真っ先に確保したものの一つだった。
もちろん家で手に入れることはできなかったので、近所の人にお願いして手に入れたのだ。それを入れれば使えるだろう。
そういえば、近所の家の人にはお世話になったけれど、しばらくすると突然引っ越してしまった。
それも、家出をするきっかけにもなった。
どうやら、ずっと引っ越しをしたかったようだ。
申し訳なさそうに私にだけ…幼女にわざわざ挨拶に来てくれた時に、本来ならば引っ越す余裕などなかったようなのだけれど、格安で引っ越せる場所が見つかったと教えてくれたのだ。
ごめんね、と謝罪されたけれど、そんな必要もないだろう。彼女たちには責任も何もないのだから。
むしろ、私のせいで養母に詰られて嫌な思いをたくさんさせてしまい、私の方が謝罪すべきなぐらいである。
彼女の肩には幸運の光が小さいけれど綺麗に輝いていたので、幸運が効いたがゆえに引越しが叶ったのだろうと思われる。それにはホッとした。
あんな奴らの近所は嫌だっただろうから。新天地で平和に暮らしてくれているといいと思う。
さて、周囲の検証に戻ろう。
食べ物は野性味溢れる畑やジャングルになっている内からなんとかなりそうだった。光の球がいっぱいあるから、その恩恵だろうか?
肉はないが、前世では野菜だけを食べて生きる人もいたぐらいだから死にはしないと思う。
(あぁ、だからか)
そういえば前世、あまり食に感心がなかったなと思い出す。
非常に高い文明だったし美味しいものも山ほどあったのに。
美味しいものは美味しいと感じたが、どうしても食べたいと思ったものは少なかった。
さらに言えば薄味や素朴な味を好んだ。
なるほど、あれは自己防衛だったのかと今更ながらに気づく。
単純に胃腸が弱かったので濃すぎる味が苦手なのだと思い込んでいたが、調味料の多い美味しいものに慣れてしまったら二度と、こんな場所では生きていけないだろう。
それで良かったと今、しみじみと実感する。
さっそく食べられそうなものを探してみた。
芋っぽいものとか野菜がある。根菜系だ。火魔法で炙って食べればいいだろう。
屋根のある場所で塩等は見つけたのでなんとかなる。
(料理だけは興味なかったけど、野菜スープっぽいものぐらいはできるかなぁ)
食べられれば御の字である。
温室内も探せば色々あるかもしれない。
*
翌日からはさらなる温室内探索をした。
何かないかと細かに探し、食べられそうなものを見つけ、それでなんとか凌いでいけるだろうと考える。
身体は強い方ではないので無理はしない。
廃墟だが温室だったようなのと、ジャングル的な植物の育ち方のおかげでそこそこ暖かくはあるが、野宿みたいなものなので無理は禁物だ。
食べ物を集めて動かなくてもいい日を作れるようにしなければならないだろう。
少しずつ探索していくと、ひときわ光の玉が集まっている箇所を見つけた。
ジャングルに隠されるようにして少し離れた場所に地面に蓋がある。そこに群がっているのである。
自然の力が集まっているのだから悪いものではないのだろう。
とりあえず開けてみると意外にしっかりとした作りで、雨も入り込んでいない様子だった。
蓋に何か魔法でもかかっているのかもしれない。
中を覗くと階段があり、降りればわりと広めの空洞だった。
木箱が二つあり、瓶がたくさん転がっているのはどうしてだろうか。
もしかしたら貯蔵庫みたいな場所なのかもしれない。
瓶といえば外にも結構な数が転がっていたなと思い出す。
(隠れ家みたいにできるかな)
風魔法で確認すると、空気の出入りする個所はあるようである。
この温室自体、魔物避けを持っていたとはいえ、幼女の私が入れたぐらいである。
魔の森は魔物が居るが、人間も出入りは自由だ。この場所にだって誰でも来ることができてしまう状態である。
騎士の人達が見つけていて、見回りに来る可能性も考えなくはない。逃げ隠れできる場所が必要だろう。
木箱をそっと開けると中には数枚の食器が入っていた。鍋っぽいものもある。綺麗に洗えば使えそうだ。
もう一つの中はなぜか藁みたいなふかふかの乾燥した草と布が入っていた。これは良いと思う。
同時にあの洗濯ロープっぽいものを思い出し、この布をかけていたのでは?と考えた。
(包まって眠るものが欲しかったから助かるな)
木箱自体、少し大きめである。
今の自分ならば余裕で入る事ができる。
このまま寝床にしてしまえばいいかと考えた。
地下室みたいだが寒くはない。少しは安心して眠れるかもしれない。ここを寝床にして、すぐにでも隠れられるようにすべきだろう。
入り口は隠れているけれど、中からつっかえ棒でもして入れないようにできれば尚良い。
(よし、そうしよう)
昼間は外に出て作業をし、日が落ちる前にここに戻る。自分のルールを決めることにした。
行動を決めてからは少し楽になった気がする。
緊張していたのだろう。安心して眠ることができるのは良かった。
温室内を探索し終えて周囲の探索を始めた。
そうして気づいたのだが、なんとこの廃墟の周囲には、例の魔物避けの樹木が生えているのである。
しかも等間隔に。間違いなく誰かが植えたのだろう。
(誰か詳しい人がいたんだ)
中で野性味溢れて育っている植物達も、薬草として使用されるものが点在していた。
見分けのつくものを収穫して少しずつ、自作で薬も作り始めている。
薬草の知識は、前世では必要なかったので前々世以前のものだ。身体が弱かったせいで自然と詳しくなったのだがそれでも、基礎回復薬ぐらいしかわからない。
だとしてもないよりはマシだろう。
そういえば今まで、一度として身体が強かった例はなかった。
(普通に生活はできるけど、ちょっと無理すると動けなくなるんだよな…身体を動かして鍛えてもさほど効果はなかったし)
なんとも残念な体である。
虚弱体質ではないのだが、強くはなかった。
鍛えることも、できないわけではないがあまり意味が無い。無駄だった。
だから身体が「無理をするな」と言っているのだと思い込むことで折り合いを付けてきた。
何日も眠らないとか、夜明かしで遊びに行くとか、無茶をしても平気な人達がとても羨ましかった。楽しくてちょっと無理をすると翌日は動けなくなる。
自分の身体と折り合いをつけてギリギリのラインを見つけ、普通の人と同じような顔をして生きていくしかない。
しかも今は独りなのだ。
倒れる事ができないのはわかっているので気をつけなければならないのは当然だ。
しばらく慣れるまでは自分が食べるだけの食事を作るだけの生活である。
天気の良い日に洗濯を行う。普通に乾くのだから魔法を使うこともない。ないのだが。
一つだけいつもと違う感覚がある。
(魔法を使ってもあまり疲れなくなった気がする)
以前は、少し使うとぐったりしていたのだが、いくつか魔法を使用してもさほど疲れた感覚がない。もちろん、生活魔法の範囲内なのだが。
今世は何か少し、違うのかもしれない。
*
翌日、天気が良かったのでちょうど良いと、寝床にした木箱から布を運び出した。
一度天日干しした方が良いだろうと思ったからだ。ついでに藁も一度、天日干しした方が良いだろう。
何度も分けて運び出した後、木箱の下に何かまだ入っている事に気がついた。
(?なんだろ)
一番下に本があった。分厚いのが二冊だ。
先に布を運び出してロープに広げて掛けた。それだけでいっぱいになってしまった。
それから再度戻り、本を持って来た。
状態は悪くないし中もちゃんとめくる事ができる。
(…薬草の本と、薬を作成する方法の本だ)
以前に住んでいた人の持ち物だろうと推測できた。
たぶんこれで薬を作っていたのだろう。
貴重なものだから奥にしまってあったのかもしれない。
(これ、使えるかも)
唯一知る、単純な身体回復薬の作り方から、魔力回復薬の作成方法などが載っている。
これがあれば他の者も自分でも作ることができる気がした。
そういえば屋根のある場所にも少し大きめの瓶がいくつも転がっていた。もしかしてあれを使って作っていたのだろうか。
(やってみる価値はあるかな)
この世界でも金策を考えなければならない。
なんといっても今回は、捕まらない、監禁されない、が目標だ。もはや保護者はいないのだし、生きていく為には自分でなんとかするしかない。
回復薬ならば作って自分で飲むも良しだろう。作っても無駄にはならないというのは良いことだ。
それに、ここでならば飢えない程度には食べてはいけるかもしれないが、そのうちに必要なものを購入しなければならなくなるだろう。完全に独りで暮らしていくのは難しい。主に衣服とかだ。
(独りなら裸でもいいかもしれないけど、それはちょっとなぁ)
ほぼ間違いなく体調を崩すだろうし、文化的な生活をしていた前世の記憶のせいでやはり、独り裸族はちょっと…である。
他にも、必要なものは確実に出て来るだろう。購入しなければならなくなる。
それに、せっかく初めて監禁される生活から逃れているのだ。
人間らしい生活をしなければ負け、という気もする。
子どもの成長期である。すぐに丈があわなくなる気がするので何度か買い換える事を考えなければならない。
どちらにせよ衣服はあったほうがいいに決まっている。ということはやはりお金は必要だ。
(防犯も考えておくべきだよね…)
魔の森の奥地である。けれど絶対に人が来ないという確証はない。今でなくともいいが、そのうち必要になる気がする。
とりあえずこの本に記載のある薬は作れるようになった方がいいのは間違いないだろう。
まずはそこからである。