05-01.幼女ですが独り暮らしハジメマシタ
誰も帰ってこない騎士の家には一応、手紙を残した。
お世話になりました、の一言だけど。
私的には「攫われたんじゃないよ、自分の意思での家出だよ」というアピールも兼ねたつもりだ。
多少の着替えや当座に必要なものを手にして逃げ出した。
あの人達はきっと疑問にも思わないだろう。
教育もしていない子どもが文字を書き、手紙を残していく事を。
(興味なさそうだったもんなぁ、本当に)
しかし、相手に興味がないのはお互い様とも言えるだろう。
家から持ち出したものも、あの人達にはさすがに、幼女の衣服は必要ないだろうと考えての行動である。
元々与えられた着替えは三枚しかないけどね。
それを持って家を出た。
そもそもこの衣料品も、元々私が持っていたお金を使って支払われた事を、私は知っている。
なので心置きなく持っていく。
時々帰ってきたところで、私の存在も忘れるほど喧嘩が絶えない状況だったので、いなくなっても数日は気が付かないだろう。
そもそも気に留められたことなんて、ほとんどなかったのだ。
*
町を出るとそのまま近くの森の中に入り込む。見張りが目を離した隙に逃げ出したのだ。
引き戻されたら堪らないので慎重に逃げてきた。
この世界は魔物がいて、魔法がある世界だ。そして人の死がとても身近にある残酷な世界だと知っている。
何度も転生し、生きてきた場所である。
ほとんど閉じ込められていたけれど。
それでもいま、子どもが独りで生きていくのに多少の知識があるのは助かった。
その森が「魔の森」と呼ばれているものの一つであることは知っていた。
魔物がうようよいる森の事を全般、そう呼ぶらしい。
これは近所の人達から教わった。
魔物が発生する森で、騎士団が討伐に入る事があるらしく危険だから近寄らないように、と言われたのだ。
危険ならば焼き払ったらどうだろうと考えなくもないが、森を消滅させることは出来ない。
それには理由があった。
魔の森には希少な資源が豊富なのだ。
焼き払ってしまっては、それらも一緒に消滅してしまう。
そのため、人々は危険だとわかっていても一攫千金を目指して魔の森と共存するのである。
魔物はいるが、危険を省みず潤沢な資源を命がけで取りに行く人は多い。そして死ぬ人も。
強い魔物が出る場所ほど高価な資源があるので仕方がない。
一般人では到底適わないのが魔物である。
鍛え上げられた騎士に依頼をし、護衛として雇って資源を取りに行く事はある。
行けたとしても浅い場所がせいぜいらしいけれど。
だから「逃げる」ならばむしろ、そこにしようと思っていた。
騎士達も、依頼や討伐命令がなければ入らない場所だと聞いていたからだ。
つまりあまり人は来ないはずである。
子どもが大人相手に交渉して町でひっそりと暮らすよりもずっと楽な気がするのだ。
私は魔物が苦手としている「もの」を知っていた。長年の転生で培われた役に立つ知識の一つである。
なぜか一般的にはあまり知られていないようなのだが、ある樹木の枝葉だ。
魔物はその樹木の匂いを忌避するようなのだ。
ほとんど閉じ込められていたのになぜそんな事を知っているのかと言えば昔、監禁されていた頃に周囲に配置されていたせいだ。
魔物から襲われないようにと守られていたのである。
葉は特徴ある外見なので私でも見分けがつくものだ。
それが、町外れに樹木が一本だけ存在しているのを知っていた。
だから町を出る前にそこから枝を一本、申し訳ないが折ってきたのである。
効くはずだけれど、もし駄目だったらその時はその時だ。
(痛いのは嫌いだから、食い殺されるのはできれば勘弁願いたいけど)
子どもが独りで生きていくには、人間が一番厄介だと知っている。
どこの世界でも結局のところ一番厄介なのは人間だった。人間の欲が、悪意が他人を害するのだ。
だから真っ先に避けるべきは人である。
私の「力」は一つではない。
「幸運」が最大最悪な力だけれど、もう一つ、他の人達とは違うものがある。
視界の端にぽやぽやと光る玉が見えるのだ。
この力を持っていることを私はしばらく気づかなかった。
何度目かの転生でようやく、異変に気が付いたぐらいである。
私には元々見えているものなので、他の人も見えているものだと思い込んでいた為、それが力の一つだとは気づけなかったのだ。
この光は自然の力の集まりだ。
悪いものではなく、むしろ生きる上で必要なものだと思っている。
だからそれらがたくさん集まっている方向に行けばいい。
それがたくさんある場所は大抵、人がいなくて自然豊かな場所である。
休み休み、魔の森を歩いた。
薄暗い森の中は少し怖い。
魔物がいないかと周囲を警戒しながら歩くのはとても緊張するし、どこか雨風が凌げる…住めるような場所を探しながら歩くのだ。疲れるに決まっている。
(失敗、したかなぁ)
無謀だったのかもしれない、と今更思う。
だが今更もう引き返せない。帰りたくもなかった。
唯一の希望は、ふわふわと浮いている光の球だけだ。
それを目印に歩いている。
追いかけていくうちに量が増えてきていた。
薄暗い森の中にぽわぽわと浮いている光は幻想的にさえ見える。
ここが魔の森だなんて忘れてしまいそうなぐらいだ。
緩急ある道をぜーぜーと息を切らせながら、光の球がたくさんある方向へと進んでいく。
どれぐらい歩いただろうか。
森の中に突如、人工的な入り口を見つけたのである。
「!」
見上げると、とても背の高い、半壊した建物のようだ。
だが周囲を木々に囲まれているので、近くに来るまで気づけなかった。
建物というか、見た目、たぶん温室だったもの、だろうか。
あちこち壊れて崩れているが、骨格だけは無事な様子である。頑丈そうで簡単には崩れなさそうだ。
屋根のあたりは半円になっていて、元はカッコイイ建物だったのだろうと思う。
建物を覆っている半透明の何かは割れ放題なので、壊れていなければ、だが。
これは廃墟と言っても良いだろう。
ここならこっそりと寝泊まりできるだろうか?
(水ぐらいはあるといいんだけど)
この世界に生まれた人間は基本、大なり小なり、魔法を使うことができるのが普通だ。
ただし使える魔法の種類は個人差がある。
魔力が多いからといって強いとは限らないし、種類が沢山使えるかどうかはまた別問題である。
転生を繰り返すうちに使える魔法が増えていった。
最初は風だけだったけれど、今では火も水も土も使えるようになっていた。
ただし威力が極端に小さい。
せいぜい生活に使える程度だし、他人を害せるほどではない。
害せるものならば、いつかの時点で監禁されたとしても自力で逃げ出したりもできただろう。
もちろん、監禁先では魔法を打ち消す封印も施されていたのだが…そんな自分のささやかすぎる非力な魔法も、逃げることを諦める一つだったと思い出してしまう。
(でも今は)
独りで生きる為には十分だと思える能力である。




