07-03.だから聖女は敵なんだって
一晩悩んでいたら、アロエに幸運がついていた。
マジか。
翌朝、こっそり見に行ったら、彼女の肩に見慣れた光があった。
一際強く輝いている。
確かに彼女には同情した。ものすごく。
そのせいだろうか。
だとしたら私が同情しても「幸運」は効いてしまう事になる。
(力が強いと、ここまで簡単に付くものなのか)
それとも、無意識のうちにそんなに同情してしまっていたのだろうか。
確かに可哀想だけど。
「いやよ!ぜったいにイヤ!」
アロエが叫んでいた。
昨日の小屋の前で。
昨日同様、隠蔽魔法で姿を隠して見に来ていた私は、思わず見守ってしまった。
「こんなヤツのところになんて、おいていかないで!」
「コラ、なんてことを言うんだ!」
「そうよ聖女さまに失礼でしょう」
両親が叱り付けているが彼女は引かなかった。
「そんなヤツ、せいじょなんかじゃない!だってイタめつけてくるんだもの!」
爆弾発言だった。
彼女の両親は青ざめている。
「ここにあずけられている子は皆、そいつにひどいめにあわさせるのよ!」
「何を言って、」
「たたかれて、けられて、ムチでうたれるもの!ぜったいに、イヤだ!」
おぉー…はっきりと言い切った。
思い切ったな、と感心してしまう。
親たちが聖女に心酔しているのを彼女は知っている。
信じてもらえないとわかっているだろうのに、よく言う気になったな。
とんでもなく勇気のある子だ。
いや、違うのか。
耐えられなくなって爆発したのか。
だとしたもタイミングは悪いのではないだろうか。
幸運が効いているとしてもコレは…。
同じように子どもを聖女に預けに来た親達も、彼女の起こしている騒ぎを見て立ち止まってしまっている。
「しかしお前、怪我なんかした事ないだろう」
「そんなの、そいつがまほうでなおすからに決まってるじゃない!ぜったいにイヤ!」
騒ぎの中、聖女が出てきた。
平然とすまし顔だ。
「あらあら、どうなさいましたか」
「すみません聖女様。うちの子が…」
両親は真っ青になって頭を下げている。
「いいのですよ。それほどまでにご両親から離れたくないのですね、可愛らしい事」
聖女の一言で、彼女が両親に甘えたくて駄々をこねているようにしか見えない状況になってしまっている。
小屋の中にはエグい道具たちが転がったままなのだが、大人たちはまったく気にする様子がないところを見ると、隠蔽魔法で隠されて、見えていないのだろう。
ん?
でも私には見えているな。
なんでだ?
《主様の方が上だからだ》
「なにが?」
《まほー力がだよ、ご主人さま》
そうなのか。
じゃあ聖女の魔法力なんてそうたいしたことはないのだろう。
そう思う。
両親に加えて聖女までが加わり、駄々っ子扱いにされているアロエがなんだか可哀想になってきた。
彼女は嘘など言ってはいない。
真実しか話していないのに、ウソつきにされてしまっている。
理由は「両親から離れたくないから」だろうという、子どもらしくも可愛いものにはなっているが、あのクソ聖女のせいでウソつき呼ばわりは可哀想だろう。
周囲も「なんだそういう事か」と安心し、聖女に子どもを預けていく。
「アレ、他の皆にも見えるようにできたりする?」
隠蔽魔法で隠されている、えげつない道具の事だ。
さすがにアレを見れば親達の目も覚める気がする。
《斬れば見えるぞ》
ムムさんがしれっと告げてくる。
途端にメメちゃんとモモちゃんが、小さいのに鋭すぎる爪をギラッと見せてくる。
《カンタンなおしごと!》
《かんたん~たのしい~ぃ!》
斬るって何を。
ちょっと不穏な空気しか見えないんですけど。
「…隠蔽魔法の解除ってできるんだっけ?」
聞かなかった振りをして尋ねる。
《主様の『浄化』で無効化できると思う》
「浄化って魔法の無効化とかできるの?聞いたことないけど」
《ご主人さまの浄化ならできると思うよ~》
メメちゃんから太鼓判を押された。
何が違うのかまったく理解できないが、とりあえずやってみればいいらしい。
小屋全体に向けて浄化をかける。
いつもの、生活浄化と同じ感じだ。
その為、パァッと一瞬、小屋全体が光輝く。
おぉ。対象が違うとなんかすごい事をしたように見えるネ。
さすがに周囲にも小屋が光り輝いたのはわかったらしい。
だが私は隠蔽魔法で隠れているので姿は見えない。
当然、聖女がしたように見えただろう。
だから皆が注目した。
「おぉっ」
「聖女様!ありがたや~」
なにかわからないが、ありがたい事が起きたと感じたらしい。
崇め奉るように村人たちが動いたが…小屋を見た瞬間、停止した。
開けっ放しの入り口から、中の様子が丸見えだ。
豊かではない農村である。小屋も簡素なものだった。
床に散乱した、今まで見えていなかった道具の数々と、血が飛び散っている惨状が視界に入ったのだ。
何度か瞬きをする者。
目をこする者。
皆が様々な反応をしている。
小屋の床には鞭や子どもを痛めつける道具が散乱していた。
あからさまに普通の家には必要のないような道具の数々である。
けれども「ソレ」がなんなのかは、見ればわかるようなものばかりだ。
「聖女様、それは一体…?」
「なんのことかしら?」
本人は見えていないつもりでいる。
隠しているつもりなのだ。
だから何を言われているのかわからない様子だ。
「いえ、その…床に」
「床に?」
「その、…」
言いにくそうな大人たちの中、声を上げたのはもちろんアロエだ。
ここぞとばかりに声を張り上げた。
「そこにあるムチやボウでたたかれるのよ!血が出て、ひどいことをいっぱいされるんだからぁっ!」
驚いた両親がアロエを見つめる。
そうして我が子を慌てて抱きしめた。
ようやく、自分たちの子が「本当の事」を言っているのだと信じたのだろう。
他の親達も慌てたように子どもを抱き寄せている。
「なにを言っているのこの子は!不敬罪よ!」
「アンタなんか、セイジョじゃない!ただのぼうりょくおんなじゃない!」
「っこの…!」
聖女がアロエに手を伸ばす。捕まえる為だ。
両親の手からアロエが奪い取られそうになっているのを見て、私は思わず彼女に手を伸ばし、走り出した。
もちろん普段の私では無理だし、届かないのはわかっている。
だから、いつもの筋力増強剤を口に入れる。
これだけでも随分違う。
「アロエ!」
声をかけたことで、私の隠蔽魔法は効果がなくなった。
唐突に表れた私に驚く彼女に飛びつき、聖女を蹴った。
「アロエを離せ!」
子どもの脚力だとしても、筋力増強剤の効果は素晴らしい。
以前よりもかなり効き目の精度も上がっている。
おかげで聖女が地面に倒れこんだ。
「ぐっ…なによこのガキ!」
私はアロエを抱き上げて、聖女から距離を取った。
「え、あなたきのうの…」
今の騒ぎで大人たちは小屋に駆けつけていた。
そして預けた子どもを取り戻そうとしている。
神官達が制するように動いていたが、我が子の危機ともなれば火事場の馬鹿力が出るというものだ。
子どもの親たちはそれを押しのけて中に入ったようだ。
そりゃあムチやら棍棒やらあやしい道具が床に転がっているような小屋に子どもを預けたくはないだろう。
ここの親たちが正常の思考の持ち主でよかった。




