07-02.だから聖女は敵なんだって
ついて行った先は農村で、その中の一軒が、子どもたちが預けられている小屋らしい。
周囲から自分の姿は見えていないはずだが、やはりこっそり近寄った。
中を覗き込む前に、ムムに声をかけられる。
《主様、遮音魔法がかかっている》
ん?
それって音を遮ってるって事?
木戸からそぉっと中を覗くと、どうにも泣いている子がたくさんいる様子だった。
アロエは入るのを躊躇っている様子だった。
だが意を決したように中にこっそりと入っていく。
わざわざ遮音しているぐらいである。
よほどの事なのか…と覚悟をし、続いて入ったのだが。
泣き声は別にしていなかった。
だがその光景にゾッとした。
違う。もうすでに泣く気力がないのだ。
子ども達が泣きつかれてぐったりとしているのがわかった。
酷い光景だった。
聖女が子どもに暴力を振るっている。
床には散々な道具が転がっていた。
見るからにエグい道具の数々だ。
それらが使用された形跡を残して放置されている。
「やっぱり反応がなくちゃ面白くないわねぇ~」
つまらなさそうな顔をした、聖女のような格好をした女がいた。
黒いもやだらけで顔が見えないぐらいで、狂っている。そう見えた。
「はぁ。まったく。明日も大変だって言うのに」
言いながら子ども達に回復魔法をかけている。
だが子どもたちにはもう泣く気力もない様子なのは変わりない。
怯えて動きが取れなくなっているのだ。
「さて、仕方がないわね」
聖女はもう一つ何か魔法を使い出した。
《催眠魔法だ》
ムムが説明してくれる。
一種の記憶を飛ばすものらしい。
それをかけると子ども達がいびつに変化していくのが見えた。
「さて、そろそろお迎えが来ますわね」
子ども達がにこにこと笑い出す。
「はい、聖女さま」と笑ういびつさが気持ち悪かった。
子どもたちが壊されかけている。
そこへ親御さん達が迎えに来、子ども達は皆、各自帰っていく。
「聖女様、ありがとうございました」
口々に礼を告げて子どもの手を引く親たちと一緒に、子どもは聖女に手を振り、笑顔で帰っていく。
記憶が欠如され、聖女さまは優しくて良い人になっているのだろう。
その心と身体の痛みも忘れて。
そっと聖女から離れて逃げ出した。
あの子…アロエが、無表情のまま親と一緒に帰っていくのが見える。
彼女の親御さんは笑顔だった。
「聖女様は優しかっただろう」
「素敵な方だったろう」
「よかったなぁ、あんな素敵な方と一緒にいられて」
などと、話しかけている。
しかし彼女は答えない。
むっつり黙ったままだった。
それはそうだろう。
そんな押し付けがましい感想を言われても困るというものだ。
「あの子は術にかかっていないのかな」
《おそらくは》
彼女には記憶がある。
だから聖女を嫌がっている。
聖女のかける魔法に抵抗できているのだ。
何か特別な力があるのかもしれない。
《せいじょには色んな力があるのです、ご主人さま》
教えてくれたのはメメちゃんだった。
さすがに物知りさんだ。
さすがに夜中であれば、さきほどの廃墟間近な教会には誰も来ないだろうと、今日はそこを拠点にする事にした。
小さな一部屋を見つけて浄化魔法で綺麗にし、そこに皆で入り込む。
壁と屋根があると暖かさが違いますな。
もふもふは暖かいですが、それだとムムさん達が寒かろうなので。
《しょじょだとショウキを払う力があって、わいてくるのも押さえられます》
メメちゃんが聖女について説明してくれる。
しょじょ…処女!?
メメちゃんが言うとなんかショックだ。どうしてだろう。
《あとは力の差ですが、ショウキを払える力があるモノ、それから弱いマモノを浄化できるモノという感じです》
ショウキ…は瘴気、だろうか。
それが魔の森を育てるとか言っていたね、そういえば。それのおかげで魔の森は異常発達をし、資源が生まれる。
だが同時に魔物が大量発生する。
瘴気によって資源が潤沢になるが、潤沢になればなるほど強い魔物が現れ、森の中には入りにくくなってしまう。
人間たちは希少な資源を採り潤いたいが、魔物が邪魔だ。
だから退治したい。取り除きたい。
聖女の力としては、
(強)
①瘴気払い(完全)強い魔物の足止め可
↓
②瘴気払い(不完全)強い魔物の足止め可
↓
③弱い魔物の浄化
(弱)
という感じだそうだ。
瘴気払い(完全)が出来るのが、メメちゃんの言う「処女な真の聖女さま」らしい…ソウデスカ。
ただ、瘴気払い(完全)は、よほど強い力らしく、十年に一人とかの割合いでしか存在しないそうだ。
瘴気払い(不完全)であれば五年に一人ぐらいはいるらしい。
他の雑魚聖女が、貧弱な魔物を浄化しか出来ない聖女だそうです。
…雑魚聖女って言い方。メメちゃん。
一番心配しているムムさん達については、浄化どころか、足止めさえも難しいレベルみたいです。
ちょっとホッとする。
で、今そこにいる聖女は、貧弱な魔物を浄化することしかで出来ない程度の聖女だそうです。
人間的には魔の森を一度瘴気払い(完全)する事で、希少資源を安全かつ採り放題で安泰。
但しこの場合、魔の森も消滅する為、通常の森に戻るそうだ。
瘴気払い(不完全)の場合でも、魔物はまた湧くけれど、再度湧くまでの間は希少資源を確保できるそうだ。
弱い魔物の浄化は、浄化しつつその周辺の希少資源を確保するらしい。
やっている事は騎士団への護衛依頼と同じである。
ただ、聖女一人で護衛騎士何人分もの働きをするので、安全性はかなり高いらしいけれどその分、費用も高い。
聖女によって確保された希少資源はほとんど神殿の懐に入る。
その為、神殿はかなり潤っているようだ。
聖女が来ると森は安全になるけれど、資源はほとんど持っていかれてしまうらしい。
(うーん、金の臭いしかしない)
ろくでもなさが窺えてしまうし、聖女が滞在している間は密かに、児童虐待が続けられるというわけだ。
「ヤバさしか見えない話だね」
メメちゃんとモモちゃんが頷いている。
「そもそも魔の森ができるのは、人間たちが輩出している黒いもやみたいなのを、魔物が食べちゃうからだっけ?」
《です》
「それを食べなければ別に、魔物は狂暴化しないんだよね?」
《ですです》
「自分達が原因で狂暴化させた魔物を、人間たちが無理やり退治しているってこと?」
《デース!》
メメちゃんが相槌を打っていたのに、最後だけモモちゃんが突然叫んだ。
モモちゃんの叫びはDEATHにしか聞こえない。
「…なんか面倒な感じだね」
しかし見てしまった以上、あの被害者(子どもたち)はどうにかしてあげたい気がする。
子どもが辛いのはちょっと嫌だ。
聖女は敵だ。
児童虐待する奴は悪だと思う。
もうこのまま有罪判決でよくないだろうか。
しかし、神殿にケンカを売るとろくなことにはならないだろう。
召喚された転生者が「真の聖女」とやらになってしまったみたいだし、この子達を危険に晒したくはない。
聖女になりたくないとか言っていたはずの相手が聖女になり、自身の敵に回ってしまったショックは結構大きい。
「うーん…」
《ご主人さま、なにかこまってる?》
くぅん、とメメちゃんが私の膝の上に乗りあげ、前足を胸にかけてくる。
「聖女ってやっぱり厄介な存在だなぁって」
この子達の兄弟を殺したのも聖女だ。
できれば関わりあいたくない。
けれど、あの子ども達が被害者なのも確かだ。
(そういや前の町にいた聖女も狂ってる感じだったけど…同一人物なのかな)
どうしたものかと迷ってしまう。
《たすけたいの?》
「関わりあいたくない方が大きいかな」
《でも、こまってるよね、ご主人さま》
メメちゃんが的確に突いてくる。今日はどうしたの。
「うーん…」
けれど、私が迷っている間に、事は動いた。
いつも自身の与り知らぬうちに関与するのが、「幸運」の厄介なところである。




