06-03.犠牲者はその世界の人間だけで充分だ
聖女の召喚あるあるで、王族との結婚も勝手に決められていたらしいのだが、役に立たないという事である日突然、山に捨てられたらしい。
今までは逃げたくとも逃げられなかったのに、今度は突然追い出されたのだ。
無一文で。
本当に鬼畜しかいねぇな王都の連中は。
自分を捨てた犯人は誰だかわからないそうだが、追い出された彼女は、これ幸いと森の奥に逃げ込んだそうだ。
「顔も知らない人と結婚させられるのも、よくわからない聖女とかいうのにさせられるのも怖くて、それで」
よく魔物に遭遇せず生き残れたな、と思っていると《聖女の力はあるから、魔物は近寄ってこない》とムムが教えてくれた。
《魔物は聖女を嫌がる。特に力の強い奴を》
「じゃあ力は持ってるんだ?」
《あぁ》
私の独り言を不思議そうに彼女は見ている。
一見、子犬のムムと喋っているとは思わないのだろう。
彼女に向けて首を傾げて告げる。
「森の中には大抵、魔物がいるから、ここまでよく無事だったなあって思って」
「えっ」
魔物と聞いて、真っ青になっている。
「あの、えっ…魔物って、なんですか」
「一般的には人間を襲う天敵だけど」
「えっ」
ここにいるんですか、とあわあわしだしている。
「でも襲わない子もいますよ。この子達とか」
うちの子を指差すと彼女は眉を潜めた。
「え、子犬ですよね?」
「魔物です。一応」
一応、とつけたのは怯えさせない為である。
「魔物の中にもこういう子もいるんです」
おいで、と三匹に手を伸ばし、撫でてやると嬉しそうに尾を振られる。
「かわいい…」
そっと手を伸ばそうとして、けれども彼女は止まった。
「…あの、触っても?」
なんか良い子だこの子。
勝手に触ったりせず、ちゃんと聞いてくれるのか。
「いい?」
本人に聞くと、頭を下げて彼女の方に見せている。
いいよ、という事だろう。
聖女だけど大丈夫かな、と思っていると《悪意がなければ大丈夫だ》と声がする。
彼女は恐る恐る手をのばし、ちょっとだけ撫でて嬉しそうにした。
「かわいい」
それでも遠慮がちに手を戻す。
もしかして動物を触り慣れていないのだろうか。
本人が満足ならばそれでいいけれど。
「魔力はあるんですよね?」
話を切り替える。
このままでは彼女はここで暮らすのも大変だろう。
「そう…みたい、だけど」
「魔法の使い方、教えますから覚えませんか」
私たちもずっとここにいるつもりはないから、ずっと一緒にいるわけではない。
もちろん私が彼女を召喚したわけではないし、別に責任なんてものはないけれど、さすがになくとなく、可哀想だと思ってしまったのだ。
それに、前世を過ごしたあの、平和で文化的な世界から無理やりこんな世界に召喚されたのかと思えば、同情もする。
だからせめて魔法だけでも使えれば、と思ったにすぎなかった。
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彼女は優秀だった。
半日もすれば簡単に魔法を使えるようになった。
そして同時に、浄化の魔法も使えるようになってしまった。
彼女に魔法を教えた奴、どんな教え方をしたんだ?
本人は意図していたわけではないらしい。
ただ、魔法はこう使うのだと理解した途端にできるようになってしまったのだ。
聖女の浄化魔法を、私にも教えてくれた。
お礼だと言って。
「私にはそれぐらいしかできないから」
教えられて、万が一仕えたとしても、魔物に害になるので使いませんけどね。
そもそも魔法のない国から来た彼女の魔力は、色に染まっていなかった。
だから「聖女の浄化魔法」が使えるのだそうだ。
ムムさん情報である。
この世界の聖女は、他の魔法が使えないかわりに聖女の浄化魔法にだけに特化するのだそうだ。
しかし彼女の場合は浄化自体が使えなかった。
その理由が、「他の魔法が詰まっていた」かららしい。
それを使えるようにしてあげたら、聖女の浄化魔法も自然と使えるようになったというわけだ。
うん、よくわからん。
だが魔法自体が使えるようになった事は確かなので、良かったと言えるだろう。
つまり、彼女はこの世界の聖女とは違い、他の魔法も使える聖女、ということだ。
なかなかチートだな。
彼女から「聖女の浄化魔法」を教えられたけれど、実行はしていないので使えるかどうかはわからない。
それに、ムム達に害がありそうだから、絶対に使わない。
「みあやは、帰れるんだったら帰りたい?」
一応尋ねておく。
召喚された人が簡単に帰れるのかどうかは知らないけれど。
「帰れるの?」
「わかんないけど」
「…帰れるなら、帰りたいよ」
あまり期待しない顔つきで言っている。
尋ねたのは、意思の確認をしたかっただけだ。
私の持つ「幸運」が彼女に効くのならば「もしかして」な可能性はゼロではないだろう。
なんせ他人の幸運値を上げ、願望を叶えるのだ。
ただ、異世界に戻るという事が、たかだか幸運で叶えられる事なのかどうかはわからないけれど。
でも彼女は「無理やり召喚」されてこの世界に来ているはずだ。
ならばきっと、「帰りたい」と願えば叶うかもしれないだろう。
彼女が何事もなく、ただ帰ることだけをひたすら純粋に願っていたらいつか、もしかしたら帰る事ができるかもしれない。
しかしそれを口にする事はしない。
期待を持たせればその分、邪念が入る。
純粋に帰ることができなくなるかもしれないからだ。
「帰れるといいね」
「うん、ありがとう」
彼女と顔を合わせたのはそれきりだ。
そこでお別れをした。
間違いなく、彼女がいつか帰る事ができればいいと思う私の好意は、彼女の幸運に影響を及ぼしていた。
肩口に光がつき、今までになく輝いていたからだ。
そして私は知る事になる。
結局、どこの世界の人間も同じだという事を。
幸運を手にする事で、歪んでしまう心はどうしようもないのだということを。




