06-01.犠牲者はその世界の人間だけで充分だ
OK、話はわかった。
何が起きているのかはわからないけれど、とりあえず聖女の出方を見よう。
わざわざ聖女を召喚したぐらいである。
何かが起こるのか、既に起こっているのか。
ありえるとしたら魔物退治だろうか。
どこかに巨大型の魔物が出たのだろうか。
「…」
不安なのはムムの存在である。
辺境の領地とはいえ、その姿を見せてしまっているので、抹殺対象にされてもおかしくはないだろう。
《主様、気にしていてもしかたがない。それに、そんなに簡単に殺されはしない》
それはそうなのかもしれないが、ムムだってもちろん可愛い子なのだ。
怪我の一つもしてほしくない。
聖女が何の為に呼ばれたのかは、情報不足すぎてとりあえずは放置するしかなかった。
このあたりではそれ以上の答えは見つからなかったからだ。
王都に行けば何かわかるかもしれなかったが、王都は絶対に嫌である。
あそここそが悪の監禁総本山だったのだ。
貴族も酷かったけれど、特に王族の奴らは最悪だった。
今思えば、だけれど。
《主様。隠れ家を探すんじゃなかったのか?》
そうだ。目的を忘れそうだった。
さっさと平穏の地を探して皆で静かに暮らしたい。
心の平穏は大切である。
周辺探索魔法で引っかかった建物を一つずつ見て回る。
大抵は木こりの小屋や見張り小屋で、まだ使用中のものが多い。
それらはすべて却下である。
できればもう人が出入りしそうにない、魔の森化している奥地とかがベストなのだが、さすがに周辺探索では「森」かどうかの判別はできるものの、そのあたりが「魔の森」かどうかはわからないのである。
長期戦を覚悟して色々と回ることにした私達は、森の奥で一つの小さな小屋を発見した。
山奥の村の、さらに山奥にある家だった。
このあたりの森はまだ「魔の森」にはなっていない。
そもそも魔の森とは、魔物が一定以上に増える事で、人が踏み入れる事ができなくなる状態である。
人が踏み入れる事がなくなると資源の搾取が減る。
同時に魔物達が増える事で、魔物の放つ気によって周辺が異常成長を起こし、資源がさらに増え、潤う。
こうして魔物に襲われる確率があがるものの、希少な資源が得られる森になるのである。
ここもかなり魔物の数が増えている。
魔の森化する事は希少に資源を得ることができるチャンスかもしれないが、正直なところ、周辺住人からしてみれば、魔物が頻発するかもしれない危険な森よりも、通常の森から得ることにできる恵みの方がはるかにありがたいものである。
できれば魔物は増えないほうが良いに決まっている。
戦わずに得られる資源の方が大切だろう。
その森が最近、徐々にとはいえ、魔の森化が進んでいるそうだ。
それを「食い止める」為に聖女が必要だという。
なるほど、聖女の浄化は魔の森化するのを食い止めることもできるらしい。
しかしこの世界において、聖女は位が高く、人数もそうはいない。
容易に片田舎などに来てくれるような相手ではない。
ほとんどの村は自分たちで身を守るしかないのである。
そんな山奥にある家ならば、めったに人も現れないだろう。
そんな期待で辿り着いたわけなのだが。
(誰かいる)
間違いなく「人」だった。
こんな場所に人がいるなんて思いも寄らず驚いたが、それは相手も同じらしい。
彼女は慌ててしゃがみこみ、頭を抱え込んでぶるぶると震え出した。
「来ないでください、私、ここから動きませんから!」
おぉ、なんか宣言された。
さすがにこんな山奥では誰もいないだろうと、隠蔽魔法は使っていなった。
そのせいで驚かせたし、怖がらせたようである。
(いやでも私、幼女だし)
小さい子どもがこんな場所にいた方が怖いか。
しかもムムは、背に乗せてもらっているので大きい姿である。
見た感じ、私よりはかなりの大人だった。高校生ぐらいだろうか?
けれどそんなに大きくはなかった。
なんとなく痩せこけていて、びっくりするほど小汚かった。
「…あの」
あまりに気の毒すぎて声をかけてしまった。
彼女は震えたままでこっちを見ようともしない。
見てくれたら、ただの幼女だとわかると思うのだけれど。
しばらくずっと立っていた。
ムムたちも何も言わなかった。
ムムは黙って小さい姿になったし、メメとモモは気にすることもなく足元でわちゃわちゃと遊びだしたが、私は突っ立ったままだった。
あまりに動かなかった為、相手も、私がいなくなったと勘違いしたらしい。
顔をあげて、私を見てまた固まった。
けれどさすがに今度は小さい女の子だと認識してくれたようだ。
が、小さい子どもだとわかると、周囲を確認しだした。
親がどこかにいると思ったのだろうか。
「…まいご?」
いや、ずっと目の前にいましたけど。
彼女は見た目、若かった。
けれど臭かった。
この山奥では風呂にも満足に入れなかったのだろう。
というか、どう見ても彼女は異世界転移者だった。
見た目がまずこの世界の人間じゃなかった。
さらには、私の前世の同国人ではないかと思われた。
前世の姿は覚えていないし、家族も、友人らの顔さえも覚えていないけれど、姿形が『そう』だとわかる。
感覚でだけれど。
だからではないが、少しばかり同情したのは確かだった。
「ここでなにを?」
尋ねた私に、彼女はまた怯え、警戒するように周囲を見回している。
やはり大人を探している様子だ。
「あの、…あなた、ひとり?」
「はい」
人間は、ですけれども。
足元にいる子犬の姿は目に入っていないようである。
「こんな場所に子どもが一人?…まさか、聖女の手先!?」
自分で考え、口にして、悲鳴を上げている。
うむ、なかなか忙しない子である。
しかし「手先」という言い方は気に入った。
彼女にとって聖女は良い人ではなさそうだからだ。
一応、誤解のないように告げておこう。
「聖女は私の敵です」
言葉に驚いた顔をしている。
あれ、なにか間違えただろうか。
「あなたはどなたですか」
「…その、」
彼女は。うろうろと視線を彷徨わせ、困った顔をし…それから、肩身が狭そうに身体を小さく丸め、指をくっつけたり離したりしてもじもじしだした。
そんな仕草をすると、さらに幼く見えて来る。
実は意外に幼いのだろうか。
「あの、あの、私、あなたの敵、じゃないです。けどなんか、勝手に聖女にさせられそうになって、でも無理で…よくわかんないうちに、その、」
こんな幼女に対し必死に、敵ではないとアピールしてくる。
なるほど、と気が付いた。
王都から追い出されたという聖女が、この子だった。




