04-02.そういや聖女がいるのでしたね。敵認定です
「ちなみにあの人、何しにここにいるんですかね」
ムムさんに尋ねたつもりだった。けれどすぐ後ろで声がした。
「近隣の魔物退治だよ」
「!?」
突然、知らない声が降ってきて驚かされた。
振り返ると背後に男の子が立っている。
ちょっと背が高くて顔立ちが整っているっぽい。
たぶん。イケメンはよくわからぬ。
人の顔って覚えられないんだよな。
とくにこういう、何を考えているのかよくわからない、顔に自信があります系のタイプは余計に。
「だれですか」
「ロールです。君は?」
「…アニ」
アンと名乗るとあいつを思い出すので、咄嗟に変更した。
どうせすぐに使わなくなるだろう。
「聖女様を見るのは初めて?」
問われたので頷く。
というかこいつ、いつからここに居たんだろう。
三匹には隠蔽魔法をかけているので、傍から見ると独り言になっていた会話を聞かれたのはどこからだろうか。
「聖女様はこの周辺の魔物を退治しに来てくださったんだよ」
どうやら『あの人なんでここにいるんですかね』発言の答えをくれているらしい。
不敬な口調でしたよ、やべぇ。
「そうなんだ」
「そう。そうしたらこの町は森の資源を取る事が出来て、もっと潤うことができるんだ」
あー…ここにも魔の森が近くにありなさるわけですね。それはそれは。
あ、違うのか。
今朝行った場所がそうなのか。
家が燃えてたあそこだよね、たぶん。
《正解だ》
ムムさんが答えをくれる。
ありがとうございます。
ってあれ。なんで会話ができてるかな。
やっぱ時々、心読まれているよね?
ムム達ならまぁいいんだけど…。
あれ、なら心で考えていれば伝わるって事?
独り言しなくていいんじゃない?
それは後でちょっと話し合おうぜ皆。
「じゃあすごい人なんだ。へー」
目の前の男には適当に棒読みで告げるのだが。
「そうだよ!だからきみも聖女様のところに連れて行ってあげる」
だからって何。
突然声をかけてきたそいつは「聖女様ってすごいんだ、暖かくて優しくて…」とかなんとか、賛美の言葉が続いている。
天敵に対する賛辞をどう受け止めろと。
皆が皆、盲目的に聖女を好きだと思うなよ、このヤロー。
意味がわからないな、と思っていたら、今度は唐突に手を取られたのでびっくりして、反射的に叩き落してしまった。
でも嫌だろう、普通。
「えっ」
ロールと名乗った男の子がびっくりした顔になっている。
あれか、こういうタイプにそういう事をされると、普通は顔を赤らめたり、ぽーっとしないといけないやつだろうか。
いやソレ無理だから。
お前は私にとって、ただの不審者だ。
「や。行かなくていい。ここでいい」
お前が言う、その暖かくて優しい聖女様が昔、うちの子を殺したのだ。
私にとってはそれが全てだ。
知ってしまったからには、聖女という職業の奴は敵なのだ。
今、そこにいる聖女を殺したいとまでは思わない。
直接的な仇ではないだろうから。
けれどそれでも、今いるうちの子達を害する「かもしれない」存在になど、近寄りたくなど無い。
男の子は「そう?」と不思議そうな顔をしている。
「でも、ちゃんと会ったら聖女様の良さがわかるよ。すごく良い方なんだ。誰にでも優しくて」
誰にでも優しい人間など、この世には存在しない。
私は知っている。
逆にそんな人間は絶対に信用ならない。
この聖女フリークめ。
押し付けがましいお前の考えなど、知ったことか。
私はあいつが嫌いだ。
聖女である限り、絶対に好きにはなれないだろう。
理由?
そんなの、うちの子を害するかもしれない存在だからだ。
どんな人間だったとしても好きにはならないだろう。
たとえ事実、お優しくて素晴らしい人間だったとしても。
けれどそんな事は絶対にないだろう。
聖女の周囲に漂っている「黒いもや」が、それを物語っている。
「イヤだ。行かない」
「アニ」
頑是ない相手を諭すような声で名を呼ばれる。それにムカついた。
「あんた何。何が目的?急に声をかけてきたりして」
なんだこいつ。なんなのだこいつは。気持ちが悪い。
にこにこしている顔が気持ち悪い。ぞっとする。
「いいから行こう。アニはきっと聖女様に気に入られるよ」
気に入られるからなんだ。気に入られたくなど無い。
なんで気に入られなくてはならないのか。
会いたくないと言っているだろう。
お前の耳は聞こえているか。
こいつには別の何かが見えているのだろうか。
もしかして、他人のスキルとか見えるタイプなのだろうか。
私だって変な能力持ちなのだ。そんなのが居ないとは限らないだろう。
そう考えて、ゾッとした。
バレたかもしれない、と思ったせいだ。
途端に体に震えが走る。
足元から這い上がる恐怖に気づき、歯を食いしばると刹那、腕の中にいたモモが唸り声を上げた。
「!?なんだ!?」
その反応で、彼にはモモのことは見えていないのだとわかる。
隠蔽魔法が見えているわけではないのだ。
慌てて腕の中の可愛い子をなだめるように撫でまくる。
よーしよしよしいい子いい子、ごめんね。
驚かせたね。
いい子だからもう少しだけおとなしくしていようね、モモちゃん。
浅くなった呼吸を必死に整える。
大丈夫。バレているわけじゃない。
こいつは別に私を捕まえようとしているわけじゃない。
ただ、なぜか聖女の元に連れて行きたがっているだけだ。きっと。
震えそうな体を押しとどめて、低く、唸るように声を出す。
「なんで私が聖女様に気に入られると思うの」
相手の反応を無視して尋ねれば、ロールはにんまりと笑った。
「君は聖女様を信用していないだろう?そういう人間を『調教』してくださるのが聖女様だからね」
あ。なんか気持ち悪い話を聞いてしまったぞ。
最悪だ。
もしかして「そういう意味」での、あの黒いもやか。
自分の信者にならない人間を力づくでなんとかする系か。
「それに君、何か持っているだろう?」
物理的な話だろうか。
モモちゃんのことか?
それとも能力の話だろうか。
判別がつかない。けれど。
「あなた、何が見えているの」
「ふふ。君が一緒に来てくれたら教えてあげてもいいよ」
めちゃくちゃ上から目線だなコイツ。
最初からだけど。
そういうのにのこのこと着いて行ったらあれだろ。
もれなく拘束か監禁コースだろう。
わかります。
私、経験者なので。




