03-01.厄介ごとはいつも向こうからやってくる
平原の朝は早い。
だって眩しいのだ。遮るものが何もない。
そう考えると地下室生活は最高だった。
眩しくないのでゆっくり眠っていられたので天国だ。
「…まぶしい」
目が覚めてしまったので起きました。
そして不思議な光景がありました。
視線のだいぶ先に何かいる。
しかもこんな早朝から。
「なにアレ」
当然のように三匹は起きているのだけれど、まったく関心がないらしい。
気にもしていない。
《大方、昨夜の焚き火が気になって見に来た連中だ。さっさと移動した方がいい》
やっぱり火は丸見えだったようだ。
そうですよね。
隠蔽魔法は個々にかけっぱなしだから、姿は見えていないと思うのだけれど。
むしろアレか。
誰もいないのに火が付いたり消えたりしたから、不審に思って調査しにきたのか。
片付けは昨日のうちに終わらせていたのでそのまま、あいつらがここにたどり着く前にさくっと出発することにしたのだけれど。
「ムムさん、ムムさん」
出発したのはいいのだけれど、なぜかついてきている。
今朝方、見かけた奴の一人である。
「おもっくそ、つけられているような気がするのですが」
同じ方向に用事があるという考えもまだ捨て切れていないけれど、しかしだ。
たぶんこれは後をつけられているのだろう。
隠蔽魔法をかけているのだから見えないはずでは?
という私の疑問である。
《主様の隠蔽魔法が効いてないようだ》
なんですと!?
これって効かない奴がいるの!?
《主様の魔法が見える人間などほとんどいない。隠蔽魔法は希少だからだ。だが稀に、強力な魔術師には見えるだろう》
なんと。マジですか。
よりにもよって、そんな奴に見つかってしまったと。
それ絶対について来ているの確定じゃないですか。
やべぇ、やばくないですかソレ。
ムムさんたちの事も見えているってことだよね?
さらに、ムムさんの速度で付いてこれるってどんなですか。
そいつもしかして、とんでもなく強くない?
イコール、捕まったら逃げられないのでは。
嫌だ、怖い!
強い奴反対!
ついてくんな怖い!
「ムムさん、なんとかなりませんかね」
《速度を上げて振り切ってもいいが、主様が辛いだろう》
ですよね、私のせいですね!どうしたものか。
「あいつ、何者なんですかね?」
《それはわからぬ》
ですよねー…。追いかけてきているという事は、私たちに用事があるのだろうけれど。
「こっちの正体、気づいているのかな」
領を横切っている事が原因で追いかけられている可能性もある。
立ち入り禁止だぞここは!的な。
通行料払え!とか。
そんなことなら可愛いものだけれど。
(ありえないだろうなぁ)
とりあえず今いるこの領地を出る事を優先した。
*-------------------*
あれから随分移動し、隣領に入ったのに、まだついてきます。
しつこい。
ムムさんには結構飛ばしてもらっているのだけれど、ついてくるとか、むしろすごくね?
「…しぶといデスネ」
《どうする》
《かんじゃう?》
《かんじゃう?》
メメさんとモモさんが意気投合中。大変危険です。
「そんなことしたら、メメとモモが怪我をするかもしれないので、イヤです」
《ケガなんてしないよ》
《あれ、ヨワイよー?》
そうですか、弱いですか。
しかしですね、窮鼠、猫を噛むとかいうことわざがありましてですね。うちの子達がケガをするのはイヤなのです。主に私のメンタルがやられます。
「…仕方がないので、とりあえず追いかけている理由を聞いてみようかと」
このまま追いかけられ続けて、隠れ家候補がバレるのもイヤンな感じです。その前に対処した方が良さげです。
《そうか。では速度を落とそう》
近くに視野の拓けた場所があるそうなので、そこで一度止まってくれるそうです。
すみませんね。
不審者と対面する事になりました。
「なにか、ご用でしょうか」
こちらが止まると向こうも止まったので、やはり追いかけていたらしい。
すぐに逃げられる体勢のまま…つまりムムさんの背中から降りないままに上から尋ねてみる。
正直、様にはなっていない。
なぜなら私の状態は、ムムさんに括りつけた布の中にいる、まるで赤子のようですからね!
でも八歳児にあの速度は無理なのです。
「どちらさまでしょうか」
尋ねたけれど、相手は警戒したように距離を取っているだけで何も話してくれない。
テメェ、こっちが譲歩して止まってやったのに!
なんの用事だっつーの。なんとか言え。
「ご用がないなら、先を急ぎますので付いて来ないでください」
付いて来んじゃねぇぞゴラァ!な気分である。
アンタちょっと怖いからマジやめて。
行こうか、とムムさんに言おうとしてようやく、相手が口を開いた。
「…その魔物はお前のか」
魔物。魔物とな。
あぁ、ムムさんのことか。
魔物なの時々忘れているからな。いつもはほぼ子犬だと思っているし。
今は確かにでっかい魔獣ではある。
こんなでかいの、魔物以外はいないので。
「お前は魔物使いか」
まものつかい。そう言われると…飼っているわけではないけれど、飼っていることになるのかこれ。
主従契約とか押し付けられているから、そうなるのか?
「まものつかい?」
わからなくてムムさんに聞いてしまった。
けれどもいつもの優しさはなく、無反応だ。
相手を警戒しているのか。
魔物使いって魔物使い…テイマーとかいうやつだっけ?
よく知らんけど。契約で従わせるやつか。
「見たところ、まだ幼いようだが。親はどこにいる」
あー、それ問われますよね。
今後も延々と言われるタイプのやつだろう。
こんな子どもが一人でいたらそうなりますよね。
「死にました」
「魔物に育てられたのか」
魔物に育てられ…狼に育てられた少女、みたいな?
違うから。
「違います」
あんまり余計なことを言うと面倒そうなので、単語しか口にしない。
それで相手が勘違いするのは勝手である。
「お前、異世界人か」
「いせかいじん?」
あまりに突拍子もなくその単語が出てきて、思わず繰り返してしまった。
だがそれが良かったらしい。
「知らないのか」
そのおかげで知らないと判断されたらしい。良かった。
しかしこいつの口から「異世界人」なんて単語が出てきたという事は、いるのか、この世界。
異世界人が。
え、いるの?
もしかしてこの人が異世界人?
いやでも、どう見てもこの国の住人に見える。
考えてみたら私自身も違う世界に転生していたのだから、ありえなくはないのか。
「どこの世界」から来ているのかは知らないけれど。
「ええと…結局、なんのご用ですか」
困った。
相手の目的がまったくわからない。
だから会話が続かないし、腹の探り合いは疲れてしまう。
けれども唐突に、男は目的を明かした。
「異世界人を探している」
あ、なるほど。…で?
わからん。
なんで探しているのと私が関係しているのだろうか。
しかし聞いてしまうと余計な事に巻き込まれそうなので、やめておいた方がいいだろう。
「そうですか。よくわかりませんけど違うと思います」
転生者だけれど元々この世界の生まれなので、今は異世界人というわけではないだろう。
鏡とかは見たことないけどたぶん、普通にこの国の顔立ちのはずである。
「…そうか」
「そうです」
納得いかないような顔をされた。
なぜだ。何か私の顔、おかしいのだろうか?
思わず両手で顔を触る。
体つきが貧相だとかそういうのは指摘しなくていいですよ。
知っていますからね。
「では、見かけたら知らせて欲しい」
そう言うと勝手に伝達用の魔力の鳥を渡してくる。
なんでだ。なぜそんなことをしなければならないのか。
いらない。それ、欲しくない。
「あの、そんなこと言われても私、そんな人を見てもわからないと思うんですけど」
異世界人だなんてどうやって見分けをつけるというのか。
「見たらわかる。見つけ次第知らせろ」
いやわからねーだろ。
そもそもアンタ、誰なんだ。偉そうだなこいつ。
イラッとしていると、相手はようやく名乗りを上げた。
「私は宮廷魔術師のミーシンだ」
架空の親が勘違いされた、宮廷魔術師の本物だった。




