24-03.売られた喧嘩は今世から買いますが、ここまで派手にするつもりはなかったという言い訳をしたい
…幸運の少女。私のことだ。
あぁ、こいつはまだ欲しているのか。
けれど思い出したのだ。
私はここを出ている。
手放したのはこいつである。他に売り払ったのだ。
「まだ見つからぬか!早く見つけろ、能無しめ!あぁ、失敗した。失敗した…!」
慟哭だった。
病で弱っているとは思えないような声が唐突に放たれる。
「失敗だったのだ。あの娘を手放したのは失敗だった…!あれのせいでなにもかもが無くなった!」
そんなはずはない。
自分がいなくなって影響するのは幸運値だけである。 「何もなくなる」などという事はありえないのだ。
なくなったのであればそれは、私がいなくなったからではなく、本人の行動が原因だ。
努力を忘れ、幸運に頼り、縋り、傲り、好き放題生きればそうなるのは当然である。
「クソッ、あれを手放してから私の人生は散々だ。めちゃくちゃだ!」
どうやらすぐに病に倒れたらしい。
それからずっとこの状態か。
それはそれは。
不当に子どもを閉じ込めたりするからだ。
「早くしろ。あの貴族から早く取り返せ…!金はいくらかかっても良い。あいつさえ手に入れば、元などすぐに取れる。だから早く手に入れるのだ!」
狂っている。病というのは精神病だろうか。
「良く効くという回復薬は手に入れたのか。たしかにアレはよく効く。早くしろ。もっとよこせ!」
それは私の作成した回復薬の話だろうか?
それを飲んだという事だろうか。
もしや副団長が売りさばいたやつだろうか。
そのせいでこんな奴に口に入ったのならばムカツクな。
あいつマジ嫌い。
「早くしろ!あれで病を治し、私があの貴族から取り返しに行く!お前たちでは役に立たん!」
ブツブツと喋っている。意外に元気ではないだろうか。
そして変わらない自分勝手さである。
ムムの背を優しく撫でると、私の視界を遮るように座ってくれていた彼がすくりと立ってくれる。
彼の足の間から相手が見えるようになった。
領主の上には真っ黒いもやがかかりまくっていた。
重さはないはずだが、とてつもなく重そうに見える。
三匹を近寄らせたくは無いほど汚れているように見えた。
奴の言っている回復薬が私の作ったものだとしたら、もう二度とお前になど飲ませることはない。
私は根に持つタイプなのだ。
人に散々酷い事をしておいて、自分が弱った時だけいざ、助けてもらえるなどと思うなよ。
なるほど、こいつがあの馬鹿兄弟の親か。
納得だ。
ならばもう用はない。
そもそもこの領地にいる必要もないだろう。
「もう帰ろう」
小声で三匹に伝えたつもりだったのだが。
「まさか、いるのか…!?」
弾かれたように声が放たれる。
「幸運の娘、そこにいるのか!?」
隠蔽魔法で見えていないはずだけれど。
なぜいると思ったのだろうか。
幸運が作用したのか?
いや顔を見た程度では作用しないと思う。
こいつのことめっちゃ嫌いだし。
勘?なのだろうか。
執念とかでわかるのか?
それとも、幼女の声というだけでそういう判断なのだろうか。
怖すぎる。
それとも単に病んでいるだけか。
「誰か!誰かいないのか!そいつを捕まえろ!」
わめき散らしたが、なぜか誰も来ない。
それに気づいたのか男は途端に手を変えた。
今度は私に向かって喋り始めたのである。
「娘!ここにとどまれ!いや、とどまってくれ。なんだってする。なんでもしてやる。だから…!」
気持ちが悪い。
自分のした事を知っているだろうのに、なぜここに留まると考えるのだろうか。
いっそ笑えてくる。
ここで恨みつらみの一つでも言葉に出せば、気が晴れるだろうか。
だが私は知っている。
相手に余計な情報を与える事こそが自分の首を絞めるのだと。
何度も転生を繰り返してきた人間である。
その度に自分の所有者が変わるのをずっと見てきたのだ。
そっとその場を離れればいい。
ここに居たのが本当に幸運を持つ子どもだったのか、それとも違う存在だったのか。
判別がつかないままに歯がゆい思いをし続ければいい。
そして、手に入れられなかったという悔しい思いをすればいい。
病は治る事はないだろう。
もしも本当に幸運が傾いたのだとしても、もはや私がこいつに向ける負の感情は、こいつに無償の幸運を与える事はないはずだ。
必ず犠牲の伴うものになるはずである。
自分の足で歩き、離宮を出た。
振り返り、その巨大だった牢獄を見上げる。
その中のほんの狭い、狭くて苦しい一室の中にずっと、閉じ込められていたのだ。
(こんなに大きな建物だとは思わなかったな)
逃げられないようにと目隠しをされ、私は景色を見たことなどなかった。
建物も見ることはなく、そして闇に乗じて運ばれる事が多かった。
こんなに巨大な邸の中、私に与えられたのは独房を思わせる小さな小さな一室だけだった。
笑ってしまう。
ムムの背に乗せてもらい「帰ろう」と呟く。
私は今世こそ閉じ込められるつもりはない。
それを再度心に刻む。
絶対に嫌だ。
それを目標に生きるのだ。
建物からかなり離れた頃、背後から衝撃音が聞こえた。驚いて振り返ろうとすると、ムムが足を止めてくれた。
離宮が半分、あっけなく…まるで砂の城かのように脆く、崩れていくのが見えていた。
「は…?」
何が起きたのだろうか。
目を丸くする私の傍に、いつの間にか、尾をぶんぶんと振っているモモがいる。
《マスター、マスター、ほめて!ほめて!》
なにを褒めるのだろう。
とりあえず可愛いので撫でておくけれど。
《…モモ、お前な。目立つ事はするなとあれほど…》
ムムの呆れたような苦言に対し、メメの《しかたがない》という声が届く。
《でもきもちはわかる。モモがしなかったら私がしてた》
え、今の、モモちゃんがやったの?
どうやって!
どうやらあの崩壊はモモの仕業らしい。
おぉぅ、モモちゃん、派手デスネ…?
メメさんも同じができるらしい。マジデスカ。
なんで突然壊したの。
壊す理由はなかったよね?
なんで。
《マスターのイヤな思い出、なくなった?》
《ご主人さま、イヤなの、なくなった?》
二匹の言葉に驚き、再度、崩壊した離宮を見る。
あぁきっと、あの壊れたどこかに、私が閉じ込められていた部屋があったのだろう。
彼女たちはそれを壊そうとしてくれて、加減が出来ず、やりすぎてしまった感じなのだろうか、もしかして。
「…ははっ、あははは!」
笑ってしまった。
酷くとんでもない事になっているのに、その光景が滑稽に見えて、笑えてしまった。
私の心はもうとっくに壊れている。
彼らがこんな事をしでかしても、怒る気どころか嬉しいと思えてしまうぐらいに。
転生を続けてきた。
閉じ込められるばかりの人生だった。
一つも良い思い出なんてない世界だ。
今壊れたのはそのうちの、ほんの一欠けらだ。
それでも嬉しいと思う。
魔物であるはずの彼らの優しさが。
私を気遣ってくれる気持ちが。
寄り添ってくれる心が。
なによりも暖かく、私を包み込んでくれている。
「ありがとう。なくなったよ」
メメとモモを抱き寄せ、ムムのふかふかな毛に抱きつく。
「ありがとう」
この世界に生まれて初めて。
嬉しい涙が溢れ出た。
次回、4月末から開始します。
よろしくお願いします。
気になってくださった方は、活動案内も見てくださると嬉しいです。




