20-01.頭痛が痛い系の馬鹿と、危険が危ない系の阿呆しかいない
お久しぶりの騎士団です。
こんにちは皆さん。そしてさようなら。
受付に知らない人がいたので踵を返して帰ろうとしたところ、団長に首根っこを捕まれました。
ぐえぇ。
「逃げるんじゃない」
逃げるに決まってるじゃないですか。
なんですかそいつ。
受付の目の前に立っている人間が、眼光鋭くこちらを睨んでるわけで。
こっち見て睨んでいるという事は、明らかに敵じゃないですか。
敵認定ですよ。
モモちゃん、早く戻ってこないかな。
騒ぎを起こしてでも帰りたい。
こういう時、嫌になるほど勘が当たるのだ。
「…なんですか」
ふて腐れた声を出すと、頭の上でため息をつかれた。
「お前、以前はもう少し愛想が良かっただろう」
それは騎士団がお客様だったからです。
今はもうなんの関係もありませんからね。
二度と納品もする気はないし。
「これが素です」
またため息をつかれた。
なんて失礼なおっさんだ。
言っておくが転生積み上げ年齢だけは、誰にも負けないんだからな!
この国で生きている奴らの誰よりも年上だからな!
年寄りを敬え!
…と言いたいけれど言えない。
精神年齢は誰よりも低いのを自覚しているので、言えないのはわかっている。
「で、なんですか」
ふてぶてしさ上等で態度に出すと、受付に居る相手もこちらを値踏みした上で、鼻で笑ってきた。
ムカツク。
「ハッ、なんだこのガキは」
対し、答えたのは団長だ。
「お前が知りたがっていた、前の専属業者だ」
「こんなガキが!?」
あぁ。回復薬の買いつけ先の新しい業者か。
なるほど。
けど、騎士団がどこの誰と契約しようと関係ないので、巻き込まないでいただきたい。
「正確には、この子の親が作っている」
「どうしてその人ではなく、こんなガキを?」
「この子がいつも納品してくれていたからだ。親御さんがここに来た事は一度もない」
知らない人間相手に、ちょっとぶっちゃけすぎだろう団長。
なにをまたぺらぺらと、架空の親事情を話してくれちゃっているのだ。
「姿を見た事がない?そんな怪しい人間から回復薬を買っていたというのか」
「品質は今までで最上だったからな」
「そんなもの、本当に作ったものかも疑わしいじゃないか!」
何を揉めているのだろうか。
「そもそも平民風情の作った回復薬が、この私の作ったものよりも上質などと、ありえない!」
お。平民風情って言いましたかこの人。
ケンカ売ってんな?
あれか、貴族崩れか。
本当のお貴族様が、こんな場所で回復薬を売りつける業者をしているとか、ありえないからな。
そんなやつが、平民風情とか言うか。
どうせ、いまやお前も平民だろうが!
「姿を見せないのならば、犯罪者の可能性だってあるだろう!」
あー、それはなんか聞き覚えのある…何度も言われたな。なんだこいつ、あの迷惑クソジジイと繋がっているのか?
何の話をしているのかもわからんし、巻き込まれている意味がわからない。
団長をジト目で睨み上げてみる。
「帰ッテイイデスカ」
「駄目だ」
逃げられないように掴まれた腕を離してもらえない。
クソ馬鹿脳筋め。
最終手段は、筋力増強剤を飲んで無理やり逃げ出すか。
とりあえずは穏便に、なんとか離してもらえる方向を考える。
「お使いの途中なんですけど」
「…」
お、ちょっと気まずそうになった。よし、これでいこう。
「親が、私の帰りを待っているんですけど」
またため息をつかれた。
背の高い人間が頭の上でため息をつくとだな、息がかかるから嫌だ。
気色悪い。ヤメロ!
「…お前の親に、回復薬を一本だけなんとか融通してもらえないか」
やっぱりそういう話か。面倒なことにしかならない予感しない。
「もう無理ですとお伝えしたと思うのですが」
「そこを何とか」
いつもの事だけど、食い下がるな、面倒くさいと思っていたら、貴族崩れ野郎が口を挟んできた。
「やはりそんな上質なものなど存在しないのだろう!」
なんの話だ?ともう何回目かのハテナマークが出たところでようやく、団長が説明をしだした。
毎回毎回、行動がいまひとつ遅いんだよなこの人。
「彼は新しい回復薬の業者なんだが、品質がお前のところのものより、かなり劣っていてな。値段交渉で難攻している」
「以前に納品したやつを出せばいいじゃないですか」
「それが、もうないから困っている」
もうないとか、どういう事だ。
在庫がなくなってから、まさか次の業者を探したのか?
だから動きが遅いんだっつの。
なにやってんだか。
どうせまた、倉庫のチェックをしていなかったのだろう。
ギリギリになって気づいたに違いない。
誰だ、チェック係は。
それともまさか、また、誰かが盗んだとかいう話じゃないよな?
ともかく、騎士団の財政のことなんかどうだっていいし、巻き込まないで欲しい。
「そんなの、知りませんけど」
「それが、これなんだが」
言いながら目の前に突き付けてくるのは、貴族崩れが作ったらしいという回復薬だった。
人の話を聞けおっさん!
子どもだからって嘗めるんじゃねぇ。
しかし、他人が作ったという回復薬の精度はちょっと知りたいかもである。
興味本位で手に取ってしまった。
こっそりと浄化魔法を手にかけてから、指につけて舐めてみた。
結局、このやり方は今、初めてした。
他で味見をする機会がなかったせいだ。
(あー…なるほど?)
私が作っていたやつの三分の一ぐらいの効果のようである。
水っぽいというか。果汁何%で、がっかりした味みたいな感じである。
「あの薬屋のところよりは少し上だが、その程度でな」
「その程度とはなんだ!失礼な!」
貴族崩れが怒り出す。
だが団長の気持ちもわからないでもない。
しかし、これでも薬屋のものより上質なのか…あのクソ薬屋、相変わらず最低だな。
それで、これをいくらで買うつもりなんだろう?
興味本位で聞いてしまう。
「お値段はおいくらなんですか」
「お前のところで仕入れていた値で買えと」
それはまた…薬屋と同じぼったくりっぽいですネ。
そうですか。
これ、関わりあったら厄介なことになること確定じゃないですか。
無視して帰りたい。
モモちゃんにこいつらを噛ませて、逃げたいぐらいである。
だが。
(まだしばらくこの町で買い物すると思うんだよな…)
青騎士団に喧嘩を売ると、面倒なことになるのはわかっている。
「これ以上の回復薬など存在しない!でまかせを言うな!」
じゃあ買わなければいいじゃないかと言いたいのだが、こいつから買わないと、しばらくは次がないらしい。
クソ薬屋に頼る事になりそうだという。
団長はまた困った顔をしている。
この脳筋め。
だからなぜそこまで備蓄を減らしてから行動するんだ。
馬鹿なのか。
すみません、馬鹿でしたね。
どこを落としどころにしようか考える。
あー…。三分の一の効果だっけか。それなら。
「…前の三倍の値段で買ってくれるのでしたら、一本だけお譲りしてもいいですけど」
「買おう」
即答された。早い。むしろ怖い。
「今、持っているなら出してくれないか」
子ども相手にも命令形でないところだけが団長の良いところだ。
普通の大人の反応だと思うけれど、周囲が悪いと、良く見える。
今出したら面倒そうなので「後日持ってきます」と口にしたら、そこの阿呆が「そらみろ、そんなものはない!」とか叫びだした。
「どこかから盗んでくるつもりなのだろう!この犯罪者が!」
犯罪者呼ばわりしやがった。
最低クソ野郎だった。
名誉なんかどうでもいいが、この貴族崩れに嘗められるのは腹が立つ。
だが、よいように扱われているようで腹も立つ。
クソ、しかたがない。
「…私用のでよければ、一本だけありますけど」
私は!
か弱い!
子ども!
なので!
と主張しておく。
「倒れてしまいそうな時用なんですけど」
「それは…すまない」
「じゃあ早く帰して下さい。お金ください」
請求だけして回復薬を一本だけ渡す。
酷い状態だったらオレンジ騎士団に置いていこうと思っていたやつなので、本当は数本あるが、もちろん言うわけがない。
急いで事務官がお金と書類を持って来た。
以前のやつと同じである。臨時購入用の書類だ。
「要件は済みましたよね。さようなら。もう来ません」
三本分のお金をきっちり巻き上げて、さっさと外に出る。また何かある前に帰ろう。
モモちゃん、どこ行ったんだろ。
そういや周辺探索すればいいじゃん、と気づいて確認すると、町の入り口の方にいた。
隠蔽魔法はかけているけど、大丈夫かな…と思ったら、お肉屋さんの前でちゃっかりお座りをしていた。
モモちゃんや…。
「思う存分、噛まなかったっけ」
《あいつらは、いまいちだった~》
美味しくなかったという事だろうか。
感触だと言っていたので、食べたわけじゃないだろうけど。
「早めに帰りたいから直ぐ買って帰ろう」
肉屋で適当に購入し、外に出てから隠蔽魔法を自分にもかけ、ようやく一息つく。
さて温室に帰ろう、と思っていると、足元にじゃれつくモモちゃんが言った。
《今度あいつ、かんでいい?》
あいつってあの貴族崩れのことだろうか。
どこまで見ていたんだろう。
どうやって知るんだろうか。
不思議に思いつつも「何かされたらね」と口にすると、嬉しそうに尻尾を振るのが見えた。




