17-02.まともな人間はそんなことを言わない
(…ん?)
何か違っている事に気がついた。
あれ、いつもと方向性が違う。
もしかしてコレ、幸運がバレたわけではないのか。
『早く取り返さなくちゃ。もう本当に最悪だわ!あのクソガキ!』
なるほど、自分たちがそもそも幸運なのだと信じ込んでいて、私がいなくなった事で幸運が消えたから、「私のせい」だという事だけれど。
…私が持ち逃げしたみたいに思い込んでいるのか。
すげぇな。
単純にかかわりをなくして物理的にも距離を開けたので、関係がなくなっただけなのだけれど。
『早く取り返すぞ。まさか引き取ったガキにこんな裏切りをされるとは思わなかった』
勝手な思い込みだがそっちなのかと笑ってしまう。
『何をしてでも取り返さなくては』
決意に満ちた声に、ブルッと身体が震えた。
恐怖で。
あぁ、完全に狂ったなこいつら、と思った瞬間だった。
こいつらマジでウザイな、どうしようかと考えていると、周辺探索に動きがあるのが見えていた。
そうだった、今日、三匹がいなかったのだと思い出す。
彼ら三つのマーキングがこちらに向かって来ている事に焦った。
(今、来ちゃダメだって!)
封印のおかげで温室の中には入れないものの、オレンジ騎士団の連中がいるのである。
魔物と判断されて殺されてしまう。
なのに三匹は奴等がいる方向に向かって移動しているのだ。
慌てて地下室から出、三匹のマーキングを確認しながら走り出す。
温室内はそこそこ広い。
あいつらがいる場所までは子どもの足ではちょっと遠い。急がなければ。
隠蔽魔法をかけ、筋力増強剤を飲み、走った。
急がなければ可愛い三匹が殺されてしまう。
あの子達はまだ小さいのだ。
子犬だ。
あっけなく殺されてしまうだろう。
「ムム、メメ、モモ!」
自分が辿り着くよりもあの子達が到着するのが早かった。
獣は足が速い。
マーキングが奴らのいる場所と重なってしまう。
刹那、声が届いた。
『ぐあっ!』
『なんだこの魔物、どこから…!』
大人の悲鳴だった。驚いて一瞬、足を止めてしまった。
けれどまた走り出す。
明らかに魔物に襲われている。
他から魔物が現れたのだろう。
三匹まで巻き込まれてしまったら大変だ。
『なんでこんなところに、いきなり巨大型魔物が…!?』
『総員、退避しろ!退避!依頼者を守れ!』
手も足も出ていない様子で騒がしくなる。
ウソだ、そんなのってない。
今そこにはウチの、魔物だけれど可愛い子達がいるのにどうして。
巨大型の魔物なんて冗談じゃない…!
踏み潰されてしまう!
あの子達だけでも助けなければと走って走って…着いた時には目の前に惨状があった。
一瞬の出来事だったのだろう。
巨大型の魔物が人間を口に銜え、牙を突き刺していた。
それを興味がなくなったように頭を振って捨てている。
「ぎゃあぁっ!」
「逃げろ、逃げろぉー!」
オレンジ騎士団はほとんど逃げ出していた。
怪我をしている奴らだけが残されている。
怪我人を放置していったらしい。
他にも魔物が来ていた。
中型の魔物である。
魔物の型は、中型と言われるぐらいでも野生の熊ぐらいの大きさがある。
巨大型は言うまでも無いが、何メートルも上を見上げる高さで、ビルぐらいだ。
初めて見た。
絶対にコレ、踏み潰される。
封印内が安全なのかもわからなくなって、恐怖で地にへたり込んだ。
失禁しなかっただけマシだろう。
魔物から目が離せない。身体が震える。
けれど私は三匹を探しにきたのだ。
必死に、なんとか視線だけを動かした。
足元には迷惑クソジジイと養父母が転がっている。顔と身体が傷だらけになっているのが見える。
腕か足か、どこかがなくなっている。
「た、たすけ…っ」
「ひぃっ!ぎゃあ!」
酷い悲鳴を上げている。
《適当に捨てて来い》
巨大型の魔物が喋った。
魔物って喋るのか。知らなかった。
その声に中型の魔物が反応し、怪我人たちを引きずっていくのが見えた。その間も悲鳴が凄まじい。
足元にメメとモモがいるのが見えた。危険だ。
早く助けなければ。
けれど身体は意思に反して恐怖におびえ、動く事などできなかった。
(ダメだ、メメ、モモ…!)
ムムはどこに行ったのだろう。
あの子は無事だろうか。
目の前の二匹だけでも助けなければと思うのに、体が動かない。
涙がじわっとこみ上がる。
何も出来ない無力な自分が情けなくて、情けなくて。
その間にも巨大型の魔物が動くたびに、いつ踏み潰されるかと心が悲鳴を上げている。
震える身体でなんとかできたのは封印を解除することだけだった。
その間にあの子達が温室に入り込んで、逃げてくれればそれでいい。
逃げる道が増えてくれれば。
《主様、大丈夫か》
不意に上から落とされた声が自分に対して発せられているように聞こえて、耳がおかしくなったのかと思った。
恐る恐る見上げると、でっかい魔物がお座りをしている。
そのでっかいのが。
見る間に小さくなっていくのを呆然と見ていた。
血だらけの、小さな子犬型になるまでずっと目が離せなかった。
「…ムム?」
声は掠れてほとんど出なかった。けれどお座りをした子犬はパタパタと尻尾を振っている。
夢でも見ていたのだろうか。
そうだと言って欲しい。
そんな気持ちでいたのに。
唐突に視界がブレた。
「!?」
同じように真っ赤な血まみれで倒れている子犬が見える。
倒れて、動かなくなったのを、私は知っている。
それは身体の奥底から湧き出し、歯の根があわさらないほどの恐怖だった。
頭を抱え込む。
あの子は殺されたのだ。
私のせいで…。
《主様!》
声が目の前でして、目を瞠った。
三匹が、地面にへたりこんでいる私の膝の上に乗り上げてこちらを見ている。
息を切らせて舌を出して。尾がパタパタしている。
血を浴びて汚れてしまっているけれど、元気そうな姿を見てホッとした。
「…ムム、よかった」
《主様》
尻尾をぶんぶん元気よく振っている。
けれども思い出してしまった。
じわりと勝手に目頭が熱くなる。
なぜ忘れていたのか。
辛すぎて、だから薄情にも忘れたのだ。
悲しくて苦しくて、放棄した。
何度も転生したので名前は覚えていない。
けれどそれでも、自分のせいで死んでしまった命の後悔を忘れてはならないだろう。
人は後悔の方が記憶に残る。
裏切られ、悲しみ、苦しみ、辛かった気持ちほど酷く心に残り続ける。
それが薄れてしまっていたなんて。
小さかった。
守るべき命だった。
なのに。
私が取り落としてしまった後悔を。




