17-01.まともな人間はそんなことを言わない
予想通り、厄介な事になっていた。
当然隣町にも『ジュウ』が居ない事がわかり、ではどこに住んでいる奴なのだとあの迷惑クソジジイは騒ぎ立てた。
誰も知らないとわかるとさらに怒鳴り散らし「そいつは犯罪者か何かなのだろう!」と決め付けた。
そんな迷惑クソジジイのところに余計な合流者が現れたのだ。
「納品しに来ていた幼女は実は、攫われた、私たちの子なのです。我々もずっと探しているのです」
元養父のクソ野郎である。
確かにあれだけ騒いでいれば合流するだろう。
嫌な合流の仕方しやがって。
しかも勝手に犯罪者にしているその『ジュウ』という奴が娘を攫った犯人かもしれないなどと言っている。
お前まだ諦めてなかったのか。
誰が娘だ。誰が攫われたんだボケ。
お前らの育児放棄は棚上げか。
なぜ知っているかと言うと、あいつらがわざわざ騎士団に依頼して魔の森に踏み入れようとしているからである。
今までの経緯を怒鳴り声と得意声で喋っているせいだ。
あー面倒くせぇ。
マジ面倒くせぇ。
どっかいけ。
オレンジ騎士団に依頼したらしく、なぜか奴等も温室前まで来ている。
マーキングしていた奴がいるのでわかりやすい。
マーキング、便利だな。
今までは魔物に撃退されていたクセにどういう事だと思っていたら、さらに面倒な事態に気づいてしまった。
その迷惑クソジジイが元副団長から買い取ったという私作の身体回復薬を、オレンジ騎士団に高額で買い取らせた挙句に飲ませたらしいのだ。
で、それを飲んで魔の森に臨んだ結果がこれである。
迷惑クソジジイが気づいたのは、身体回復薬を飲んでいると『魔物に会いにくい』という効果だった。
え、マジか。知らなかったんですけど。
作成者が知らないってどういうことですか。
その効能を説明し、オレンジ騎士団に買い取らせて実験させ、手に入った暁には自分のところから卸させろという交渉らしい。
へー、ほー。
誰がお前の為になど作るか。
で、無事に温室前まで到着してしまったのであります。
あれだ…自分で自分の首を絞めている気がする。
封印しているので入れない事が救いだが、マジで嫌だ。
誰かあいつらを帰してくれ。
ここの場所は元副団長にでも聞いたのかと思ったが、そうではないらしい。
あの人そういや、強制退団させられて犯罪者独房入りらしいです。
引き取られて行きました。
なのでこいつらがソレを知っているはずもないのだけれど。
隣町でもないのならば、魔の森ではないのかと元々疑惑を向け始めていたらしく、元養父がオレンジ騎士団であることも手助けをして踏み込むことを決意したらしいのだ。
あのクソ元養父、本当に余計な事をしてくれやがるものである。
私の悪態は尽きない。
封印のおかげで声は聞こえてくるし、誰が来ているのかもわかっている。
元養父に続き、元養母までいるらしいのだ。
なぜだ。
甲高いあの癪に触るキーキー声を久しぶりに聞き、頭痛がしてきた。
せっかくなので養父母にもマーキングできたが、本当に厄介な事をしてくれやがる。
『お前、よくも顔を出す事ができたな』
ただ、二人は和解したわけではないらしい。
ではなぜ一緒に来た、アホなのか?
別々にオレンジ騎士団に依頼し、ついて来たようなのである。
『あんたこそ、ふざけないで!慰謝料とっとと払いなさいよ!』
『お前の浮気で離婚したんだ、払う必要などない!』
おーおー、そういうのは違う場所で好きにやってくれ。
勝手にな。
『アンタが降格されたりするからでしょ!?どんだけ給料が下がったと思っているのよ!』
『その金で男遊びをしていたお前に言われたくない!』
はいはい、うるさいですよ。
オレンジ騎士団の人も大変だなこれは…。
ちなみにこの会話、二人は小声でやっているつもりらしい。封印の精度すごいな。どこまで拾うんだコレ。
で、突然態度を翻し、喋りだしたのが以下の会話だ。
『本当にあの子がこんな場所にいるというの!?』
悲劇のヒロイン調で元養母が喋っている。
『あぁ、なんて可哀想なネア!私たちが不甲斐ないばかりに…っ』
本当にな。
お前らが普通だったらもう少しマシだったかもな。
育児放棄とかしなければな。
あれは虐待って言うんだぞ。知っているか。
『以前からずっと見守ってはいたのです。あの子は攫われて虐待されているのだと…私たちに被害が及ぶと思い、耐えているのです。毎週のように納品をさせられて、可哀想に』
勝手な事をこじつけてくる。面白いぐらいだ。
虐待していたのはお前らだろう。
『その「ジュウ」という男が犯罪者で、私たちの子どもを攫い、虐待しているのです』
『早く救ってあげなければ!』
オレンジ騎士団の人達からはひそひそ声で『そうだったか?』『虐待したのってこいつらじゃなかったっけ』と話し合っている。
一年も前の話になるが、覚えている奴はまだ多いのだろう。
元養父は降格になっているしな。
今回は依頼者という立場らしいので、彼らはあまり口を挟まないことにしているようだと感じる。
『しかしこんな場所に居るのかね、本当に』
迷惑クソジジイが不安そうである。
あのプライドのお高い元養母もよく入ってきたなと感心する。
相変わらず甲高い声でテンション高く叫んでいる。
『あの子の為なら私、どんな犠牲を払ってでも助けて見せますわ!』
お前が一番の加害者だったけどな。
あー…と思いながら、なんとなくわかった気がした。
アレだろコレ、オレンジ騎士団に元養母が狙うイケメンがいるんだろうきっと。
何こいつわざわざ着いてきて悲劇のヒロインやっているのかと思ったけど、自分に酔ったこの口調、間違いないだろう。
ヒモ男達の気を引くのに同じ手を使っていたのを思い出した。
元養父の方はそんな元妻には興味もないような口調である。
考えてみたら二人とも節操なしで性格もそっくりな夫婦だった気がする。
『今まであちこち探したのです。町に居ない事は間違いが無い』
それに、と続いている。
『犯罪者であれば魔の森に隠れるのも納得いきます。もうここ以外、考えられないのです』
『しかしこんな場所、人が住めるのかね』
回復薬の作り手を捜しにきただけのはずだった迷惑クソジジイには予定外だったのだろう。
苛立ったような声になっている。
『この温室は封印されている。こんな場所でなんの為に…充分にあやしい』
ソウデスネ。怪しいデスネ。
お前らが来なければ平穏だったのに。
会いたくなどなく、気持ち悪いので地下室に引き篭もっています。
ダブル封印の安全性万歳。
元養父にはだいぶ前に青騎士団に納品に行っている事がバレていたし、もしかしたら魔の森を出入りしているところを見られた可能性はある。
こんな奥まで来るとは思っていなかったけれど。
『とにかく見つけ出して保護しなければ』
『…そうだな。薬師だという犯罪者の「ジュウ」とやらを見つけ出さなければ』
ここから急にトーンダウンした。
どうやらまたひそひそ話になったらしい。
だが封印はちゃんと声を拾ってくれている。
『ジュウとやらを見つけ出したら、ちゃんと私に引き渡してくれるのだろうな』
『えぇ。貴方がちゃんと支払いさえしてくだされば』
なにやらまた怪しい会話である。
取引しているのかこいつら。
『あぁ、いいとも。この回復薬を作成した薬師さえ手に入れば私は大金持ちになれるからな』
ニヤニヤした声が聞こえる。
こいつ、ジュウを探し出して連れ帰って回復薬を作らせるつもりか。
作ったの私ですけどね。
『犯罪者ならば尚更好都合だ。いなくなったとしても問題はないだろう』
『犯罪者はどうでもいい。娘は返してもらいますよ』
『子どもには興味はない。いいだろう』
利害が一致しているせいで結束力が感じられる。
キモイ。最悪だ。
犯罪というのはこうやって大きくなるのだろう。
『ねぇ、ちょっと』
苛立ったように元養母が今度は元養父とひそひそ話を始めている。
『本当にいるんでしょうね、ネアは』
『あぁ、多分ここだろう』
『それで、あの子が帰ってきたら私たちの幸運は戻ってくるのよね!?』
ゾワッと悪寒がした。
バレてる。ヤベェ。気持ちが悪い。
あぁクソ、平気になったと思っていたのにやっぱりダメか。
長年蓄積された恐怖はなかなか払拭されないらしい。
こいつらは二人占めする気なのだろう。
私の事は娘として説明しているところをみると、迷惑クソジジイには内緒のようである。
『アレがいなくなってから俺達の運はどんどんおかしなことになっている。気づいているだろう』
アレ呼ばわりかい。
いやそれ、私が来てからおかしくなったってのが正しいんですけど。
お前らが色に狂って夫婦喧嘩をしだしたんだろう。バカなのか。バカでしたね。
『アレさえ戻ればまた元に戻るはずだ』
戻りませんよ。
自分で何をしたのか覚えてないんだろうかこいつら。
お前らのこと、大嫌いですからね。
『やっぱりあいつが私の幸運を持ち逃げしたのね!』
…は?




