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01-02.幸運なんてものは



つい先ほど、私は「自分」を思い出した。

思い出さなければ同じことを繰り返しただろう。それがわかるだけにゾッとする。

どちらにせよこの「力」を持つ限り、ろくな人生を歩めないとわかっている。


それでも今世は少しでも違う人生を歩みたい。

そう思えることだけでも私にとっては前進だ。


いつも五歳前後で「自分」が戻ってくる。転生したのだという事実が戻ってきてしまう。

五歳という年齢で何ができるのかと言えば、出来る事などあまりない。

けれどもなぜかいつもこの年齢がターニングポイントだ。


何度も何度も繰り返しているそれはもう、回数も覚えていない。

いつも記憶はあまり鮮明ではなく、中途半端だ。


自分であったはずの前世の名前も顔も覚えていない。関わった人々の顔も名前も記憶にはない。

ただ毎回自分が「女」であることと、関わった人が「どんな人物」だったのかをざっくりと記憶しているぐらいである。


死んだ時の記憶もなかった。

だがこれは敢えて記憶していないのだと思う。

何回も死ぬ時の痛みを覚えていたら精神が壊れる気がするからだ。

まぁすでに、かなり壊れてはいるのだけれど。


ぼんやりと現実を見た。死体が転がっている。

けれどもそれは、降りしきる雨の中、濡れてまとわりつく衣服の方が気持ち悪いと感じる程度の事だった。


この二人は「高値で売れる」からと、実の子どもである私をどこかに売り飛ばそうとしていた。

…この世界ではいつもの事だけれど。


(また、この世界かぁ…)


冷たい雨の中、ため息が出てしまう。



冒頭から説明しているが、ちょうど一つ前の前世は「違う世界」だった。そこはまったく知らない異世界で、転生をし続けてきて初めてのことだった。それ以外はずっとこの世界だ。


時は経過しているけれどずっと同じ。

剣と魔法と魔物のいる世界。


前世…たった一度きりの異世界は、今までの中で一番平穏だった。

魔法が存在していなかったせいだろうか。この厄介な「力」の影響も小さく…まったく無いわけではなかったので多少の苦労はしたものの、努力したおかげで概ね静かに暮らす事が出来たと思う。


一番、「人間らしい」生活ができたと思う。


だからもう転生はしたくはなかったのだけれど、やはりそれは許されなかったらしい。

戻ってきてしまった事で、結局のところ自分はこの世界の人間なのだと思い知らされる。


私には非常に残念な「力」がある。

「幸運」というものだ。


一見良さげに見えるかもしれないが、この力がとてつもなく厄介で面倒だった。

このせいでいつも人生が狂うのである。


この力さえなければ私は、普通に一生を終えることができるのではないかとさえ思っている。


幸運という力は「自分の幸運を上げる」ものでは「ない」。

むしろこの力を持っているだけで私の幸運値はとてつもなく低いと思う。こんな力を持ってしまっている時点で、不幸としか言いようがないからだ。


この力は「自身以外の他人」にしか影響しない。

そしてこれのせいで私の人生は毎回、毎度、面倒な事になってしまう。

私の意思とは関係なく「幸運」の争奪戦が繰り広げられるからだ。


間違えてはいけないのだが、決して「私」の奪い合いなどではない。

私という個はまるで関係のない、私自身をまるっと無視した「私の持つ力」の奪い合いである。


能力の譲渡ができるものならばしてしまいたいぐらいなのだが、残念ながら方法を知らなかった。

おかげで私は延々と巻き込まれ続けた。


今世。

早速両親が自分をどこかに「売ろう」としたのもこの「力」のせいだ。

彼らは私の力には気付いていなかったけれど、力が効いたせいで「幸運」が一時的に上昇したはずである。


何もないただの小娘が高値で売れるはずなどないのに、それを信じ込んだのは、自分達が「幸運づいている」からだと思い込んだ結果だ。


だが買う方は私の「力」に気付いているはずである。

だから高値で購入しようとしたのだ。


いつの時代も幸運は高値で取引されてしまう。

それに巻き込まれる人生ばかりが続く。


(今回も早かったなぁ)


それだけ今世は力が強いという事だろう。能力が開花し、両親に幸運が舞い込んだのだ。

そして早速それに気付き、両親から子どもを購入しようとした奴がいる。

人身売買だ。

厄介すぎてため息しか出ない。


両親は私が「幸運を与えている者」だとは気づかなかった。

この力は「私以外」の人間にしか影響しない。効くことはない。

だからなのか、本人達が突然「自力で」幸運を手に入れたと勘違いする事も多い。

その方がまだマシだ。


だが余所の誰かは気づくのだ。


あの家には突然、幸運が舞い込んでいる。何が原因だろうか?と考える。

最近になって子どもが生まれている。

ではその子どもが関係しているのではないかと気づいた相手が、その子どもを手に入れようと、高額で買いたいと持ちかける。


何の変哲も無い幼い娘を突然、大金を支払ってでも買いたいという申し出が来るのだ。

普通ならば何かあるのではないかと疑うだろうし、自身の子を売買するなどと考えることはしないだろう。


しかしながら「大金」が人間の心を狂わせるのだ。


その時には既に「自分には幸運がついている」と信じ込んだ両親は、その取引さえもが「自分達の幸運」によって生まれた商談だと思い込む。

だから娘を売り払うという選択をするのだ。


もちろん私の力は永続ではない。

制限がある。

ついた幸運によって望みが一つ叶うと同時に、効果は消える。


その後しばらく経過すればまた復活するが、それなりのスパンが必要である。

だとしても何度も繰り返すことができる。


幸運が叶える望みは、本人の努力ではどうしようもないものが多い。

出会いだったり、クジ運だったり。

事故になりそうだったのに助かった、なども当てはまるだろう。

だから、周囲にその「原因」が「いる」と思われることは少ない。


ただ、何度も起こっていた幸運が突然消えることで初めて「おかしい」と思い、「もしかしたら」と気づく事もある。


今まで実親だった者達はそのパターンが多かった。

その為、売り払った後になって返せと怒鳴り散らすのだ。


親だという事実を振りかざし、躍起になって取り返そうする。

大金で取引をしたのは自分達であり、相手は人身売買をするような連中だというのにも関わらず、身勝手な行動をし、大抵、死ぬのである。

きっとこの両親も同じ事をしただろう。


死ぬのが今か、後か。その違いだ。


ともかく今はここから逃げ出す必要がある。


両親が自分をどこに売ろうとしていたのかはわからないが、追っ手がかかる前に逃げなければならない。


自分を買おうとした奴などに関わってはいけないし、顔もあわせてはいけない。

脱兎の如く逃げるべし。

これは前世での教訓である。


五歳児が逃げられる場所など限られているようにも思えるが、ありがたいことに記憶のおかげで普通の五歳児にはないだろう知識が多少はある。ともかく逃げなければ。


横転した馬車の中、必要な荷物を漁って取り出した。身体が小さいので持てるものが限られている。

彼らが持っていた少しばかりのお金と外套だけで精一杯だ。

仕方がない。


「…」


空を見る。どんよりとした雲に大粒の雨だ。

このままではきっと風邪を引いてしまうだろう。


残念ながら、私はいつもあまり身体が強くない。

動けないせいで心が弱くなるという事もあるらしい。

今まではそうだった。


けれど今世は今までとは違う。

あらゆる魔の手から逃れて生きたい。

そう思っている。


(今世は頑張って生きてみよう)


できれば幸運なんかを跳ね飛ばす、さっぱりとした性格の友達とか、悪い事をできない性格の人と出会ってみたい。

自分はそんなに良い性格ではないけれど、そんな高望みをしてしまう。


(そういう人の為ならば、いくらでも幸せを願う事ができるのに)


私の周りにはいつも、欲なんてないよという顔をした、とても欲の深い人間が集まってくる。

利用しようと虎視眈々と付け狙われ、捕まり、監禁されてきた。


けれど『そういう人』ばかりでない事を私は、前世でようやく知る事ができたのだ。


前世。

ここではない世界に飛ばされて、平和だった。

今までを思えば雲泥の差である。


全てを諦めてきた自分が、前世で初めて諦めない事を知り、理不尽な事をされたら怒って良いのだということを知った。

抵抗し、口を開く事を覚えた。

笑って楽しむ事を初めて、知った。


転生してしまった今ではもう、優しくしてくれた人達の顔も名前も思い出すことはできない。

けれども素敵な人達が傍に居てくれた記憶がある。

それを思い出すだけで気が楽になる。


もちろん嫌な事もあった。

ささやかな力ではあったけれど、あちらの世界でも効いたせいで、利用してくる奴らもいた。

だが同時に、反撃の手段もそこで覚えたのだ。


そう考えれば、地味な嫌がらせや利用しようと狙ってきた奴等も一応、役に立ったなと思う。


そうして一度は、異世界だったけれどちゃんと、人生を全うできたのだから、ここでだってきっと、できるだろう。


便利で快適で平和な世界とは一転する場所だけれどそれでも、自分は何度も繰り返してきた世界である。


(大丈夫。きっと大丈夫だ)


もう、何もできなかった自分じゃない。

ささやかだけれど反撃する方法も見つけたのだ。


今から出会うであろう、自分を利用しようとしてくる奴らから逃れなければならない事を思うと、憂鬱な気持ちにはなるけれど。


それでも今世は、希望を持つ事ができる気がした。



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