10-01.訪問者が増えた。可愛いは正義
翌日。二匹に増えていた。なぜだ。
しかも少し遠巻きにしてこちらを窺っているようである。
なにをしているのだろうか。
(もしや獲物を観察している感じだったりするのかな、あれ)
彼らは魔物なので、獲物はもちろん私になるだろう。
食い殺すつもりで見ているのだろうか。
それは嫌だ。怖い。
昨日、情け心なんか出さずに始末すべきだっただろうか。
(いやでも犬、飼った事あるし…それはちょっと)
全て前世以前の記憶だけれど。
前々世でも監禁生活が長かった事もあり、なんなら犬とか猫とか鳥とか金魚とか色々飼ったことがあった。
ただ、どれもこれもが亡くなった時の悲しみは辛かった。
だから動かなくなった動物を見るのは嫌いである。
なんならでっかい魔物でも嫌だし、小動物が死ぬのは特に苦手である。
あの子犬サイズならば襲われても多分、回避できると思いたい。
頭数がいっぱい増えたらまずいけれど。
(お腹、空いてるのかな)
餌付けしたら、食べずに居てくれるだろうか。
(飼った事はあるけど世話は苦手なんだよな…)
監禁生活時のペットの世話は係がいたので、一緒に居ただけである。
それに、餌をあげた場合の問題もあった。
餌付けをすることで、自身で餌をとれなくなったりしないだろうか。
突然私が連れ攫われたりした場合、餌を与えてくれる人がいなくなってしまったらどうなるのか。
有無を言わさず他人に追い掛け回されて閉じ込められてきたせいで、突然、以前の生活が置き去りになることはいつもの事だった。
今回だって出来るだけ気をつけてはいるけれど、そうならない可能性はゼロではない。
(半野良とか…私に頼り切らず、そして襲わない程度で、お願いしたい)
とりあえず餌は毎日ではなく、けれども腹が減りすぎて襲われない程度に時々、置いておこう。
ない時は自分で獲るスタイルというのを是非覚えていて欲しいが、襲われたくないというのが本心だ。
*
頭数がさらに増えた。
三匹になっている。
ただ、そこから一週間が経過したけれどこれ以上は増えなさそうなのが救いだった。
三匹…ぐらいなら、なんとか逃げられる…?
襲われても撃退できるかな。
できるよね、と自分に問いかける。
全匹ともに額に角がある。完全に魔物だろう。
しかし外見は犬っぽいので可愛いし、動きにも癒される。
近寄りすぎるわけではないので触る事ができるわけではないし、遠巻きにしているが、襲ってくる様子も無い。
見ているだけで癒されるので良しとする。
もしかしてこの子達、温室から出られなくなったのかな、と不安にはなった。
先日、枯れてしまった魔物避けの場所から入り込んだとしたら出口を塞いでしまった事になるだろう。
餌は二日に一度しか出していないのだけれど、元気そうなので他にも何か食べ物はあるのだろう。と信じたい。
ちなみに出した餌は夜のうちに空になっている。
(あー…でも)
温室内に大量に漂っている光の球が子犬達に纏わりついているので、悪い生き物ではないのだろうと思う。
少なくとも、あのへんな黒いもやが纏わりついている人間よりは良いだろう。
少し離れた位置で三匹は互いにじゃれあって遊んでいる。
可愛い事この上ない。癒される。
*
しばらくは様子見だったその子達が、急な動きを見せたのは夕方だっただろうか。
無邪気に遊んだ後、昼寝をしているのを遠くで眺めていたのだが突然、三匹ともが起き出してあさっての方向に向けて吠え出したのである。
吠えるとますます犬っぽいと思ったのだが。
(え、)
直後、地響きがしたのに驚き怯えた。
いつもはあまり気づかなかったが、どこかの木々に居たらしい鳥たちが一斉に飛び立っていくのが見える。
完全に異常事態だった。
隠れた方がいい。隠れるべきだ。
慌てていつもの地下室の入り口に走った。
子犬達がどこかに向けて吠えながらも、ついてくる。
恐怖で足がもつれて上手く走れない。
ようやくの思いで辿り着いて入り口を開けて身体を滑り込ませ…一瞬、考えてしまった。
あの子達はどうするんだろう、と。
地下室の入り口から顔を覗かせると三匹は少し離れた位置から不安そうにこちらを見ている。
そんな気が、した。
「おいで!」
思わず声をかけた。来ても来なくてもいいけれど。
来るならおいで、と。
少しだけ待って、動かなかったらこのまま閉めよう。
そう思ったのだが。
一匹が動いた。こちらに向かって走ってくる。
それを皮切りに残りの二匹も走ってきた。
三匹とも入ってきたので急いで入り口を閉める。
地響きは続いている。
不安しかない。なんなのだろうか。
入って来た子犬達は、知らない場所を探検するようにしばらくうろうろしていたけれど、もう吠える事もなくおとなしかった。
(何の音だろう…)
その日はそのまま、夜を明かした。
怖くて寝床に入り込んだのだが、子犬に似ている彼らまでもが一緒になって寝床にもぐりこんで来たのに驚いた。
この子達も地響きが怖いのかもしれないと考える。
いつもの木箱の中に皆で入り込み、肩を寄せ合っていたのだが。
地響きが聞こえなくなり静まり返った時にはもう、怯える事に疲れ果ててしまって眠ってしまっていた。




