08-02.嫌な奴には大抵遭遇するとかあるよね
あれから町へは何回も納品に来ている。
身体と魔力の回復薬は騎士団内で評判だそうで、納入時、知らない騎士さんから突然お礼を言われる事がある。
もちろん「両親に伝えます」と返答している。
「こんなに小さいのにご両親の手伝いとは偉いな」
「将来、いい嫁さんになるぞ」
褒めているつもりかもしれないが、褒められている気はしない。
嫁になるつもりなど毛頭ないからだ。
嫁とかいう未来の前に、誰にも捕まらず、監禁されずに生きるという目標がある。
あと、毎度話しかけてきてくれるところ悪いが、仲良くなる気もあまりない。
騎士団の人間は上から威圧的な態度の奴が多いせいだ。
人間不信な自分にとって、誰かと一緒になるとかはありえない。というか騎士団の人達ともできれば関わりあいたくないです。
どこでどう、あの義父達と繋がるかわからないからな!
ただ、徐々に騎士団内にも幸運が作用し始めていた。
私ができるだけ関心を持たないようにしている為、恐ろしく微妙な光であるが、肩に光が乗っている人を何人か見かけた。
ちなみにクスタさんの肩には既に大きめの輝きが乗ってしまっていて、綺麗に光っている。
彼女、口は悪いがさっぱりした、裏表のない性格の人である。
幸運なんかに惑わされる人ではないだろう…と思いたい。
ただ問題は、私の「運のなさ」である。
他人には幸運を与えるのに、どうしてこうも悪いことばかり起こるのか。
そのせいで今回も納品時に、あのクソ野郎な薬屋の店主が前方に現れていた。
あれだ。
あの人、体に黒い埃みたいなの付けているから遠目でもわかりやすい。
最近になって「黒いもや」みたいのが見えるようになったのだ。
ぱっと見、悪霊に憑りつかれているようにも見える。
元々見えていた、自然の光球とはまったく違うやつで、特定の人の周囲によく見えるというか、見ていてぞわっとする。
気持ち悪い。
(マジ勘弁してほしい…)
子ども相手に悪どい事をしてくるような人間である。
なにを言われるか、何をされるかわかったものではない。
そいつが町の入り口の外にいるってのはどういうことだ。
毎回、騎士団に寄って納品し、そのお金で物を買って帰るというルーティーンなので、目立っていたのかもしれない。
相手に見つかっていなければ、このまま逃げ帰る選択もあったのだが、どうやら見つかってしまったようだ。
完全にこっちに向かってきている。
最悪だ。
とりあえず、自分用に持っている筋力増強剤を追加で飲んでおく。
入り口でクスタさんに会えると思っていたので、そこまでの分量しか飲んでこなかったのだ。
効果が切れてしまう。
(…走って強行突破した方がいいかも)
待ってくれているクスタさんには申し訳ないけれど、このまま逃げて騎士団に駆け込むしかないだろう。
筋力増強剤を飲んでいるから多分、走ればなんとか大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、そのまま一気に走り出した。
*
騎士団に駆け込むと、急いでいるのがわかったのか、いつものように顔パスで通してくれた後、遅れて追ってきている相手を見て、騎士さん達が通せんぼをしてくれた。
そのさらに後ろからクスタさんの怒鳴り声がしている。
すれ違った事に気づいて戻ってきたのだろう。
「テメェ、なにしにきやがった!」
言葉が悪い人だけれど本当に良いお姉さんである。
そのまま騎士団ではちょっとした騒ぎになった。
つまり騎士団が薬屋で薬を購入しなくなった事が原因で、薬屋と揉めているらしいのである。
回復薬を全て私から買っているからだろう。
でも騎士団の人達、元々おっさんところで買うのヤダって言ってたし。
そのせいでクスタさんが押し付けられて、嫌々買いに行っていたはずである。
保護されたような形で、さっさと納品を行った。
せっかく作ったのに、割られたりして使えなくなったらもったいない。
原材料的にはタダだけど、薬草達が犠牲になって作成されているのだ。
もったいないお化けが出るだろう。
「お前のとこの薬なんかよりよっぽど質の良いものを安く仕入れているからな!間に合っている!」
声が聞こえている。喧嘩腰だ。
いいのだろうか。
私が納品できなくなったら薬が買えなくならないだろうか。
そんな事を考えていたら、頭上から声がかかった。
外の喧騒に気づいて現れた団長さんだった。
止めなくていいんですか、うちが納品しなくなったら…と伝えたのだけれど。
「万が一なにかあっても、他にも仕入先はあるから気にしなくていい。輸送に時間はかかるが、別の町の薬屋から買ったっていいんだからな」
団長さんは怖い顔をしているけど、子どもに対しては口調を柔らかくしてくれる人である。
「納品してくれる薬は効果が高いからな。消費量も少しで済むから助かっている。これだけ上質なのは、なかなか仕入れることもできないものだ。だからできれば、君のところから買わせてもらえるとありがたいんだがな」
持ち上げるの上手いなぁこの人、と思う。
「両親に伝えます」と口にしておく。
「けど急に持ってこられなくなったりしたら困りませんか」
一応聞いておけば「貯蔵庫にもストックしているから大丈夫だ」という事だった。
「緊急の事態が起きれば一気に使うかもしれないが、今のところは大丈夫だな。ありがとう」
この人、良い人だな、と思う。
こういう人が団長さんだと大変安心する。
ちなみに彼の肩にもちょっとキラキラした光がある。
(『幸運』が効いているせいもあると思うんだけど)
この人がちゃんと「団長さん」である限り、緊急事態になることがない気がする。
ちなみに先ほど、副団長さんが外に出て行った。あの人、鬼のように怖い人らしい。
騎士団員がぼやいているのを聞いたことがある。
彼が出て行ってからは声が止んだので、なんとかしたのだろう。
「ごめんな、怖い思いをさせた」
クスタさんに謝罪されたけれど、私も悪いと思います。
迎えに来てもらっていたのにブッチしてそのまま逃げたのは私なので。
考えてみたら彼女の元に逃げれば良かったと今更思ったけれど、クスタさんもあのおっさんを苦手だと言っていたので、騎士団まで来て正解だったのかもしれないと考え直した。
「けどすっごい足、早かったな!全然追いつけなかったし」
興奮気味に言われてしまった。
やはり騎士の人は身体能力の話になると嬉しそうである。
ソウデスヨネ。
六歳児の速さではなかったのはわかっています。
間違いなく何かしたよね、というやつですね。
「その…変質者に会った時の対策用に、飲んで走って逃げろと親に渡されていたので…」
苦し紛れの説明をすると、その場にいた全員から食いつかれた。
やはり騎士団員は身体能力の話をすると…以下略。
そんな薬を作成した架空の親は絶賛され、なるほど、だからこんな子どもを心置きなくお使いに出しているわけだと感心された。
そういうことにしておいてください。
「今度、それも少し納品してもらえないだろうか」
嫌です。
こんなものを大人に飲まれたら私が抵抗できぬ。
世に出したらイカンやつである。
しかしバカ正直には言えないので、仕方がないので「親から、私専用で秘密だよと言われています」と拒絶した。
「そこをなんとか」
「たぶん、子どもにしか効かないとか言っていた気がしますけど…」
そう口にすれば一応は引いてくれたけれど、私も社交辞令として言っておく。
一度、両親に聞いてみます、と。
もちろん後日、納品は無理ですと断ります。




