01-01.幸運なんてものは
よろしくお願いします。
またか。それが感想だった。
また、戻ってきてしまった。
前世の記憶がある。けれどもこれは、物語などによくある異世界転生の話などではない。
前世がむしろ私にとっての「異世界だった」のだ。
私が元々生きてきた世界はここだ。剣と魔法と魔物のいる世界。
命のやりとりが軽い世界。死が近い世界。
魔法もなく魔物もいない、文化的で便利で安全快適な、人間の尊厳が保たれる「あちらの世界」の方が「異世界」だった。
そこから死に戻ってきてしまった。
前世の生で転生を終える事ができればどれほど良かっただろう。
雨が降りしきる中での血みどろの惨状が今、目の前にある。
馬が道を踏み外したのは自分のせいだ。
馬車が横転していて死体がある。
この世界で、実の両親だったソレだ。
つい先ほど前世の記憶が戻った私は、一瞬にして把握した。
このままでは駄目だ。同じことを繰り返す。
現状から逃れようと、死に物狂いで逃げ出した。
これは、それにより起こった事故である。
逃れようと…無謀にも馬車から飛び降りようとした子供を、慌てて追いかけようとして両親が動いたその時だった。
舗装されていない道。天候の悪い中での無茶な移動。急な傾き…馬車がバランスを崩してひっくり返ったのだ。
それらすべてが、悲惨な状況を生み出した経緯である。
惨状を眺め、良かった。そう思っている自分がいる。
死んでくれてよかった。
酷い人間だと自分でも思う。
けれど裏切られるのはもう沢山だった。
『こんなガキが高値で売れるとかよォ、やっぱり俺たちはツイているんだな!』
『この子を売れば、もう働かなくいいのよね?大金が手に入るのでしょう?遊んで暮らせるのよね?』
『そうだ。本当に俺たちは運がいい!』
嬉々とした耳障りな声で、実の子どもに聞かせてもなんとも思わないらしいクズ発言をしていたのは、間違いなく自分の両親だった。
残念ながら「効いて」しまっていたらしい。
だとしても自分の子どもである。腹を痛めて産んだ子ではないのだろうか。
…普通の心根でさえあればそんな事にはならなかったのではないかと信じたい。
彼らはもはや親ではなく、ただただ金に目が眩んだ亡者だった。
『ガキなんざ金を貰ってからまた作ればいいだろう。いや、またそいつも高く売れるかもしれねぇよなぁ!』
『えぇ、そうね。そうしたら私達、一生遊んで暮らせるわね』
『そうだ。高く売れる。なんせツイてる俺たちの子だからな!』
私は彼らの子どもではなく、高値で売れる商品になっていた。
そして一度「そう」だと思い込んだ彼らはきっと、今後も同じことを繰り返すに違いなかった。
だから。
「…」
もう、以前の自分ではない。
何もかもを諦め、流されるままに売られ、監禁されるような自分ではないのだ。
この気持ちを持つことができたのは前世のおかげだ。
あちらの世界で、私は考えを改める事ができたのだから。
前世だってそんなに良い事ばかりではなかったし、相変わらずこの「力」は持っていたが、少しばかり事情が違っていた。それが良かったのだろう。
生活レベルが高ければ人には心に余裕ができる。死に物狂いで手に入れなければならないようなものではない。
なにより、「力」自体も極端に弱かった。
前世の世界に魔法は存在しなかった。
あったのは科学で、スキルなどの能力も基本、持っていないのが普通だった。
だから私のこの忌まわしい能力も押さえ込めたのかもしれない。
人間なんてものはどの世界でも根本的なところはあまり変わらない。利用される事も多々あったし、嫌なことも沢山あった。
それでもこの世界よりはずっとマシで、初めて「普通」に過ごす事ができたのだ。
そのおかげで今がある。
勝手に弱者と判断し、見下して利用しようとする奴。
親切顔をして利用する奴。
周囲を取り囲んで良いように扱おうとする奴。
他人を搾取し、利益を得る奴。
大小はあれど、他の世界に行っても人間は同じだった。
けれど。
逃げてもいい。足掻けばいい。
抵抗して、怒ればいい。
痛いものは痛いと言っていい。
嫌なものは嫌だと言えばいい。
我慢せず、抵抗すればいい。抵抗すべきなのだ。
生きるために。
この世界で無気力に諦めたまま、転生を続けてきた自分が「それ」を知った事は大きかった。
だが残念なことに、自分はとっくに壊れていた。
感情は少しばかりは回復したように思えるけれど、それは根幹には響かなかったようだ。たかだか一度の人生程度では回復しきれない傷だった。
だから今、こんなことになっても罪悪感は一切無い。
むしろホッとしている自分が居る。
また始まってしまった今世。
自分の思うように生きていけるだろうか。
今度こそ他人に支配されない違う生を歩めるだろうか。
この力に群がる人々から逃げられるだろうか。
いや、逃げるのだ。逃げなくてはならない。
今しがた、行動を起こしたように。
何をしてでも逃げなければまた、同じ道を歩むことになるだろう。
そういう世界だと、私は知っているのだから。
「…」
今世も雨は降り続いている。悲しいまでに。