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27話 兄、姉、弟

「ほほぅ、まさかこの学園にも(・・)、地下にこのような広大な空間があったとはな!」


 好奇、驚嘆の入り混じった播凰の賛辞が、その広々とした空間に木霊する。

 手すり越し、眼下にはポッカリと口を開けるフィールド。数ある照明器具はそこを重点に、されどそれを見下ろす形となる播凰の今立つ観戦スペースの隅々まで煌々と照らし、地下にあることを意識させない明るさを確保している。天井や壁が明るめの白系統の色で統一されているのもその要因の一つだろう。

 思い起こされるのは、先日に新たな出会いと、そして駄々に付き合ってくれたジュクーシャと身体を動かした最強荘の地下の空間だ。もっとも、大きさや細部といった違いは勿論あるが。


 とはいえ、地下というのは、元の世界に無かったわけではない。

 が、大抵はそこまで大がかりなものではなく、また陽の光が届かないために火を明かりとするのも限度があり。どうしても鬱屈とした閉塞感を感じさせざるをえない場所ではあった。


「ん、にも?……ってことは、もしかして……播凰にい、最強荘(あそこ)の地下、使ったことあったり?」

「うむ、ジュクーシャ殿と手合わせをな」

「ジュク姉と戦ったの!? そ、それで、どっちがっ……ひょっとして、勝った?」


 そんな播凰の口振りに引っかかるものを感じたのが、彼の一階下に部屋を持つ二津辺莉である。

 最初こそヒソヒソと声量を抑えて尋ねてきた辺莉であったが。四階住人であり、彼女が姉と呼んで慕う四柳ジュクーシャの名前が出てくるや否や、それも忘れたように。驚きに仰け反った後、周囲の目を気にせず恐る恐るといった表情で唾を呑む。


「いや、互いに軽く身体を動かした程度で、勝敗を分かつまでではない」

「あ……ま、まあ、そうだよね! ジュク姉は強いけど、あんまり戦いが好きって人じゃないし……」

「うむ、見立て通り中々の御仁であった故、全力を見れぬのは惜しくはあるが。……そうそう、その時に術についても少し教えてもらってな! なんでも、ジュクーシャ殿の世界では魔――」

「わぁぁーっ!? ちょちょっ、タンマタンマっ!!」


 だが、本気の勝負というほどではないことを聞き、納得。したのも束の間、播凰の危うい発言の匂いを感じ取って、慌てたように両手で物理的にその口を塞ぎにいく。

 ここにいるのは二人だけではなく、ラウンジで顔を合わせていた面々がまるっと連れ立って来ているのだ。それも、辺莉が大きな動きを見せたことで――そもそもが近くにいたのだが――より注意が向いている。

 そのことに気付いた辺莉は、そろそろと両手を播凰の口から外し、頭を掻いて。


「あ、アハハ……そのですね、あの、私達の家の近くに似たような感じのとこがあってですね、ハイ……」

「うむ、広大な空の下というのもいいが、こういった場所で戦うのはまた違った趣がある。道に迷いそうなところがちと難点ではあるが、覚えておかねばな!」


 誤魔化すように空笑いする辺莉を横に、失言をかましかけたことなど物ともせず播凰はぐるりとこの空間を見回す。

 戦えるほど広いという意味でいえば、入学試験や矢尾と対峙した時のグラウンドを始め、似たような施設は学園にあるし授業などでも普通に利用している。屋内施設に関してもそうだ。

 が、学園地下の施設は使ったことがなく――そもそも存在そのものからして知らなかった播凰である。

 そのため、ここの存在を頭に入れておこうと呑気に笑っていたが。

 しかし浴びせられる、冷や水。


「……勘違いするな。今回は部長が特別に許可をくださり、そして青龍の僕が相手だから、この場所が使えるんだ。本来ならば、お前のような一般生徒は使用どころか立ち入ることすらできない。部長の御慈悲に感謝することだ」

「む、そうなのか? では感謝しよう!」

「あはは、気にしなくていいよ。こうなった以上、場所を提供するのは部長として当然だからね」

「そもそも、叶徹。このような話となったのは、どちらかと言えば貴方に責任があるのではなくて?」


 叶の鼻を鳴らした指摘に、播凰が礼を述べれば。

 変に上手に出ることなくにこやかに青龍の部長――雲生塚が首を振り。その一員である荒流はむしろ播凰を擁護するような姿勢。

 その言葉に叶は、ぐっ、と苦い顔をしたが。


「……時間が勿体ない。僕に着いてこい、さっさと下に降りるぞ」

「おおそうだな、よし行こう!」


 仏頂面で足早に場を去る叶と共に、播凰は能天気に言われた通りそれに続いてフィールドへの階段を下りていく。

 なんだかんだ煙に巻けたのは僥倖か。と、そんな二人の背を見送った辺莉は内心で胸を撫で下ろし。


「――その、二津さん。不躾であることは承知なのですが……彼は、昔からあのような?」

「ん?」


 今度はそんな辺莉の背に声がかけられ、振り返る。

 声の主は、麗火だ。が、興味があるのか、学園教師の矢坂をはじめ、高等部三年の雲生塚に高等部二年の荒流と、つまりこの場にいる全員がこちらに意識を傾けている。

 奇しくも、高等部一年の麗火、中等部三年の自分と見事に年代がバラけているな、など無駄なことを考えつつ。


「あー、そうなんじゃないですかね。ま、といってもアタシが播凰にいに会ったのはわりかし最近なので、多分になっちゃうんですけど」


 あのような、とはつまり性格や人柄のことだろう。

 正直なところ、二津辺莉が三狭間播凰に会ってから、一年どころかまだ半年も経過していない。が、分かる。

 なにせそれらはそうホイホイコロコロと変わるものでもない。いや、勿論人によりけりだろうが、アレなら尚更だろう。一応、高校デビューなる言葉もあるといえばあるが……まあそれは絶対に違うだろうなという確信が辺莉にはあった。


「っ、そう、なのですか……」


 そう辺莉がカラカラと笑って返したのを見て、麗火は一瞬息を呑み。

 けれど迷うように、言葉を選ぶように、おずおずと口を開く。


「その、失礼いたしました。兄と呼び慕うほどであれば、相応の親交があるのかと思い……」

「うーん、まあアタシも正直驚いてるんですよね。何たって、あまりにもピッタリだったので」

「ぴったり……ですか?」

「あはっ、つまり付き合いの長さなんて関係ないってことですよ! いやー、それにしてもそう見られてたのなら嬉しいなぁ、ありがとうございますっ!」

「……え、ええ」


 喜色を浮かべて礼を述べる辺莉だが、麗火はといえば少し反応に困ったように曖昧な相槌を打つ。

 そんなやりとりを交わしていれば、眼下の階段から叶と播凰が姿を表すのが辺莉の視界の隅に映った。


「あ、出てきた! 二人共頑張れーっ!」


 ここまで話が進んでしまえば、今更どうすることもできない。発端は自分で間違いないようだが、そこからの進展は自分のせいじゃないのだ。

 ならば、ともはや開き直って手すりに体重を預け、辺莉は手を振って声援を送る。

 と、キィッと微かな軋みを立て、手すりに片肘を突いた人影がそんな辺莉の隣に並んだ。


「んで、二津よぉ、どっちが勝つと思ってんだ? 叶だけならともかく、アイツら両方に詳しいのはこん中じゃお前だろ?」


 乱雑な口調でニヤニヤと眼下のフィールドを見下ろすのは、教師である矢坂だ。

 彼女の言うように、叶の実力であれば詳しい人間――それこそ荒流や雲生塚がこの場にはいるため敢えて辺莉に聞く必要はない。が、双方をよく知っているのは恐らく辺莉である。


「あー……まぁ叶先輩には悪いけど、播凰にいですねぇ。どういう展開になるかまでは言い当てられないですけど」

「ほーん、そりゃまた本人が聞いたら五月蝿くなりそうな予想だ。学園内の適当な一生徒を捕まえても、誰一人として同じ答えは返ってこねぇだろうさ」


 ククッ、と喉を鳴らした矢坂は、そのニヤついた笑みのままに答えを返した辺莉の顔を見る。

 その瞳は、興味半分、探り半分といったところか。

 ただ、それについては辺莉とて概ね同意見ではある。なにせ、二年のE組生徒と一年のH組生徒。学年的にも実力クラス的にも差があると来れば、戦いの趨勢は火を見るより明らかなのが一般的な見方だ。

 もっとも、その片割れが三狭間播凰でなければ、であるが。


「ただ、こっちとしちゃあ大歓迎ではある。迷わず断言できるほど、そこまでアレは強えと?」

「んー、アタシも戦ってるのを直接は見たことはないんですけど、そこはまあ勘というか。あ、あと、ジュク姉――知り合いとの手合わせを軽くとかいってる時点で、一定の強さがあるというのは保証されてると言いますか」

「姉ってぇと、さっきお前とアイツとの話に出てきた奴か。知り合いって言い直したからには、それも実のじゃねえんだろ? お前の弟が同学年にいるってのは聞いたことあるが、ソイツもウチの生徒なのか?」

「あはは、そうならよかったんですけど、残念ながら少し歳が離れてまして……でも、綺麗で、優しくて、強くて、カッコよくて、頼れるお姉ちゃんなんです! あ、ちなみに慎次は本当の弟なんですが、アイツはアイツで面倒くさがりだし目立つの嫌だとかで、実力はあるくせして普段あんまりパッとしないのがなー。ただ、やる時はやる子なのは分かってるんですけどね!」

「ふぅん、確かに青龍に入ったお前の名はよく聞くものの、弟の方はあんまし名前が出ねえなと思っちゃいたが……」


 もしもを想像して、それだったらもっと学園生活が楽しくなっていたんだろうなと思いつつ。辺莉はジュクーシャへの憧れを語り、実の弟へ辛辣な意見とフォローを入れる。

 中等部で良い成績を収め優秀と評価される辺莉に対し、その弟の慎次の評価はそこまで高いものではない。だが、それは性格的な問題であり、姿勢の問題だと辺莉には分かっていた。

 饒舌となった辺莉に、矢坂は思案するように虚空に目線をやるが。


「――どうやら準備が整ったようですよ」


 二人と違い手すりに寄りかかる、ということはしていないものの。

 姿勢良く背筋を伸ばした麗火が、神妙な面持ちで告げる。

 それに釣られてフィールドに目を向ければ、空間の中ほどで互いに距離を空けて向き合う播凰と叶の姿。破顔に顰め面とその表情は対極ではあるが、どちらも自身が負けるとは毛頭思ってないだろう。


 すったもんだあったが、辺莉とてなんだかんだワクワクしている思いはあるのだ。

 動画では見たことがあるが、播凰の戦う姿を直接見るのは初めて。が、矢坂に告げたのは本音であり、播凰が負けることなど微塵も疑っていない。疑う余地もない。そう、期待している。

 何故なら、三狭間播凰は。


 ――だって、アタシのお兄ちゃんだもんね。


 二津辺莉の、兄なのだから。

さっさと話しを進めたいのに、会話をしてるだけであっというまに文字数が膨れ上がるという。。

次でようやく戦闘に入れるかって感じですねー。よろしくお願いします。

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