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26話 思惑

 室内に複数あるテーブルセットに座る複数の人影達の、その更に奥。近づいてこそないが、されどまず間違いなくこちらに注意を向けている彼等を後目に、ラウンジ入り口の方からつかつかと一人の女が歩いてくる。

 だらしなく着崩したスーツとは裏腹に、ギラついた瞳に弧を描いた口元と、声色と違わず好戦的な面持ちを浮かべた彼女は。やがて播凰達の座るテーブルまでやってきてその横に立った。


「アタシの存在に気付いていたのは流石、とでも褒めてやろうか? 未来の雲生塚家ご当主様?」

「それは光栄……と言いたいところですが、本気でない先生を見抜いたところで誇れはしないでしょう。それに――僕はずっとこのラウンジにいたので、いつからか(・・・・・)までは分かりませんしね」


 ニヤリと笑う彼女に、雲生塚は肩を竦める。

 すると女は、その場にいる面々の顔を順番に見回し。最後に播凰の顔をじっと長く見て、笑みを深め。


「それなら、他の連中に聞こうか。特にそこの――三狭間播凰、お前はどうだ?」

「……ふむ、いつからというのが今日のことであれば、H組の教室を出た辺りか。その獣の如き視線を感じたのは」

「ハハハッ、獣と来たか! いいねェ、嫌いじゃないぜそういうの」


 さながら、舌なめずりする捕食者のように。女はより一層眼光をギラつかせる。

 播凰の発言を聞き、叶が一目にも分かるほどの大きな反応をしたが。もはや彼女の視線は、播凰しか見ておらず。


「だが、気付いてたって割には、そんな素振りは見せなかったな。これでただのハッタリってんなら興ざめもいいとこだが……そこんとこどうなんだ、ええ?」


 明るく笑ったかと思えば、次の瞬間には低く威圧するような声で。

 テーブルに片手を突き、ずいと顔を寄せ。その双眸が至近距離から播凰を射抜く。

 気の弱いものであればそれだけで白旗を上げてしまいそうな、凶悪な笑みだった。


「うん? では聞くが、幾度と何もせずただ見てくるだけの者に、何を反応する必要があると?」

「……あァ?」

「お主に限らずだが。ここ最近、学園内では時折視線を感じてはいてな。何らかの感情を伴って目を向けられたことは、入学してからH組だからという理由やらで数度あったが、明らかに別種のそれだ」

「…………」


 しかし、三狭間播凰はそれを意にも介さない。明らかに挑発的な相手の熱に引きずられることなく、至って落ち着いた響きであった。

 だからこそ、二津辺莉は少し意外に思う。彼女も、女――学園の教師である矢坂の荒々しい気配には気付いてはいた。もっとも、播凰が言ったように教室を出てすぐではなく、ほどなくしてからであったが。

 そして播凰の性格から考えると、この手の相手には多少なりとも嬉しそうにしそうなものだが――。


 しかして、その答えは間もなく明らかとなる。


「が、所詮見るだけに留まるのであれば、如何な感情であろうと同じ事。今更な話(・・・・)ではあるが、その程度で一々相手としていたらキリがない。向かってくるならばその限りではないが」

「……へぇ。このアタシが、他の奴らと変わらねえって?」

「確かに、お主を獣の如きと評しはしたが――生憎、鎖に繋がれた獣に興味は無い」


 それが、冷めている――というより、播凰が自然体な理由だったようだ。

 辺莉からすれば煽っているようにしか聞こえないが、顔も声もいつもの調子の本人に、その自覚はないのだろう。


 そして受け手である矢坂はと言えば、流石にその単語には虚を突かれたようで目を見開き。

 次いで、徐々にその肩を震わせ。


「……クックック、言うじゃねぇか。期待外れじゃないようで安心したぜ、三狭間ァ! このアタシに面と向かって啖呵を切るたぁ、そりゃああの女帝様――お堅いお堅い紫藤先生も手を焼くわけだ!」


 怒るよりも破顔して、身を乗り出してバシバシと播凰の右肩を叩いた。

 その叩かれた肩側、播凰の隣に座る荒流満美が不満そうに眉を顰めているが、お構いなしだ。


「紫藤先生か。確かにあの者には世話になっているが、私のことは彼女から?」

「ああそうだな、色々聞いている(・・・・・・・)。……あー、武戦科の新入生じゃないお前とは面識が無ぇから一応自己紹介しておくか。高等部、武戦科担当の矢坂だ。一応、紫藤先生とは……ま、同期みたいなもんだな」

「成る程」


 主に、学園での播凰のサポートーーもといお目付け役ともいえる天戦科担当の女教師、紫藤。

 その紫藤から話を聞いていると言う矢坂に、播凰は納得したように頷く。

 自身はあまり意識していないが、覇という性質は希少であるとのこと。であるならば、それを知る紫藤から話が伝わっているとなれば、不思議はない。


「――それで、矢坂先生。此度のご来訪、どういったご用件で?」

「チッ、分かってて聞きやがるたぁ、名家の連中は本当に性格がいいことで。ああそうだよ、叶に吹き込んだのはアタシだ」


 二人のやり取りが一段落したところで、表面上はにこやかを崩さず。けれどそれだけでない雲生塚の問いに、ガシガシと頭を掻いて矢坂がぶっきたぼうに答えた。

 刹那、叶が思わずといった様子でソファーから立ち上がり。


「んなっ!? それではまさかあれは嘘だったと!?」

「おいおいそりゃあとんだ言いがかりだ、アタシはただお前にこう言っただけだぜ? 外部入学でH組になった奴が、お前んとこ(青龍)の後輩を連れ回して部活を回ってるのを見かけたが大丈夫か、ってな。それは嘘じゃなかっただろ?」

「……確かに、それはそうですが」

「うぅん、成る程ねえ……叶君も、以前にH組絡み(・・・・)で色々(・・・)あったのを僕も知っているから、過敏になるのも後輩に親身になるのも分かる、けれど」


 驚く叶に対し、別段悪びれもしない矢坂の声に。雲生塚は理解の色を浮かべると同時に少しばかり笑みを苦くする。

 言い方はともあれ、脳裏に浮かぶ情景とまるっきり乖離があるとまでは言い切れないからだ。

 事実ではありつつも誤解を招くような、狙ったかのような表現。人によっては、早合点してしまうのもおかしくはない。


 人間、一度強く思い込んでしまうと、それ以外の可能性というのを排除してしまいがちだ。

 特に今回はそれが教師――ある程度の信頼ある肩書の人間から齎されたというのも、根深さに一役買っているだろう。

 ただ、きっかけがあれば綻びは生まれる。綻びはやがて歪みとなり得る。

 或いは叶自身、思い違いの線は既に心の片隅にでもあったのかもしれない。ただ、体面的に容易に立ち戻れないということも往々にしてあるわけで。


「――此度の行いの真意をお聞かせ願いましょうか、矢坂先生。ありのまま目撃したことを生徒に伝えた、ただそれだけではないように思えますが? 事と次第によっては、雲生塚家として学園に話を通させていただくことになるかもしれません」

「……へいへい、わーりましたよ、と。なに、別にそう小難しいことを考えてたわけじゃねぇ、単純な話さ」


 さらり、と笑顔ではあるが脅しともとれる要求を突きつける雲生塚。

 それに観念したように――というよりは我慢を耐えかねてだろうか。ハァー、と大きく息を吐きだした矢坂は、ゴキゴキと首を鳴らすようにして。


「叶、ちょっくらお前、アタシの前でソイツと――三狭間と戦ってみろ」

「……は?」

「むっ!」


 簡潔に、一言。

 思いがけないそれに、叶は相手が教師というのも忘れ唖然と。播凰は己の名と戦いという単語に目の色を変える。


「……え、えぇと。矢坂先生、何故僕が?」

「あー、本来は武戦科(ウチ)の熱血馬鹿でもぶつけてやろうと考えてたんだが、流石にそれはアタシも不自然すぎると思ってな。どうしたもんかと考えて、裏でこそこそ動いてみたが……やっぱ慣れないことはするもんじゃねぇな」


 まさか雲生塚が出てくるとは思ってなかったぜ、と矢坂は続けてぼやけば。

 不可解さを隠しきれない様子の叶が、播凰とその隣に座る麗火をチラとそれぞれ見る。


「はあ……どうしてそうまでして彼と? 言ってはなんですがH組、実力の上限は入試結果という明白な形で出ています。これがE組、それこそ隣の彼女(星像院)のような人物ならまだ分からなくはないですが……」


 H組という最下位クラスの枠組みである以上、入学試験でその実力の底は見えている。対し、E組という最上位クラスの枠組みは、優秀であることは分かっても、その上限がどこまでかは分からない。

 つまり百点満点中、落第に近い点数をとったらそれは如実に結果として現れているが、満点をとった場合はその者がそれ以上のものを秘めていたとして試験では計れていない。

 訝し気な叶が言っているのはそういうことだろう。


「まぁそうだな、お前らしい真っ当な一般論だ、叶。が、良い子ちゃんよろしく、世の中試験の結果が全てじゃねぇってな。現にソイツは、同じ天戦科の新入生同士ではあるがE組のやつとの一騎討ち(タイマン)で勝ってやがる」

「っ、まさか。その冗談は笑えませんよ、矢坂先生」

「ところがどっこい、正式に記録も残ってやがるんだな、これが」

「……何かの間違いではないですか? 普通に考えて、勝てるわけが――」


 最初こそ、矢坂の軽口の類と捉えたらしい叶であったが。

 記録の存在を聞くと驚きを露わにし、けれど到底信じられなかったのか、誤りを疑い始める。


「――いいえ、それについては確かに間違いではありません。私もその場におりましたので」


 が、それに待ったをかけたのは、奇しくも叶が例として挙げた星像院麗火その人だ。

 擁護する、というには複雑そうな表情ではあるが。しかし、確かに明言した。


「ほー、まさかの星像院様のお墨付きとはな。クククッ、いいねェ、増々期待させてくれるじゃねーか」

「…………」


 思わぬところからの援護射撃に、矢吹は獰猛な笑みが溢れ出し。

 また自身の反証という形となった叶は、言葉もないといったように一度沈黙したが。ややあって、目を鋭くさせじっと播凰の顔を見て。


「……そうか、それでようやく腑に落ちた。つまるところ、それが貴様の余裕――傲慢の顕れの理由ということか」


 ……んん?


 きりり、と確信を孕んだように言い放つ、叶。

 嫌な予感のした辺莉は、また雲行きが怪しくなったことを察知する。


「これまでの新入生、引いては学園の生徒としてあるまじき数々の態度。格上であるはずのE組の生徒に勝ち、驕っているといったところだろう。……いいでしょう、矢坂先生。その勘違いを叩き潰すのも、上級生としての役目です」

「ほう、私と戦うときたか! よい、挑戦を受けよう!」

「……いい覚悟だ、その生意気な口、すぐに叩けないようにしてやる」


 戦いと聞けば火が付いたのか、いままで叶に対して割とぞんざいであった播凰の態度が一変。これまでは叶を軽くあしらっていただけだったが、すっかりその気になっている。

 また、叶は叶で気の進まなさそうな空気はどこへいったのやら。


「え、えーと……いや、播凰にいはあれが割と素だから! また勘違いをしてるのは叶先輩の方だし、相手が悪い――」

「二津、お前達の関係については、僕が間違っていたらしいのは認めよう。が、それとこれとは話が別だ。確かに新入生、それもH組生徒が戦うのが僕だとは相手が悪いだろうが、どうもその身を以て理解しないと態度を直す気が無いようだからな」

「えー……」


 説得は困難、というよりまた面倒な話になった、と。

 辺莉は助けを請うように、周囲を見るが。


「うぅん、そうだね……当人達はすっかりその気みたいだし、無理に止める必要もないんじゃないかな。案外、いい方に転がるかもしれない」

「そうですわね。わたくしの認めた殿方のお力、見させていただきましょうか」

「…………」


 味方になり得るはずだった上級生二人は、何故か前向き。

 唯一、渋そうな顔をしている麗火だけはそうでもないかと思えば。


「……一応、忠告はさせていただきますが、以前(矢尾)と同じとは思わないことです。一年の違いとはいえ、上級生というのは想像しているよりも差があります。加え、叶先輩は青龍の所属なのですから二年の中でも上位の実力の持ち主です」

「うむ、望むところよな!」

「……もう、知ーらない」


 止める気まではないのか、寧ろ播凰に忠告までする始末。

 もはやなるようになれと、辺莉は放り投げることにした。


「うっし、そういうことなら場所を都合してくれ、雲生塚。できれば……あー、表に出る(・・・・)のは(・・)流石に(・・・)マズい(・・・)からな、青龍専用の自由観戦不可のところで頼む」

次回、戦闘パート。

ちなみに、教師である紫藤との約束事を(作者は)忘れているわけではありません。

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