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23話 ラウンジ

「……面、白い? ……この高貴なわたくしの自慢の髪が、愉快……? わた、くしの――」


 ふらふら、と。

 傍目からしても、何かあったなと誰もが思うほどに消沈したその姿。

 ぶつぶつと呟きつつ顔を俯かせ。ゆらゆらと前髪を揺らしながら、けれど一歩、一歩とゆっくりではあるが着実に踏みしめる様は、さながら幽鬼のようといっても全くの見当違いではない。

 心なしか金の髪の、その縦に巻かれた部分(お嬢様ロール)もしんなりとしているように感じられるのは、きっと目の錯覚だけではないのだろう。


「――ねえ、あれって……荒流先輩、だよね?」

「……た、多分?」

「どうしたんだろう……」


 それが街中であれば、知らない人物であれば、関わらずに避けられるだけで終わる話であったが。ここは学園内という、比較的知人と遭遇する可能性の高い場所なわけで。

 加えて幸か不幸か、その人物は有名であったらしい。

 偶々校内の廊下にてその場に居合わせた生徒は、驚いたように凝視を。

 すれ違い、或いは追い越す形でその有り様を見た生徒は、目を瞬かせて二、三度と振り返る。

 そんな、通りがかった者をぎょっとさせる女子生徒――荒流の数歩先前にて。

 その元凶はといえば。


「……ちょっと、播凰にい。女の子に向かってあの言い種はないでしょ」

「む、別に男であろうと同じことを言っていたが?」

「いやいや、そういうことじゃなくて……」


 チラリと後方を気にしつつヒソヒソと潜められた辺莉の非難を、悪びれもせず。まあ実際悪いかはさておき、気にした様子もなくまあ頓珍漢な返しをしていた。

 全く理解していないような播凰の台詞に、男性――というか丁度目の前にいる播凰の同じような髪型(縦ロール)をしている姿をイメージしてしまい。思わず、辺莉の口が止まってしまう。

 その隙にというわけでもないが、播凰もまた後方を振り返り。


「ところで、今はどこに向かっているのだ? あの愉快な髪の者にしても、着いて来いと言った割には何故だかのんびりと後ろを歩いているし……うむ、何を思ったらあのような髪にしようと考えるかにも興味が湧いた、聞いてみるとするか」


 鬼畜だ、と辺莉は内心で慄く。

 特に声量を抑えるといった配慮もないその声は、間違いなく後方にまで響いていただろう。

 それが落ち込んでいる彼女の耳に届いていないことに一縷の望みをかけつつ、これ以上余計なことを喋らせない方がいいと判断。


「……向かってるのは、ラウンジってとこなんだけど。どちらかというと、場所っていうより人が目的なんだよね」


 疑問に答えることで、何とか播凰の意識を背後から逸らさせることに辺莉は注力する。


「ふむ、ラウンジ、ラウンジ、聞き覚えはあるような気がするが、はてどこだったか……ともあれ、人か。して、その者が私を呼んでいると?」

「うーん……そうなんだけど、ある意味そうじゃないっていうか……」


 果たして、その目論見は成功し。播凰の意識をこちらに向けさせることができた。

 が、それはそれとしてある意味厄介なこの状況をどう説明しようかと、辺莉は考えあぐねる。


「――その方の前で、先程の話を……お前の真意を話せ」


 と、助け舟とでも言えばいいのだろうか。

 背後の荒流ほどではないが、二人から少しばかり距離を開けて歩いていた叶が会話に入って来た。

 彼の瞳には未だに播凰への敵意の色があるが、先程教室内で言い合いをしていたほどよりは薄まっている。


「ふむ、少しは人の話に耳を傾ける気になったか?」

「……言い分を信用したわけじゃないが、先程は冷静さを欠いていた自覚はある。まぁ、あんなざまを見せられたら嫌でも……」


 播凰の指摘に、叶は複雑そうな面持ちで後方を――どんよりとした空気を放つ荒流を見やり。

 けれどもすぐさま表情を険しく、その眼が播凰を睨む。


「どんな生徒であれ、いや、教師含めこの東方第一に所属する身で、あの方の前ではふざけた態度などとれんだろう。嘘偽りなど以ての外。影響力を考えれば、学外とてそうあろうとするのは愚かでしかない。……本来、このようなことでお手を煩わせていいような方ではないのだが」

「ほぅ、随分と大層な者が待っているようだ」


 牽制するような言葉であったが、しかしむしろ播凰は楽しそうに軽口を返す。

 するとそれを聞いていた辺莉は、じとっとした視線を叶に向けて。


「それ、状況をややこしくした叶先輩が言えることじゃないと思うんだけどなぁ」

「……聞こえてるぞ、二津。だいたい、こっちは心配してやってだな――」

「うーん、先輩に悪気が無さそうってことは分かってるんですけど――」


 やいやいと、今度は自身を省いて会話を繰り広げる声を聞きながら。播凰は動画視聴を邪魔されたことには一先ず溜飲を下げ、どんな相手が待ち受けているのかと少しだけ期待するのであった。



「――ああ、そういえばここがそのラウンジとやらだったな」


 ガラスの扉を前にした、播凰の第一声はそれであった。

 場所は、学園内中央食堂の近く。入学して間もなく、毅と共に興味本位で前を通り過ぎ、以降も何度か食堂に足を運ぶため同じ道を通り。毅曰く選ばれた生徒しか使えないらしいとのことで、けれども一度たりとも中には足を踏み入れたことのない、その場所。

 ガラス越しから見えるシャンデリアに、高級そうなテーブルやソファーといった調度品、飾り等。

 入り口から見えるのはその一部に過ぎないが、播凰が普段利用する教室をはじめ、学園の他の施設とは明らかに雰囲気の違った部屋。それこそが、ラウンジであった。


「して、この中にその者がいるのだな? 入ればよいのか?」

「…………」


 比較的纏まってここまで歩いてきた三人は当然として。それから位置も速度も遅れた荒流もちゃんとこの場にいる。

 多少は立ち直ったのか、ぶつぶつした呟きは止まり陰鬱とした空気はマシになっているが。けれど垂れた前髪の隙間から覗く双眸は、しかしじっと播凰を――播凰だけを捉え、何も語らない。


「……う、うん、そう。私と叶先輩……それに、えー、あ、荒流先輩も一緒にいるから、入っちゃっても何か言われることはないよっ」

「……んんっ、こ、今回だけ特別だ」


 そんなある意味ホラーばりの光景に、肝心の播凰は気にしていないのだが。

 辺莉と叶は、共に少々引き攣った顔で。声を上擦らせ、或いは咳払いで誤魔化しと、腰が引けており。


「……に、にしても、流石播凰にいだねっ! 私が初めて来た時は、ちょっと入るのにドキドキしちゃってたけどっ!」

「おかしなことを言う。どんな有り様であろうと、部屋は部屋。それに見慣れぬものこそあるが、似たような様相の部屋ならばかつて幾度と出入りしたことがある。私室でもないならば、遠慮する必要もあるまいて」


 確かに、他施設と明らかに異なる空気だが。かといって播凰からすれば、だからなんだと別段興味もなければ恐れもなく。ただの部屋に気圧されるなどありえない。

 故に、気後れすることなく、ガラスの扉に躊躇なく播凰の手がかけられ。


「ま、待てっ、僕が先に入――」


 流石に、間髪を入れずといった播凰の動きは予想外だったのか。

 慌てたように一歩踏み出し手を伸ばしてきた叶だが、その制止は間に合わず扉が開け放たれる。

 ずかずかと足を踏み入れた播凰は、ふむ、と室内を――そこにいたいくつかの人影をぐるりと一通り見回して。


「うむ、呼びかけに応じ参ったぞ! して、どの者だ、私を呼んだのは?」


 扉の開閉に、それほど大きい音が鳴ったわけではない。足音にしても、床に敷かれた厚めの絨毯の存在もあり、殆どしなかったといっていい。

 人の出入りというのは、事情でもなければ――気にする人間もいるはいるだろうが――態々誰が来たかを逐一確認する必要というのは本来は無い。

 が、入室早々そんな呼びかけをされては、流石に何事かと顔を向けようというもので。

 部屋中の視線が一気に、入り口に佇む播凰に集中する。


「……二津、何なんだアイツは?」

「あー、えーっと……あははは。いやあ、アタシにも読めないかなぁ」

「…………」


 そんなある意味暴挙ともいえる行動に出た播凰に。叶は唖然と呟くように紡ぐのがやっとで、辺莉は乾いた笑いを浮かべることしかできない。

 元々、それ程大した人数はいなかったため、ラウンジ内は比較的静かではあった。とはいえそれでも、全くの無音だったわけでもなく、多少の話し声や物音はあったのだが。

 しかし、今は完全な静寂。贔屓目に見ても歓迎の雰囲気とは程遠く、首を傾げ、或いは眉を顰めて播凰を見やる面々が大半。

 そんな中から。


「――うん、呼んだのは僕だね。おーい、こっちだよ」


 朗らかな、それでいてよく通る声と共に手が一つ、ヒラヒラと上がった。

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