6話 才無き者
「そこまでっ! 不審な行動をとった者は、即刻不合格を言い渡しますので、気を付けるように」
室内に響く鋭い声に、部屋の中にいる者の動きが一斉に静止した。
「では続いて、実技試験に移ります。実技試験はグループ毎に分かれて行いますので、指定された列の方は退出し、外にいる試験官の指示に従ってください。また、問題用紙及び回答用紙は、持ち帰らずにそのまま置いていくように」
張りつめていた空気が、僅かに弛緩する。
途端、小さく息を吐きだしたり、座ったまま身体を軽く伸ばしたりとそれぞれ反応を見せる受験者達。
そんな中、毅と播凰はといえば。
――うぅ、どうっすかね。
片や、心配そうに、己の回答用紙を見下ろし。
――うむ、さっぱりだ!
片や、堂々と、胸を張っていた。
その姿が浮いているかというと、そうでもない。
実際、不安からか毅のように身体を縮こませている者もあれば、自信があるのか播凰のように余裕そうな笑みの者もいる。
もっとも、その内心まで一緒であるかは別としてだが。
……しかし、試験があったとは。
試験官の説明もあり、問題用紙の説明もあり。結果はさておき、なんとか筆記試験を乗り切った播凰であったが。
むぅ、と今しがた己が解いていた用紙を見やる。
――天能を学ぶための学園への入学手続きが必要なので、行ってきてくださいー。
脳裏に浮かぶのは、昨日、管理人に告げられた言葉。尚、その他一切告げられていない。
とはいえそれで、分かったの一言で鞄を受け取った播凰に問題が無いかといえばそんなことはないのだが。
と、そうこうしている内に列の順番が来たようで、播凰の前に座っている受験者が立ち上がった。
一拍遅れて播凰も立ち上がり、部屋から出るため歩く。
「おぅ、今出てきた奴はこっちだ!」
部屋の外で待っていたのは、大柄で強面の男性だった。
片手を上げ、朗らかな笑みを浮かべている。
「……相変わらず無駄に大きな声ですね。もう少し抑えられないのですか」
その傍らには、眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろで一括りに結んだ女性。
口調こそ丁寧だが、纏う雰囲気は温かいとは程遠く。怜悧であり、クールビューティ―とでもいうべきか。
もっともそれは、廊下に反響するほどの声を間近で耳にしてか、顰められているせいなのもあるかもしれない。
「このグループの試験官を担当する、縣だ。そんで、こっちが――」
「同じく、実技の試験官の紫藤です」
播凰を含む、集まった面々に対して、彼等が名乗る。
「それじゃ、早速移動を――おっと、その前に数はどうだ?」
「まったく……ええ、揃っています」
「よし、そんじゃ全員俺の後に続け!」
男性試験官――縣の後に続き、自然と列になってぞろぞろと構内を移動する一行。ちなみに、紫藤と名乗った女性の試験官は、まるで見張るかのように後ろに回っている。
そのせいもあってか、移動の間に騒がしくする者はおらず、ただ人数分の足音がするのみ。
グループは、受験生だけで十人は超えており、偶然にもその中には毅の姿もあった。
ただし、毅と播凰の間には他の受験生もいるため、両者の間に会話は無い。まあ毅は毅で余裕を無さそうにしており、播凰は周囲をきょろきょろと物珍し気に見ているので、仮に近くであっても話せたかどうか微妙ではあるが。
どうやら実技試験は外で行うようで、建物から出た一行が止まったのは、グラウンドのような場所。
といっても、そこは単純な外ではなかった。いや、外なのは間違いないのだが――周囲を観客席に囲まれている、ということを除けばである。
「では、実技試験について説明します。名前を呼ばれた者は、受験票を私に提出し、まず天能力を計測。そして、最も自信のある天能を披露してもらいます」
……天能、使い方を知らぬのだが。
試験官である紫藤からの実技試験の説明が始まり、播凰がまず思ったのはそれだった。
周囲の受験生が気を引き締めて耳を傾ける中、一人、腕を組み目を瞑る。
播凰が望んでいるのは、一から天能について学ぶこと。つまり、どうやって使うのか、からだ。披露しろと言われてもできるものではない。
「言うまでもありませんが、天戦科の試験であるため実技の対象となる天能の属性は天放、または天介です。天放属性であるならば、仮想敵として的を出しますので、それに向けて打つように。損傷は気にせず全力で構いません。また、天介属性であるならば、効果を事前に述べて披露してください。勿論、どちらも天能武装の使用を許可します」
どう考えても使えること前提の話の流れに、管理人との行き違いでもあったか、と播凰は思考する。
先程から知らない単語が連発されてもいるが、それを気にしていられないほどの大問題。
だが、考えたところで状況が変わるわけでもない、と一先ず播凰は集中して説明を聞くことにした。
「入学試験としては以上のため、実技試験を終えた者はそのまま帰って構いません。後日、試験の結果が郵送されます。……ああ、ここにいる以上知らないことはないと思いますが。この試験は動画として記録され、貴方達が受験の手続きの際に提出した映像と併せて試験の評価対象となります。何か質問は?」
……提出した映像。
周囲から疑問の声が出ないということは、皆心当たりはあるのだろう。
ただし自身にそんな記憶がない播凰は、いよいよ間違った場所に来ているのでは、という疑念を抱いた。なにせ全て管理人任せで播凰自身はノータッチであるため、何の手続きをしたのかすら把握していないのである。
が、確信には至れなかった。何故なら、晩石毅がいるからである。管理人より、毅に着いていけばよいと聞いている以上、同じ場所にいるのは正しくなる。
「では、実技試験を開始します」
そうして、播凰がどうしたものかと内心首を捻っている間にも、紫藤試験官の一声で実技試験は開始した。
まず名を呼ばれて進み出たのは、受験者の少女。
彼女の受験票を受け取った紫藤が内容を確認して頷く。
そうして今度はもう一人の試験官である縣が、受験者に向かって手を差し出した。その手に乗っているのは、箱。その中に、なにやら水晶玉のような物。
――そういえば、天能力の計測と言っていたな。
察するに、天能の力がどれほど個人にあるかを計るものだろうか。
取り敢えず状況を見に徹することに決めた播凰の前で、受験者がそれを受け取り、そして掌に載せて上向きに持つ。
パァッ、と。
ややあって、水晶が何か――恐らく天能力であろう――に反応するように仄かな光を帯びた。
そして水晶は再び受験者から縣の手の中の箱に戻り。紫藤が横目にそれを見て、何やら用紙に書き込んでいる。
「どちらを披露する?」
「天放です」
短いやりとり。
頷いた紫藤が、前方に向けてなにやら手を翳す。するとどこからともなく、すっと現れる一つの人影。何もない場所から一瞬の間に出てきたそれは、人間ではなく人の形をした物体であった。
あれが的とやらで、となるとそれを出したのは彼女の天能なのだろうか。
播凰がそちらに気を取られ、遠目ながらもしげしげと観察していると。
「――火放・三連矢!!」
その頭上から、三つの火の塊が立て続けに飛来し。的に命中――することなく、僅かに逸れて立て続けに地面に着弾する。
「おおっ!」
パチパチ、と思わず播凰は声を上げて拍手をした。
理由は単純、初めて目の前で分かりやすい形の天能術を見たからである。
光の文字から始まり、転移に空間拡張。
以上が、これまでに播凰が見た天能だ。では、それらに播凰がどういう印象を抱いていたかといえば。
――派手さに欠ける。
貶めているわけではない。見た時に興奮したのも嘘ではない。ただ、なんというか比較的地味なのだ。視覚的に。
正確にいえば的を出したであろう天能らしきものも見たといえば見たが、それもまた迫力に欠ける。
翻って、火球という天能は。見た目のインパクトがあり、播凰の想像する天能のイメージに合致するものであり。そんな天能を初めて眼前で見たものであるから、その光景は称賛を送るに足りえるものだったのだ。
もっとも、そんな反応をしたのは、数十といる中の播凰だけで。
自分の番を待っていた受験者達はもちろん、紫藤と縣の両試験官、果ては火の天能を行使したであろう女の受験者――その顔は強張っていたが――まで、拍手する播凰を振り返って見ていた。
その彼女の手に収まっている物を見て、播凰は、はてと内心首を傾げる。
いつどこから出したのか、受験者の彼女は、杖らしき物体をその手に握っていたのだ。
「そこ! 静かに待っていなさい!」
紫藤の鋭い叱責が、播凰に向けて飛ぶ。
そう言われては続けるわけにもいかず、播凰は大人しく拍手を止めた。
「貴方、人を茶化すような真似は控えた方がいいですよ」
「む? ……いや、そのようなつもりはないが」
そんな彼に小声で注意を促したのは、近くにいた女の受験生の一人。
目を惹く艶やかな緋色の長髪に、水色のヘアバンドをつけている彼女は、試験官達の方を向いている。
横顔ではあるが、凛として美しさを感じさせる少女。しかしその目が厳しく、播凰を横に見ていた。
それに困ったのは、播凰である。
何せ先程のそれは、彼にとって純粋な称賛。大仰でも茶化しでもなんでもなく、感嘆から出たものだったのだから。
しかしその返答を聞いた彼女は、眦を吊り上げて播凰に顔を向けた。
そしてその口が開かれ、言葉が紡がれようとした、刹那。
「――はっ! 本気かよ。お前、外部試験組か? あれに拍手する程度の実力でここを受けてんのかよ」
別の方向から、嘲るような男の声。
振り返れば、茶髪の髪を立たせた軽薄そうな受験生の男が、ニヤニヤとして播凰を見ていた。
「天能力が多いわけでもねえ。見せた天能は平凡、大技でもなんでもねえ。そのくせ、大して距離もない止まった的に当てることもできねえ。そんな雑魚に拍手するって?」
なるほど、あれはそういう認識になるのか、と播凰は理解する。
この世界に来て日が浅いため、特に天能に関する自身の物差しを持っていない播凰にとっては重要な情報だ。
明け透けで些か過剰な物言いではあるが、強ちまったくの嘘というわけでもないのだろう。
播凰的には珍しいものだったのだが、あれが平凡ラインで尚且つ狙いを外していることを考慮すると。確かに、彼女が言うように茶化していると捉われるのもおかしくはない。
しかし、である。
その批評をじっくり咀嚼した上で、播凰は徐に男を見据えた。
「いかにも。彼女の天能を見て感心し、私はそれを称えたまで。そこに悪意など一片もない」
どのみち今の播凰ができないことに変わりはない。それが並、或いはそれ以下で劣っている部類であったとしても、播凰ができることにはならず、馬鹿にする理由にならない。
的を外したのは些末事にすぎず。播凰にとってその天能自体が重要だったのだから。
それゆえ、撤回などありえなく、堂々と。明らかな蔑みを、肯定した。
それはきっと予想外だったのだろう。
男は、その顔に貼りついていた嫌らしい笑みが剥がれ、何を言われたのかとでもいうようにポカンと間抜け面を晒し。
女は、驚きを見せつつも真偽を見極めんとするように播凰をじっと見ている。
「――次、三狭間播凰!」
その沈黙を、均衡を破ったのは、紫藤が、次の試験者の名前を呼ぶ声であった。
おっ、と播凰が両者から視線を切り、釣られるようにそちらを見る。
――さあ、ミサクマハオとやら。汝は何を見せてくれるのか!
興味に瞳を輝かせ、集団の中から進む出る者を待つが。
「……うむ、私か」
よくよく考えれば、それは自身のことであったと一拍遅れて気付く。
名が変わってから数日経っているが、そうすぐに慣れるものではない。
明確に自身に向けられた呼びかけならまだしも、数いる中から呼ばれるのなら尚の事。
そして今更であるが、話している間に二人目の試験は終わっていたようだった。
試験官達の近くにいた男子生徒が立ち去ろうとしている。どうやら播凰が三番目の試験者らしい。
密かに次はどんな天能が出るのか楽しみにしていた播凰は、見逃したか、と残念に思いつつ、無自覚にも周囲からの視線を集めながら前へ出る。
出てきた播凰に対して、お前か、とでもいうように、スッと紫藤の眼鏡の奥にある目が細められた。
一人目の試験を見ていたので、流れは理解している。
受験票を彼女――紫藤に渡し、縣が差し出す箱の中から水晶を受け取る。
ああ、実にスムーズだ。この程度すら、仮に播凰がトップバッターだとしたら疑問符が連続していただろう。
……さて、どうすればよいのだ?。
問題は、ここから先。何をすればよいのかが分からない。
播凰の手にある水晶は、無反応だった。