21話 呼び出しは次々に
大した情報は載せてませんが、作者のメモ書きも兼ねて一話の前に軽い人物紹介+配信回の話数をまとめてみました。
「――おう、三狭間。取り敢えず、一発殴らせろや」
唐突にそんな不躾な言葉を播凰が浴びたのは、学園での昼休み。クラスメートであり、かつ同じ最強荘の住人である晩石毅と共に、食堂へと向かおうと校内を歩いている時であった。
ズカズカと対面から、明らかに怒りと分かるような笑みを貼り付けて。一人真っすぐに向かってきたのは、天戦科の上位クラスたる一年E組の矢尾直孝。入学試験に始まり、その後のドラゴン騒ぎ等々、数少ない学園内の播凰の知り合いにして何かと縁のある生徒である。
「それは構わぬが。戦いの誘いとあらば受けよう」
いきなりのことに硬直した毅を横に、けれども播凰は平然と受け答えを返す。
そんな播凰の態度に毒気を抜かれたのか、或いはそこまで本気ではなかったのか。
はぁ、と息を吐いた矢尾はそれ以上何も言わずに軽く周囲を見回すと。人気のない校舎の陰へと播凰と毅を連れて行き。
「わりぃな、お前達と馴れ合うことも関わるつもりもないとは言ったし、それを変えるつもりもねえが――こればっかりは流石に黙ってちゃいられねぇ」
仕切り直し、と言わんばかりに口火を切ったのは、当然のように呼び止めた側である矢尾。
その目は凄むように播凰を睨み、ビクリと毅の身を震わせる程に威圧的だった。
元々がそこまで友好的とは言えない関係。確かに、捧手厳蔵の元へと共に行った帰りにそのようなことを言われ、事実それきり関わりは無い。
それなのにこれほど怒らせるとは一体何をしたんだと、毅は戦々恐々と播凰を振り返り。剣呑な空気が、高まる――。
「ふむ、そんなこと言っておったか?」
「ゼッテー言ったよっ!!」
しかし肝心の播凰は、はてなと首を傾げる始末。
その明らかにずれた返答と息を荒げて突っ込む矢尾に、場の緊張は即座に霧散した。
「クソ、テメェは本当に色々と訳の分かんねぇ奴だな! あーもういい、サクッと言うぞ!」
その様に苛立たし気に頭を掻きむしり、首を振った矢尾は。今までとは一転、ヒソヒソと声を潜め。
「お前、アレは一体どういうつもりだ?」
「……アレ、とは?」
「んなもん、ディルニーンの配信でのテメェの――客将の態度に決まってんだろ! あんな炎上しかねない――というかしてるようなもんなんだが、それ以上に折角のあのジャンナとのコラボの誘いを断るとはどういう了見だって聞いてんだよ!?」
「ああ、それか。別に受けなければならぬというわけでもなかろう。色々と面倒そうであったし、何より勉強は嫌いだ」
「マジでたったそんだけの理由なんかよ……」
しれっと、そしてむすっとする播凰に。矢尾はがっくりと肩を落とし。
「……幸い、ジャンナがポジティブに捉えて、お前への中傷とかしないよう配信なりで呼びかけてたから最悪の状況にはなってないが。それでも、切り抜きの動画は出回ってるし、過激な奴とか愉快犯は色んなとこで好き勝手言ってる。ジャンナのファン以外も敵にしかねない要素もあったしな。お前、というか客将ってキャラが今どういう扱いをされてるか、調べたことあっか?」
「いや、無い。どういう扱いも何も、私は私だろう」
「お前は本当に……ったく、何で俺がこんなこと」
ぶつくさと言いながら、矢尾は持っていた端末を操作しはじめる。
それから数秒後、播凰の端末がブブッ、と震え。
見てみれば、メッセージが1件。送信者は、矢尾直孝――つまり眼前の彼であった。
「切り抜きの動画と、お前達の配信の後にされたジャンナの配信アーカイブ。んでおススメ――んんっ、偶々見つけたコラボ動画数本へのリンクを送っといた。……いいか、少なくとも前二つは絶対に! 今日中に! 忘れず見とけよ!」
「ふむ……まあよかろう」
念押しするように、一区切り毎に顔を近づけながら。
唾を飛ばさんという勢いで、矢尾は播凰に釘を刺す。
頷いた播凰を見て、矢尾は顔を離し。
「これ以上敵を作りたくなきゃ、そのリンク先の反応を少しでも気にしといた方がいいぞ。何となくお前を知ってる身からすれば素っぽいと分かっちゃいるが、そうでなきゃふざけてるような言動にしか聞こえねえし、そういう風に見られてるってことだ。あんな荒れる配信もそうそうないぜ」
「ふむ、敵ができることは一向に構わんのだが。その中から、私に挑む強者も現れるかもしれぬしな!」
「……ああそうかよ。ただ知ってるかもしれねえが一部のコメント――化け物、とか悪魔、とかそういう類の批判は無視でいい。あんなのは、所詮ただの凡人の妬みだ」
「うーむ? ……言われてみれば確かにそのようなコメントを見かけた記憶があるような。あれはどういった意味なのだ?」
多くはなかったが、確かに配信中に見たような気がしないでもない。
ただ、大量のそれを一々覚えてなどいないし、何を言っているか分からないコメントとして一括りにしていたが。
それを聞いた矢尾は、ハンッと鼻を鳴らし。
「人間誰しも、天能力はあって、各々性質を持っているってのは常識だろ? が、その上で、中にはそれだけの――まあ子供の内ならあることではあるけどよ――つまり、大人になってもいつまで経っても術の一つも碌に使えない正真正銘の才能無しがいる。そういう連中の一部は、それを僻んで術を使える奴を怪物扱いしてんのさ。馬鹿げたことに、力を使えない自分達が人間として本来の正しい姿だって正当化してな」
そこで、矢尾は視線をスッと毅にずらし。
それを受けた毅は、気まずそうに顔を逸らす。
「その点で言えば、そこの晩石も学園の中じゃあヘボでも、世間的にはマシな方だぜ。有名なのはこの東方第一を含めた四校だが、それ以外にも天能術を教える学校なり場所ってのはある。四校には落ちたとしても、天能術は使えるからそれらに行く奴もいれば、諦めて一般の学校を選ぶのもいる。が、使えない奴は最初から一般の学校しか選択肢がないからな」
「……そうっすね、そういう話は聞いたことあるっす」
「んで、そんな奴らにとっちゃ、俺達――特に四校に通う生徒なんてのは、正に目の敵ってわけだ。ったく、恨むなら無才の自分を憎めって話だぜ」
やれやれと肩を竦める矢尾は、どうでもよさげというかなんというか。特に気にしてなさげだ。
確かに、話を聞く限りでは逆恨みといえばそうなのだろう。
とはいえ、気になったのは。
「話は分かった。しかし配信の中で私は特に術は使っていないはずだが?」
そう、そこだ。播凰が術を使えるようになったのは、商店街レビュー配信の後。配信の反響を受け、それが良くも悪くも影響として出た、喫茶店を守るための深夜のいざこざの時。
つまり、配信において術を使ってなどいないのである。
「配信の中で術がどうのとポロっと零してたことあったろ。それもあるだろうが――何より俺と、って言うのが正しいか分からねぇが、あのドラゴンとの戦いだ」
未だに謎ではあるが、矢尾の意識もあったらしい黒いドラゴンとの戦い。
記念すべきとでも形容すればいいのか。播凰が客将として配信に登場することになったきっかけ、元凶ともいえる出来事である。
「俺としちゃあ、あの動きで何の術も使ってねえってのが未だに信じらんねぇ気持ちがあるわけだが……あの時に、服で東方第一の生徒疑惑も既に出てたしな。実際の真偽がどうあれ、疑わしけりゃ連中にはそれで充分なんだろうよ」
「あの程度の動きなど、準備運動のようなものだ。それに、今でこそ術は使えるが、あの時は確かに使えなかったからな!」
「いやあれが準備運動って……ん? 待て三狭間、お前の性質って不明じゃなかったのか? 今、術が使えるって言ったか?」
「……あー」
「播凰さん……」
人によっては、上手く誤魔化せる者もいるのだろうが。
しかし、この二人にそんな能力があるわけもなく。
矢尾の突っ込みに、明らかにうっかりといった表情を浮かべた播凰が言い淀み。口を滑らせた播凰を、落ち着きなく毅が注視する。
そんな様では、失言したと、事実だと露骨に認めているようなもの。
刹那、矢尾の瞳がキラリと煌めき、再び顔をずいと寄せてきた。
「おいマジか、何の性質だったんだよ!? 測定不能の性質とくりゃ、かなりのレアものなんだろっ!?」
「うむ、それが口止めされておってな。言えんのだ」
「ハァ、口止め? 誰にだ?」
「紫藤先生だ」
つまり不味かったのは、それが口止めされていた事柄だったからである。
覇の性質。伝説とも呼ばれているらしいその性質は、学園教師の紫藤によって口外を禁じられている。そう考えれば、覇という単語を口にしていないのでギリギリセーフといったところか。
とはいえ、その取っ掛かりをバラシてしまったことには違いなく。
「紫藤……げっ、よりによってあの堅物の先公かよ」
興味津々でテンションの上がっていた矢尾は、しかし口止めした人物の名を聞き、うげ、と顔を顰めた。
その名を出されてしまっては、という言外の雰囲気は、紫藤が生徒にどう見られているかをまざまざと示しているだろう。
一瞬の内に落ち着いた矢尾は、けれど毅を見て。
「……いや、だったらなんで晩石は知ってる風なんだ? お前、特に驚いてるような感じじゃなかったよな?」
「え、えーと、それは……播凰さんが調査してもらったその場にいたからというかなんというか。……でも、口止めされてるのは本当っす!」
矛先が向いた毅があたふたと、しかしなんとか必死に主張する。
額に脂汗を浮かべて弁明するその様をじっと数秒見ていた矢尾は。
「……わーったよ、馴れ合わねえっつったのはこっちだしな。――ってーことは、アレもそれ関連だったのかねぇ?」
バツが悪そうに、頬を掻きながら。次いで何かを思いついたようにポツリとそう言った。
「アレというのは、それもまた私への要件か?」
「ん、いやぁ……まあお前関連っちゃあそうなんだけどよ。この前、今まで全然関わったことない先公が俺のとこに来たんだよ。グラウンドでの三狭間との――お前との戦いはどうだったって」
「ほぅ? あの時、あの場にいた大人は紫藤先生ぐらいのものと思っていたが……面白い、私が存在を見逃していたとは」
重要な情報――それは矢尾が自身との戦いの感想を聞かれたことではなく。存在を感知していなかった何者かがいたということに、播凰は獲物を見つけたような獰猛な笑みを浮かべる。
だってそうだろう。戦いがあったことを知っているとしたら、それはきっとその場にいた人物だ。
「っ! ……い、いや……あ、あそこにいたわけじゃないと思うぜ?」
と思ったが、どうやら早計だったらしい。
播凰の放つ空気に、一瞬息を呑み。しかし何とかしどろもどろながらもそれを否定した矢尾に、きょとんと播凰は首を傾げ。荒々しい気配が消える。
「多分、後から記録を見たんだろうさ。ほら、グラウンドを予約して使っただろ? そこらの道端でならともかく、ああいう施設を押さえてってのは、学園側に情報が記録されてんだよ」
「折角楽しみが見つかったと思ったが……つまらぬ」
「つまらぬ、ってお前なぁ……」
子供のように口を尖らせ、むすっと膨れる播凰の態度に。
呆れを隠さず見る矢尾であったが。ふと、再び好奇を瞳に宿して。
「そうだ、つまらないだの面白いどうこうで思い出したが。お前、配信で何かの活動に入ったとか言ってたよな? それって学園関係の何かか?」
「うむ、研究会とやらに入ったぞ! 異世界道具研究会、というところだ!」
「……は?」
ポカン、と口を開く矢尾の姿に、思わず毅は苦笑する。
まあそれも仕方ないだろう。
播凰が部活を探していたことを知っていて、結果そんな研究会に所属することになった顛末も聞いた毅とて、入ったという研究会の名を聞いた最初は絶句というか呆気にとられたのだから。
「……研究会? しかもなんだ、その面白――んんっ、胡散臭そうな名前。どんな奴が運営してんだ?」
「うむ、代表は造戦科の三年、絹持という者だ」
「絹持? ……って、あの絹持家の人間か?」
「知っておるのか?」
だが、話は毅の想定していない方へと転がっていく。
「そりゃあ、知ってる奴は知ってるだろうよ。何たって、俺達が今着てる制服、それを提供してる大本が他ならぬ絹持の家だ。防御力、術への多少の耐性は他でも付与できるだろうが、自動修復なんてものを付与かつ、それを中高の一学年分いっきに大量生産できる力のある家なんざそうそうねえよ」
「ほぅ、そうだったのか……む、自動修復とな? そういえば、ボロボロになってもいつの間にか元に戻っていたが」
「むしろ何で気付かねえんだよ……それだ、それ。流石にまるっと灰になっちまえば無理だろうが、破損しても時間と共に再生する。授業中、放課後含め戦う機会なんざいくらでもあるんだ、その度に新しいのに制服を買い替えてたらキリがねぇだろうがよ」
戦いを経て、播凰自身は無傷ではあったものの、幾度かボロボロになったこともあるこの制服。今でこそその時の影もないが、実は購入など新しいものを入手したということは一度もない。
正真正銘、今着用している制服は、入学より使用している一着だ。
確かに、帰宅後ボロボロになった制服を部屋着に着替えて、眠り。朝、学園への登校の際に元に戻っていたのでよく考えずに気にせず着用していたが――まさかの事実の判明である。
「ほー」
「へぇー、っす」
「……お前達、本当に大丈夫か?」
自身を見下ろし、身に纏う青緑色の制服の端を摘まんで、感慨深げな播凰。
その隣で、同じく知らなかったのか、ポケーとした顔で制服を見下ろしている毅。
そんな馬鹿二人を前に、頭を抱える矢尾であったが。
――お前、午後は戦闘の授業あるの忘れてないよな?
――ヤベェ、食いすぎたかも。
――ぎゃはは、吐くんじゃねーぞ!
どこからかそんな声が校舎の中から風に乗って聞こえ。
「――チッ、一言だけ文句を言うつもりが、無駄話が過ぎたな。いいか三狭間、動画を見るの忘れんなよっ!」
それだけを言って、矢尾はその場から走り去っていったのだった。
そして来たる、その日の放課後である。
「播凰さん、今日はどうするっすか? もし術の練習をするなら付き合うっすよ?」
「今日はそうだな……うむ、忘れぬ内に、矢尾が見ろと言ってきた動画でも見ておこう。今日中にと言っていたからな」
言われたことを何でもするわけでもないが、しかししない理由がなければ素直に応じるのが播凰である。
天戦科1年H組の教室。放課後になったからと出て行く生徒は多いが、何人かのグループは席に座って雑談に興じる、そんな中で。
自席に座ってイヤホンを耳に着けた播凰は、端末を操作して昼休みに矢尾から送られてきたメッセージの、そのリンクをタップ。毅も少し興味があったのか、立ったまま横からその播凰の画面を覗き込むように見る。
――【切り抜き】個人Vのゲストキャラ、某企業Vに喧嘩を売る――
それは、大魔王ディルニーンの配信での一幕。
絵を介して喋ることへの疑問を呈したシーンに始まり、面倒という理由でコラボの誘いを断った部分など。
発言内容が文字に起こされ、そしてところどころでそれが強調された、数分間のシーンの動画だった。
・コメント:何か草
・コメント:炎上芸か?
・コメント:少し目立ったからって調子乗っちゃったね
・コメント:あーあ、コイツ終わったわ
・コメント:正直寒い
・コメント:くそわろたwww
・コメント:ジャンナの配信見たか? 本人は許してるみたいやで
「ふむ? で、これが何なのか……毅は分かるか?」
つい最近の自分の発言だ、改めて見ずとも何が語られたは知っている。
一応最後まで見てみたものの、認識が変わったということもない。
「んっ、えぇーっと……あれなんすかね。俺もそこまで詳しくないっすけど、歯に衣着せないというか、もうちょっと穏便にした方がいいっていうか」
「そうは言ってもだな、私は思ったことを言っただけだぞ? 穏便と言うのであれば、この者らのコメントの方が語気が強いのではないか?」
「あ、あはは……それは、そうっすねぇ……」
一旦、イヤホンを片耳外して毅に問うてみるが、しかし腑に落ちるものではなく。
矢尾のメッセージへと画面を戻し、次の動画を流そうとした、その時。
――『差出人:二津辺莉』
――『播凰にい、ちょっとごめん。今ってまだ学園内にいたりする?』
そんな辺莉からのメッセージの到着を、端末が知らせた。
――『もう少し教室にいるつもりだが』
――『あちゃー、よりにもよって。。先に謝っとく、ゴメンね(-人-;』
現在地と予定を返したところ、すぐさまその様な返事が返ってきて。
しかしそれきり、新たに辺莉からのメッセージが届くことはなかった。
「ふむ、まあよい」
「…………」
毅には、それが不穏の前兆にしか感じられず。この場から離れるべきか、いやいるべきかと葛藤し、その場で百面相。
だが、そんな毅の内心をよそに、気にした様子もなく動画を見始める播凰。
それは、再生時間1時間越えと、随分と長い動画であった。それに辟易しつつ、飽きれば適当なところで切ればいいかと。そんな気軽さで再生し、端末を机に置く。
大きく映り、そして動いているのは、異国の装いをした少女のイラスト。
見覚えのあるそれは他でもない、VTuberジャンナ・アリアンデその人であった。
『今回は潔く諦めるわ! ええ、約束だけ取り付けようと先走ったこっちの落ち度ね!』
幼さの残る、少し高めの少女の声がイヤホンを介して耳に届く。
声に合せるように、少女のイラストが動き。
・コメント:でも、あの断り方はひどくない? 怒っていいと思う
『あら、別に怒ってなんかないわよ。むしろ燃えてきたわ、絶対にコラボしてやるっ、てね! あ、燃えてきたと言ってもアンタ達、アンチみたいなことしてあっちに迷惑かけるのは許さないんだからっ!』
発言に合せて。ころころとその表情を、彩りを変えていく。
・コメント:流石お嬢、懐が大きい!
『フフン、そうでしょうそうでしょう。って、誰がお嬢ですってぇっ!?』
流れるコメントを拾い、そして捌いていく。
絶やすことなく、一瞬たりとも不自然な雰囲気にさせることもなく。画面に映るは女一人、声を発しているのも女一人だというのに、会話を続けていく。
コメント、というのは当然、播凰は認識していた。
けれどもそれは彼にとってあくまで、配信を見ている誰かの感想でしかなかった。促されて時々触れたことはあったが、けれども。それは単に部外者でしかなく、話しているのは相対している者のみであったのだ。
――けれども。
目を、見開く。
・コメント:何でそんなにこだわるの? 話題だから?
『あら、前の配信でもさんざん話したのに……いいわもう一回、いえ、何度でも話してあげる。本物だろうと偽物だろうと関係無い、あのドラゴンとの闘い――あれはッ、あの動きは本当に――最っ高にクールだったわっ!』
・コメント:あーあ、スイッチ入っちゃった
・コメント:バーサークモード来たw
・コメント:お嬢、帰ってこーい!
それは真実、ただの絵でしかなかった。画面の中、限られた場所で、限られた箇所のみが動く少女の、紛うことなき絵でしかない。誰が見ようが何を言おうが、その事実は覆しようがなく。決してそれは人ではない。
――けれども確かに、確かにそれは単なる絵なれど。
無造作に机の上に置いていた端末を、近づけるように両手にとった。
『見てなさい客将、次は絶対に面倒なんて言わせないほど、完璧で魅力的なプレゼンを披露してあげるんだから! ということでアンタ達、早速今から作戦会議を始めるわよ!』
――楽しそうに、心底楽しそうにキラキラと笑う少女が、そこにいて。
いつの間にか、聞き入っている。
長い再生時間と思ったことも忘れ、矢尾から言われるがままだったということも忘れ。
イヤホンで耳を塞いだ世界の中に。端末の中の小さい画面ながらも確かに存在する世界の中に。周囲の雑音が届くことなく、少女――ジャンナ・アリアンデとコメントとの一切人の姿の見えぬ、されど感情溢るるやり取りに、聞き入っている。
ちょんちょん、と数度、脇腹に何やら違和感を感じたが。そちらを一瞥もせずにひらひらと手を振って、画面を注視する。
まるでコメントを当事者の一人一人のように扱う、眩いその笑顔。顔の見えない誰とも知れないやり取り。だからこそ忌憚のない、だからこそ役目に囚われることなく。
果たして、自分はあのように笑えたことがあるのだろうか。人間である、自分が。
……そうか、これがVTuberなるもの。大魔王の言う、利か。
少しだけ。ほんの少しだけ、何かが分かったような気がした。
そんな播凰の意識を妨げたのは。視界の隅に伸びてきた手が端末の電源ボタンを押すことにより、画面を強制的に真っ暗にさせたことだった。
伸びてきた手の元を辿り、播凰がむっとして顔を上げれば、そこには。
「――全く、度し難い。必死になって己を磨こうともせず、教室に残り学園貸与の端末で熱心に何を見ているかと思えば……予習でもなく天能術に関わるものでもなく、くだらない動画とは。二津のような優秀生が気にかけているからどんな生徒かと多少は期待していたが、所詮はH組か。曲がりなりにも我が校の生徒であるなら、最低限の自負は持っていてほしいものだよ」
見覚えのない、眼鏡をかけた短髪の男子生徒が、冷たく播凰を見下ろしていて。
すぐ側では毅が固まり、少しだけ残っている他のクラスメートも、時が止まったようにこちらを見ている。
ふと、廊下の方から強い視線を感じ、ちらりと見てみれば。
両腕を前に回して組んだ、その上に乗るほどの大きな胸が目を引く――いや、それ以外にも金の長い髪をくるくるとカールさせた、所謂お嬢様ロール、縦ロールと呼ばれる特徴的な髪型をした女生徒と。
その隣で、顔の前で両手を合わせて謝るように片目を瞑る二津辺莉の姿が、開いた教室の扉の間から見えたのだった。
ちょっと話がごちゃごちゃしてますが、実は三章の一部の話は元々五章以降に入れる予定だったんですよね。
あまり作品が反響ないようでしたら、書きたいとこだけ書いて五章を最終章にしようと思ってたので。。入れちゃえーという感じです、はい。
そんな感じなので三章は色々な話がありつつちょっと長くなりそうですが、、よろしくお願いします。




