5話 何も知らない入学試験
「しかし播凰さんも、東方天能第一学園の高等部に入学希望だったなんて、本当に偶然っすよね!」
「うむ。とはいえ、ここには来たばかりで色々知らぬゆえ……毅のような同い年の者がいて助かる」
柔らかな陽射しが空から降る、朝の時間帯。
静かな住宅街を並んで歩く、二つの人影があった。
「いやー、俺もそこまで詳しいってわけじゃないっすけど……しかし、コンビニを知らない人もいるんすねー」
一人は、最強荘の庭――もとい零階に住む、晩石毅。
「コンビニか! あれは素晴らしいな。それに、家電とやらもだ!」
そしてもう一人は、最強荘の三階に住む、三狭間播凰である。
播凰がこの世界にやってきてから、数日。
この世界――というより、今いる日本という国についてや、常識、そして天能についての情報を管理人から書籍でもらったり。
お手伝いという名目で、毅が日常生活についてのサポート役となることで、二人が少し仲良くなったり。
食料の調達として訪れたコンビニに感嘆し、部屋に元々ある冷蔵庫や電子レンジといった家電に興奮したりと。
まだそれほど日が経っておらず、また天能についても少ししか理解できていないが、それなりに播凰は楽しんで過ごしていた。
ちなみに、お金に関しては、毎月決まった額が生活費として支給され、その上家賃含む居住に関する費用は一切払わなくていいのだとか。
もっとも、それは播凰のような正式な住民のみで、ある意味逆に特殊な住人である毅はそんなことはなく。
ただし、毅は毅で播凰のサポートでお小遣いが管理人から貰えていたりするのだが。
……しかし、コンビニも家電もない生活っすか。どんなところに住んでたんすかね?
大して珍しくもないことを興奮気味に語る播凰を横目に、歩きながら毅はそんなことを考える。
自分の地元も中々の田舎だったが、流石に家電の類はあったし、コンビニも近くはなかったがあった。
余程人のいない山奥、或いは秘境にでも住んでいたのか。
確かに初めて会った時は、服装的にも、身に纏う雰囲気も、その登場の仕方も全てが只者ではなかったが。
興味は大いにあったのだが、多少親しくなったとはいえ、初対面時に抱いた何とも形容しがたい感覚を完全には払拭できておらず。
加えて、入居時に交わした契約のこともあるため、詳しく踏み込むことができず想像するだけに留まっていた。
……本当に、異なる世界に私は来たのだな。
一方の播凰は、改めてしみじみとそんなことを思っていた。
管理人から受け取った情報や、部屋にあったテレビから、ここが己の住んでいた世界ではないと自身の判断で認識し。
見知らぬ装置を用いて生活し、見慣れぬ景色を歩く。恐らくこの世界でありふれているであろうこの景色すら、元の世界で見ることはなく新鮮なもの。
既に理解はしていたものの、それが非現実的であるがゆえ、逆に何度でも実感できるというものだったのだ。
さて、そんな二人が今何処に向かっているかというと。
「ところで、後どれほどでその学園に着くのだ?」
「えっと、そろそろ通りに出るはずなので……もう半分くらいっすかね」
学園――つまり、東方天能第一学園。
毅が家を飛び出した目的でもある、その入学試験が本日行われるのである。
それを受けるのが自分だけでないと聞いた毅は、管理人に頼まれ、播凰を連れて学園へと向かっているのだった。
毅が自信半分、心配半分程度に口にしてから数秒後。
彼の言ったように住宅街を抜け、広い通りに出る。
さほどなかった人影は一気にその姿が増え、道路には車が行き来し。周囲は瞬く間にガヤガヤとした喧噪へと変化した。
「ふむ、人が多いな。天能術を使っての移動などはあまり一般的ではないのか?」
五月蠅くなった空気には特に顔色を変えず、しかし疑問に思った播凰は毅に訊ねる。
播凰としては、使えるのならば使った方が便利だろうと単純に考えた結果である。
しかし、毅は目を丸くして播凰に少し身を近づけると。
「……移動って、播凰さんが来た時の転移みたいにっすか? ……そりゃそうっすよ、そのクラスの天能を使える人なんて滅多にいないはずっす」
周囲の人目を気にしつつ、小声で囁いた。
「うむ? あれは、そんなに珍しいのか?」
「珍しいっすよ! 空間の拡張もっすが、どっちも天介属性の天能の中で上位に位置するはずっす。俺も直接見たのは初めてっすよ」
そんな毅の反応を聞いた播凰は両腕を組むと、僅かながらも天能について学んだことを思い返した。
天能術には、大きく分かれて三つの属性というものがある。
一つは、天放。天を放つ――即ち、己から放つことで効果を発揮する属性。
二つに、天溜。天を溜める――即ち、己に溜めることで発動者に影響を与える属性。
そして最後が、天介。天を介すと表されるが、実態は天放と天溜いずれにも当てはまらないとされる属性。
この三つの属性の先で、更に火や水といった性質にまた細かく分かれるのだが、それはさておき。
自身が経験したのは、その天介属性において希少なものであったらしい。
それを聞いて、思考に耽りつつも満足気になる播凰。
播凰が黙り込んだので、隣を気にしつつも邪魔をすまいと無言になる毅。
人の流れに乗り、歩く二人。見れば、周囲の殆どは年の近い男女ばかり。十中八九、彼等も自分達と同じ受験生なのだろう。
憧れの学園故、遠目から見てみたり、受験当日に迷わないよう道を覚えていた毅であったが、行先があっていることにそっと胸を撫で下ろした。
「……み、見えてきたっす! き、緊張してきたっす!」
歩くこと数分、震えるような毅の声が上がる。
釣られてその声の先を見た播凰の目に、まず映りこんだのは巨大な門。
その奥には周囲より大きな建造物が聳え、それを囲うように塀が伸びている。
堂々と刻まれた『東方天能第一学園』の文字が、重厚な雰囲気を醸し出していた。
「ほぅ、あそこか。中々に立派なものだ」
管理人より、単に天能術に関する学び舎としか聞いていなかった播凰は、予想の上をいっていたその外観に純粋な称賛の声を上げる。
前を歩く人の列に続いて門を潜ればそこは庭園のような造りとなっていた。
静かであれば趣のありそうなものだが、いかんせんガヤガヤと人が多い。
特に人が集まっている一角に進めば、そこには大きな立て看板があった。
『←武戦科
↑天戦科
→造戦科』
どうやらそれは、道標のようであったが。
「……むぅ、これはどういう意味だ?」
知らない単語に、播凰は目を瞬かせる。
実は播凰、学び舎へ入るための手続きがあると言われ、毅と共に行くよう管理人に送り出されただけなのである。つまり、細かいことは一切知らない。単純に、行けば分かると思っていたのだ。
「は、播凰さんっ……なんで、この人混みの中、そんな平然と立ってられるんすかっ……」
その横では、前から後ろから押され、必死に踏ん張って抗っている毅の姿。
そんな状態になっているのは毅だけではなく、周囲の人間も同様で。むしろびくともせずにいるのは播凰くらいのものであった。
「て、天戦科は、真っ直ぐ進めばいいっすね。播凰さん、い、行きましょう」
「ふむ? 真っ直ぐでいいのか?」
言うや否や、流されそうになっている毅の腕を掴み、播凰はスイスイと人混みを進んでいく。
苦も無く人混みから脱出した播凰と、息を乱しながらもなんとかそれに続いた毅。
「ふへー、ありがとうございました。凄いっすね、播凰さん」
「あの程度、どうということはない。ところで、先程のは何が分かれていたのだ?」
前、左、右と三方あった道を、毅の言った通り前に進みながら、播凰は尋ねる。
すると毅は、えっ、と少し顔を青褪めさせ。少し沈黙した後、恐る恐るといったように口を開いた。
「か、管理人さんから、播凰さんも天戦科って聞いたっすが……あってますよね?」
「知らぬ」
「えぇっ!?」
毅の悲鳴のような驚く声。周囲から、何事かという視線が殺到する。
それに気まずそうに身を小さくさせ、毅は小声で播凰に言う。
「え、ええと……そ、そうっす、受験票に書いてないっすか?」
「よく分からぬが、これを持っていけばよいと管理人殿に鞄は渡されたな」
「どういうことっすか……と、取り合えず中を見せてくださいっす」
管理人から受け取った鞄を渡せば、毅が中をゴソゴソと確認した後、これっすと一枚の紙を出した。
播凰にとっては見覚えのない紙。だが、そこには播凰の名前が記載されている。
「やっぱり、天戦科っすね。びっくりしたっすよ……」
毅が指で示したところを見ると、なるほど、確かに天戦科の文字があった。
「すまぬな、助かる。ところで、天戦科とは何だ?」
「…………」
何も聞かされていない播凰にとっては、当然の疑問。
しかし、当然は当然でもそれが理解していての側であった毅は、いよいよ硬直した。
――すみませんが、播凰さんのサポートをお願いしますねー。
脳裏を過るのは、最強荘を出る前に会った管理人の言葉に、両手を合わせたお願いのポーズ。
その時は、同じ学園に学科の入学試験を受けると聞いていたので、快く引き受けたわけだが。
「あ、あー。……手続きは別の方にやっていただいたとかですかね? あはは……」
「うむ。管理人殿に、ここは天能が学べる場所と聞いてな」
もしやと思い確認してみれば、まさかのビンゴ。
そして返ってきた回答も、間違ってこそいないものの妙に不安を感じるもの。
「えっと、天能が学べるっていうのは勿論そうっすが……何をメインとするかで分かれていて、天戦科は天能術がメインなんす」
毅は内心頭を抱えつつ、気にすることを放棄した。
気にしたところで、何が好転するわけでもない。唯一できるのは、質問に答えることのみ。
「武戦科は武術メイン。単純に武芸だったり、天溜属性の身体強化系の天能が得意な人向けっすね。造戦科は、戦いってついてますが、武器や装備を造ったりすね。天能術の付与したものを造るとかもあるらしいっす」
「なるほど。確かに、その中だと天戦科か」
武芸と聞いて心が動かなかったといえば嘘になる。
ただし、播凰が最も興味があるのは天能術そのものであったので、天戦科は播凰の希望に当てはまっていた。
案内に誘導されるまま、建物内に入る。
しばらく進んだところで、『天戦科筆記試験会場』の紙が掲げられた部屋に辿り着いた。
二人して入ってみれば、かなりの人数が座れる広々とした部屋の半数以上が既に埋まっていた。
「受験票に書いてある番号に座ればいいみたいっす。まずは筆記試験、お互い頑張りましょう」
小声で毅が播凰に伝え、受験票片手に進んでいく。
真似するように、播凰も鞄から受験票を取り出すと、番号の席を見つけ出し、着席する。
そして、眉根を寄せて、首を傾げるのだ。
――試験とな?
読んでいただきありがとうございます。
今話に出てきた用語ですが、詳しい説明は少し後の話になるため、簡単にイメージできる程度にまとめるのでよかったらご覧ください。
■天能の属性について
・天放→放つことで相手にダメージ等の影響を与えるタイプ。火球、電撃等
・天溜→溜めることで主に自身に対して効果を与えるタイプ。身体強化、自己回復等
・天介→上記2つに当てはまらないタイプ。空間拡張、転移等
■学園の学科について
・武戦科→近距離メイン。武術や身体能力に天溜属性の天能を用いた戦い。
天放属性、天介属性を全く使っていけないわけではない。
・天戦科→中・遠距離メイン。天放属性、天介属性の天能を用いた戦い。
状況次第で近距離も。接近戦や天溜属性を使っていけないわけではない。
・造戦科→直接戦闘ではない。武器や装備などの作成。