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5話 青龍

今投稿からタグに「ヤンデレ」と「ブラコン」を追加しました。

「……はぁ、H組? 確かにこの部は募集要項は特に無いけど、流石に落ちこぼれは受け入れてないよ」


 時に男子生徒に、しっしっ、と面倒臭そうに追い払われ。


「部活見学希望者? それならまず、学年とクラスを教えてくれる? ……冗談でしょ、H組なんかに入られたら、部の汚点だわ」


 また時に女子生徒に、ピシャリ、と鼻先で扉を閉められ。


「そんなことより、君って中等部三年の二津辺莉ちゃんだよね? 君が入部してくれるっていうなら大歓迎だけど……え、ただの付き添い?」


 更に時には、眼中にも入れられず、むしろただ同道していただけの辺莉へと熱心に声がかけられ。


 ――全滅。

 端末より検索して気になった部の活動場所を実際に訪ねてみたものの、播凰のクラス(H組)を聞くや否や全てがけんもほろろに散り。

 入部どころか見学すら許されずに、すげなくあしらわれる。それが播凰の部活探しの結果であった。


「……あー、播凰にい。その、元気出して、ね?」


 普段は元気溌剌とした辺莉であるが、この時ばかりは流石に気まずそうにして播凰の隣を歩き。遠慮がちにチラチラと播凰の様子を伺っている。

 部活を探すにあたり、播凰が頼ったのが住居も学年も一つ下にして中等部に通う彼女だった。

 探し方については、学園教師である紫藤から聞いてはいたものの、色々と難航。

 そこで既に部活動をしている辺莉に相談をしてみれば、彼女は快く応じて協力してくれたわけである。


 だが、蓋を開けてみればこれだ。

 辺莉も高等部の各クラスでの力関係は知っていたため、すんなりとはいかないだろうと予想はしていたのだが。

 ただ、現実は彼女の想像以上に酷かった。つまりは認識が甘かったわけだが、それには一応理由が存在する。


 まず、辺莉の学園での位置づけは播凰と対極の優等生であり。頭では理解していても、実力下位者に対する悪意に実際に直面したことはなく決してその当事者たりえない。

 また彼女の所属する中等部と播凰の所属する高等部では相応の隔たりというのもあった。


 そもそも中等部では科で分かれておらず、クラスも偏りのある実力順ではない。それぞれのスタイルに分かれる高等部とは違い、その前段。天能術の基礎固めや方向性を見極める段階となっている。

 それでも実力主義の面が全く無いわけではないが、高等部とはクラス構造が異なるためそこまであけっぴろげではなかったのだ。つまり抜きん出ている者こそあれど、年齢的にも高等部に比べれば個々の実力差の開きというのは大きくなかった。

 故に、中等部の辺莉からすれば下位クラスというだけで残らず門前払いされるほどの扱いをされるとは思っていなかったわけである。


「…………」

「そ、そうだ、気晴らしに美味しいものでも食べに行かないっ!?」


 無言で顔を俯かせる播凰に、わたわたと手を動かしながら辺莉が提案する。

 物で釣るのもどうかと思うが、この際そうも言ってられない。

 付き添いである辺莉すら、気分が悪く感じたのだ。当人たる播凰の内心は推して知るべしというもの。


「…………」

「ゆりさんのお店ほどじゃないけど、結構美味しいケーキが食べれるとこをこの前教えてもらってさー!」

「…………」

「あ、あのー……播凰にい?」


 直接戦ったことがないとはいえ、強さに関しては播凰に勝てないと薄々感じている辺莉である。それは例の映像(ドラゴン戦)から、そして実際に姿を見ての辺莉自身(・・・・)の経験、直感からきており。

 そのため、もしも何かあった場合には自身だけで抑えきれないと踏んでいるわけだが。

 今にでも爆発しやしないかと、まるで爆弾を前にしたかのようにヒヤヒヤしている辺莉の耳に、それは聞こえてきた。


「――クククッ」

「……っ!!」


 学園の喧噪に掻き消されそうなほどに、微か。だが確かに、先程まで無反応だった播凰の方から。

 思わず身構えた辺莉は、ゴクリと喉を鳴らす。

 固唾を呑む彼女の前で、顔を伏せたまま徐々に身体を震わせた播凰は、その足を止めて。


「はーっはっはっ!! いやあ、こうも見事に全てから断られるとはなっ!」


 遠く離れた生徒すら、すわ何事かと振り返らせるほどの大笑い。

 腹を抱え、目尻に涙すら光らせ。心底、可笑しそうに。

 怒りや悲しみどころか、全くへこたれた様子のない播凰に、辺莉もまた立ち止まりおずおずと問いかける。


「……怒ってないの?」

「うむ。これはこれで、また一興というもの」


 言葉だけを切り取れば、ただの強がり、負け惜しみともとれる。

 されど不思議とそう感じさせないのは、播凰の気風故か。

 少なくともそれが播凰の本心であると受け取った辺莉は、最悪の事態は回避した、とホッと内心胸を撫で下ろし。けれども問題は解決していないことを思い出し、腕を組む。


「でも、どうしよっか? このままだと、他の部活を探しても同じことになりそうだし。播凰にいだって、部活なら何でもいいってわけじゃないんでしょ?」

「そうさな、面白いと思えるかどうかだ」


 うーん、と首を捻っていた辺莉であるが妙案は思いつかないようで。

 それを見ていた播凰は、カラカラと明るく笑う。


「まあ、是が非でも入りたいというわけではない。元々、お主に部活のことを聞いて興味を持ったわけだが……あの程度の輩がどこにもいると考えれば、それも薄れつつある」

「うぅっ、そう言われるとなんか複雑だよぅ……」


 自身を発端として興味を持たれ、しかしそれを失いつつある。

 その直接的な原因が自分にはないとはいえ、それを聞かされた辺莉としては面目ないというか申し訳ないというか。悪いことはしていないのにそんな気持ちになってしまう。

 とはいえ、播凰も彼女を責めるつもりでも皮肉を言ったつもりでもなかったのか、笑みを苦笑に変え。


「そういえば、辺莉の所属している部というのを聞いていなかったな。何という部活なのだ?」


 ふと、気になって尋ねる。

 彼女に仲介を頼もうとしての下心ではなく、純粋な疑問。

 すぐに確認できるよう端末を取り出して部活情報のページを開き、適当に画面をスクロールさせる播凰であったが。


「ん、アタシ? ……あー、アタシ達の部活はちょっと特殊で、そこには載ってないんだ」

「ほぅ?」

「名前も、他の部活みたいに何々部って感じじゃなくてね。――青龍(・・)って、そう呼ばれてるよ」


 思わずその手を止め、辺莉の顔を見る。


「青龍、か。随分と仰々しい名だ」

「あはは、それはアタシも同感。東西南北の四方を司るってされている、四神の名前だもんね」


 西に白虎。南は朱雀。北が玄武。

 そして、東の青龍。

 辺莉の言うように、方位を司るとされる霊獣の一角を担う名だ。それがただの部活名としてつけられているとなると、大仰に感じるのは決して的外れではない。

 事実、辺莉も認めるように照れ笑い。


「ただ、東方第一だけじゃなくてね。ウチは東だから青龍だけど、他三校にも同じように、それぞれの方角にあたる名前の部があるみたい」

「そうなのか。して、そこでは一体何をしているのだ?」


 名前と他校についてはさておき、播凰が気になったのはその活動内容。

 辺莉が特殊と言ったのもそうだが、なにせ名前から全く推測できない。

 興味を抱いた播凰の質問に、しかし辺莉の回答は曖昧なものだった。


「えっと、お茶をしたり、お話したり、勉強会を開いたり。あと、戦ったりもするかな。これをやるって明確な活動方針はなくって、結構自由だよ」

「……ふむ」


 指折り挙げられていく内容に、微妙な反応となるのも仕方ないだろう。

 なにせ、ふんわりしすぎている。

 運動系、文化系。分野の違いや、意外にも天能術が絡まない部活というのもそれなりに存在――辺莉曰くそれらの部活は一般的な学校にもあるとのことだったが――している、東方第一のその他の部活動。少なくとも部活紹介に載っていたそれらの部活では、差異こそあれど活動内容は明示的であった。

 門前払いをされたとはいえ、播凰が訪ねた部活も含め、それは共通していたのだから。


「だから、掛け持ちで他の部に参加してる人もいるみたい。高等部の先輩達は結構優しいし、そこだけでも十分楽しいから、アタシは特に掛け持ちはしてないけどね」

「大層な名をしている割には、いまいちよく分からんな」

「うーん、まあそう言われると困っちゃうんだけど。……ただ他の部活と違うのは、選ばれたというか認められたというか、そういう人じゃないと誘われないし所属できないんだって。自分で言うのもなんだけど、アタシは中等部三年としては突出してるっていう理由で声をかけられたみたい」


 嫌みというわけでもないが、播凰が純粋な感想を述べれば辺莉はポリポリと頬を掻く。


「だから部活紹介にも載ってないし、見学も入部希望も受け付けてなくって。播凰にいの学年だと……そうそう、この前の配信でアタシ達と一緒にリュミリエーラにいた星像院さんも、青龍に所属してるよ!」

「ああ、あの者か」


 新入生総代、天戦科E組の星像院麗火。

 音の使い手について聞くために教室に乗り込んで以来顔を合わせていないが、入学試験から何かと縁がある彼女の顔が播凰の脳裏に思い浮かぶ。


「うん、それと学園内には青龍専用の施設とかもあって。例えば、中央食堂横にラウンジってあるでしょ? あそことかは青龍に所属してる生徒じゃないと使えないルールがあるみたいだし。他にも、共用施設とかでも青龍の生徒は優先的に利用できるんだって」


 まあアタシは予約の順番はちゃんと守ってるけどねー、と軽い調子で笑う辺莉だが。言ってる内容は地味にとんでもない。

 専用の施設に、共用施設の優先権。一般生徒とは明らかに違う扱い。


 ……特権階級のようなものか?


 ラウンジ、という場所には聞き覚えがある。確か入学して間もない頃、食堂を初めて利用した際に通りかかり、毅の口から出てきたはずだ。選ばれた生徒云々ともその時言っていた記憶がある。


「もし興味があるなら、部長さんに聞いてみよっか? 絶対に入れるかは保証できないけど……」

「いや、よい。辺莉には悪いが、私はさほど興味は惹かれなかった。……特に勉強会など、御免(ごめん)(こうむ)る」


 辺莉の申し出を、一考もせずに播凰は断る。

 選ばれた生徒――辺莉の言葉からするに実力者の類だろう――というのと、戦いというのには多少は心が動いたものの。それ以外はピンと来なかった。

 そもそも戦いを申し込むのは紫藤に禁止されているわけで、それを抜きにすればむしろ勉強会という不穏な要素で播凰にとってはマイナスの印象しかない。


「そっかぁ、播凰にいと一緒だと、もっと楽しそうと思ったんだけどねー。……えっと、じゃあどうする?」

「先程も言ったが、どうしても部活とやらに入りたいわけではない。強く関心を抱くほどのものでないと分かれば、それもまた一つの結論だ。他にやることもあるしな」

「やること?」

「うむ、ゲームだ」

「ゲーム? ……あ、そういえば配信で色々買ってたね。どう、結構進んでる?」


 ああ、と納得がいったように辺莉が頷く。

 彼女も配信を見ていたから、商店街レビューの配信の際にゲームハードとソフト数本を購入したことを知っている。

 だから、早ければ一本ぐらいはやり終わったかなと思い、気楽に問いが投げられたのだが。


「進んでるどころか、何一つとしてまともにできておらん」

「へ? ど、どゆこと?」


 しかし顔を渋くした播凰からのまさかのノータッチ宣言。

 唖然とする辺莉であったが、勿論播凰にも言い分はある。


 まず、第一に色々とあった。それはリュミリエーラの問題であったり、術を使えるようになったことであったり、そしてこの部活のことであったりだ。

 だが勿論それらだけで時間が潰れたわけではない。だから、やろうとは試みたのだ。

 折角買ってもらったもの、そして播凰自身ゲームに興味があったのもあり、ほったらかしにして部屋の隅で埃をかぶっているわけではなく。箱を開けて、包装も解いた。

 しかしそこに立ち塞がった壁。


「なんとか説明書を見ながらコードだのコントローラだの繋いで起動はできたのだがな――設定がどうとかがよく分からんのだっ!」


 つまり、ゲーム機の初期設定である。

 コードの接続等、ゲーム機の起動とそれを画面に映す段階で苦戦していた播凰が一人でどうこうできる相手ではなかったのだ。

 そんな情けない叫びではあったものの、納得納得、と辺莉はポンと手を打つ。


「あー……最近のゲーム機って、まず最初に色々設定とかしないといけないもんね。慣れてない人が一人でいきなりは、確かにハードル高いかも」

「うむ、そういうわけでな、ジュクーシャ殿に助力を頼んだ。ついでに色々と教えてくれるそうだ」

「ほほーっ、つまり播凰にいの部屋でジュク姉と二人きりってことですな!?」

「ん? まあ、そうなるな」


 そして播凰も指を咥えて黙っているつもりではなく、ジュクーシャに助けを求め約束を取り付けた。

 そう告げれば、途端に辺莉はニヨニヨとした笑みを浮かべたが。特に動揺もなく首肯した播凰を見てつまらなさそうに口を尖らせ。


「……ジュク姉と違って、播凰にいは弄り甲斐がないなぁ。シン()はただのへたれだし」


 ボソリ、と明後日の方向を見て呟く。

 それとほぼ同じタイミングで、播凰もまた辺莉とはまた別方向を向いて。


「それにしても、最近妙に視線を感じるようになった。どうにも生徒ではなさそうだが」


 怪訝そうに、首を捻る。

 遅れて辺莉がそちらに顔を向ければ。確かにそこには少し離れて播凰と辺莉の方を見ている中年の男性の姿があり。

 その男性は二人の視線に気付いたようで、何を言うこともなく少々足早に背を向けて去っていった。


「偶々じゃないの? それか、さっきみたいに播凰にいが騒いでたからとか」

「ふむ、そういうわけでもない気はするが……」

「……?」


 顔を動かさず、ジト目で辺莉が零すが。

 しかし播凰は首を回して、今度はまた別の場所へと目を細める。

 辺莉もそれを追って顔を向けたものの、しかしそこにあったのは誰の姿もない校舎の陰で。


「まあよい。取り敢えず今日は私は帰ろうと思うが、お主はどうする?」

「うーん、中途半端な時間だけど……多分まだ活動してると思うし、アタシは部活の方に顔出してこよっかな」


 播凰の部活巡りに付き合ったため、放課後からある程度の時間は経過しているが、しかしまだ最終下校時刻ではない。

 少し悩んだものの、そう辺莉が答えれば。分かったと播凰が頷き、二人はその場で別れることとなった。

 バイバーイ、と播凰に手を振りその場で見送った辺莉は、彼の背が小さくなると。


「一応、タイミングがあれば、部長さん達に相談するだけしてみよっと。入部は無理かもだけど、もしかしたら何かアドバイスくれるかもしれないし」


 誰にも聞かせようとするわけでもなく、そう独り言ち。


「……えへへ、折角の機会だもん。妹としてお兄ちゃんには、今度こそ(・・・・)――今度こそ(・・・・)、高校生活を楽しんでほしいもんね」


 弾むような、しかしどろりとした情念を感じさせるような、歪んだ笑みが一瞬。ほんの一瞬だけ浮かび。

 直後にいつものようにカラッとした明るい笑顔で、彼女は小走りで学園内を駆けるのであった。




「――まさか、気付いてやがったか?」


 二人の姿が完全になくなってから、数秒。

 最後に播凰が目をやった、誰もいないはずの校舎の陰。

 ザッ、と地面を踏みしめそこから姿を現した一人の女性が、愉快そうに口元を歪める。


「あれが、三狭間播凰か。……確かにありゃ普通じゃねえな、実物を見りゃビンビン来やがる」


 胸元が少し開いたシャツに、雑にまとまった明るい茶髪。

 くつくつと嚙み殺すように笑うその女は、高等部武戦科教師である矢坂だ。


「一緒にいたのは……あー、二津だったか。中等部の有望株で、青龍に入ってるっつう。そんなヤツとどういう繋がりで一緒に部活を探し回ってたんだかは知らねえが――けど、コイツは面白くなりそうだ」


 獣のように鋭い眼光が、播凰達のいた場所を一瞥し。

 彼女もまた、用は済んだと言わんばかりにその場から立ち去っていく。


「ま、言われた通り、アタシからは接触しねぇさ。アタシから(・・・・・)は、な……」

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