4話 最強荘とは
今話も説明回のようなものです。
次話から、本格的にスタートします。
「……三狭間播凰」
少年――播凰は、新たに己のものとなった名前を、口の中で転がす。
それを何度か繰り返した後、理解したというように一度だけ頷いた。
「うむ、いい響きだな。感謝する」
「いえいえー。本来であればご本人にお任せするのがいいのでしょうが、色々とありましてー」
頑張って覚えてくださいねー、と名の書かれた紙をテーブルの脇に押しやり、管理人は咳払いを一つ。
「それでは、大変気になってるようですので、質問からお答えしましょうかー」
「おお、待っておったぞ。早速だが、私をここに連れてきた光の文字について教えてくれ!」
ようやく本題に入れるとあって、播凰は満面の笑みを浮かべつつ、少しも間を置かずに声を張る。
訊ねるはもちろん、彼をここに導いた現象についてだ。
「あれはですねー、こちらの世界では天能術と呼ばれている力ですー」
「ふむ、天能術……やはり聞いたことがないな。それはどのようなものなのだ?」
「まあ不思議な力といいますか、色々なことができるといいますかー。魔法のようなもの、と言って伝わりますかー?」
魔法、と反唱するように呟き、播凰はしばし考える。
幼い頃の記憶を掘り返せば、その単語は聞いたことがあった。ただし、書物の中だけで。確か、荒唐無稽な物語の中に登場した不思議な力だったか。
好奇心から周囲の大人に訊ねたことはあったが、どれも空想の話で存在しないという回答だったのを覚えている。
もっとも、それが登場する書物自体ほとんど無かったため、すぐに興味を失ったが。
「火を操ったり、風を起こしたりできる妙な力だったか? 詳しくは知らぬが」
「ふんふんー、概ねそのような認識で大丈夫ですー。……三狭間さんの世界は、武力が物をいう世界のようですねー。ここの住民の中には、似たような別の世界からいらっしゃった方もおりますが、こちらの生活に馴染んでおりますので、今は詳しくなくても問題ありませんよー」
「似たような別の世界とな?」
天能術という力から興味が逸れたわけではない。
ただ、話の中に気になった点があった播凰は、一旦そちらについて質問することにした。
「ここ最強荘は、異なる様々な世界からいらっしゃった方が住まわれている場所ですー。ある特定の条件に合致する方に誘いを送り、承認いただいた場合にこちらの世界に来ていただいておりますー。要するに、三狭間さんのような方が他にもいらっしゃるということですねー」
「その特定の条件とは?」
「詳しくお話することはできませんがー。大前提は、その世界にて、数字の入った偉業、または異名を持つ方ですねー」
無差別ではなく、条件があるとなれば聞きたくなってしまうもの。
そして返ってきた答えを聞いて、自身が何故当て嵌まったのか納得してしまう。
――三海の覇王。
先程管理人からも呼ばれたそれは、元の世界での播凰の異名であり、偉業の象徴でもあった。ただし、彼自身その自覚はほとんどなかったが。
と、そこでふとした考えが頭を過る。
「なるほど、もしや割り当てられた階層はその数字が?」
「ですねー」
三に関連する異名であるため、三階が与えられた。
響きが同じのために思い至ったが、どうやら正解だったらしい。
「話を戻しますがー。三狭間さんと同じ世界ではありませんが、魔法或いはそれに類する力がなく、武力重視の世界からいらっしゃった方もここにはいるということですねー」
「やはり、似たような境遇の者がいるということだな。別の世界の話というのを聞いてみたいものだ」
完全に異なる技術がある世界もそうだが、似たようで異なる世界というのもまた興味深い。
故に、播凰としてはごく自然な感想を口にしたつもりであったが。
「強引に聞き出したりするのは駄目ですよー。こちらに来るにあたってのルールは覚えておられますかー?」
今までずっと朗らかであった管理人の声が、若干険の入ったような声色となる。
――名を名乗らず、技を振るわず、過去を語らず。
思い返しながら、光の一節を口にしてみる。なるほど、元の世界の話をするとなれば、過去を語るという部分で抵触する。
それは間違っていなかったようで、肯定するように頷いた管理人は元通りの声色に戻った。
「もっとも、全部が全部アウトというわけではありませんがねー。過去というものはご自身の経験でもありますから、ふとした拍子に零してしまったり、誰かに話したくなることもあるでしょうー。後は、ここの住民に限り、異名を開示することを許可しておりますー」
「確かに、今までの経験や考えをいきなり無かったことにしろ、というのは厳しそうだな」
「線引きが難しいので、怪しい場合は警告が入りますー。一発アウトは、例えば書に起こして販売する、大多数に公表するなどですねー」
その説明を聞き、色々注意が必要だと内心に留める播凰であったが。
そういえば、と浮かんだ疑問を口にする。
「ルールを破った場合はどうなるのだ?」
確かに、決まりについては記載があった。しかし、それを破った際のことが伝えられていないのである。
「その場合は、問答無用で元の世界に帰っていただきますねー」
相も変わらずのんびりとした調子で告げられたそれは、簡潔ながらもはっきりしたものだった。
まだこの世界についてほとんど理解していない播凰だが、天能術というもの一つとってもこの世界に来た価値があると既に感じている。
故に、先程までは朧気であったそのルールを、心に刻み付けた。
「それでは、こちらでの生活にあたってですがー。ルールを破らなければ、基本的にこちらから制限することはありませんー」
「つまり自由か、いいことだ。……参考までに、他の者はどのような生活を?」
近頃は、半ば幽閉ともいえるような生活をしていた播凰であったため、その言葉には素直に喜ぶ。
制約でがんじがらめともあれば辟易とするものだが、守る必要があるのは先の三つのみ。
ただ、漠然とはしていたため、試しに他の住民がどのような生活をしているのかを尋ねてみる。
「大人組ですと、お仕事や趣味をされていたり、引き籠っている方もいらっしゃいますー。自分のやりたいことを追求されている、という感じですかねー」
しばし考えるようにした後に管理人から紡がれる言葉を、播凰は相槌を打ちながら聞く。
「子供組や、三狭間さんに近い年頃の方ですと、学校などの教育施設に通われたりですかねー。皆様刺激のある生活を送ってきた方々ですから、やはり一般的な平凡な生活や落ち着いた生活というものに憧れている方が多いようでー」
「教育施設……そうか、学び舎か」
あくまでも参考程度のつもりであったが。それを耳にした播凰の脳裏に閃くものがあった。
「私は、その天能術とやらに興味があるのだが……それを学ぶこともできるのか?」
つまり、未知の力――天能術について知りたい、学びたいという思いである。
それを受けた管理人は、何やら考えるようにして播凰を見据えた。
顔が向いているからではなく、明らかに視るように。
そうしてややあって笑みを深くし、言ったのだ。
「それは、色々と都合のよい時に来られましたねー。ええ、本当にー」
 




