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3話 住人と部屋と名

「それではー、三海(さんかい)覇王(はおう)様ー。続いては貴方の住むお部屋へとご案内しますねー」

「うむ、それは楽しみだな! ……だが、其方。何故その呼び名を知っている?」


 小屋に残された毅が絶叫している、その一方。

 管理人と少年の二人は、外に出て今度こそ『最強荘』の文字が掲げられた建物に向かって歩いていた。


「ふふー、大事な情報(・・・・・)ですし、お客人でありここの住人となっていただく方でもありますからねー。詳しくはお部屋にてご説明いたしますー」

「ふむ、そうか。先程の不思議な部屋といい、私がここに来た原因の光の文字といい、聞きたいことがたくさんある」


 読めない笑顔を浮かべる管理人と、さして気にせずといった様子で興奮したような笑みを見せる少年。

 二人が立ち止まったのは、101号室のプレートが掲げられた扉の前であった。


「こちらが、住民の皆さんが使う入り口ですー。覚えておいてくださいねー」


 扉を開き、どうぞー、と手招きする管理人に続いて少年も中に入る。

 その内装は、どう見ても部屋というものではなく、エントランスのような造りであった。

 明るく照らされ、上にも横にもそこそこ広い空間。くつろげそうなソファーとテーブルのセットが置かれ、そして隅には管理人窓口と書かれた小窓と小部屋のようなスペースがある。


 相変わらず外観に見合わぬ中身であるが、二回目ともなると若干興奮も薄れるものだ。

 故に、今度は少し落ち着いたまましげしげとそれを見回す少年。

 そんな彼に、声をかける者があった。


「こんにちは」


 奥の方から近づくように歩いてくるのは、一人の女性。

 まず目を引くのは、その背の高さ。女性としてはかなり高い部類で、実際少年よりも少し上だ。

 スッとした姿勢が美しいというのもそれを後押ししているのだろうが、正しくプロポーションがよいという言葉が当てはまる。


「管理人さんも、こんにちは。こちらは、新しく来られた方ですか?」

「こんにちはー。そうですねー、これからお部屋に案内するところですー」


 管理人との軽いやり取り。次いで、その女性は少年に向き直った。


「はじめまして。四階に住んでいる、四柳(よやなぎ)ジュクーシャといいます」

「はじめまして、だ。私は――」


 ジュクーシャと名乗った、その女性。

 己も名乗り返そうとしたところで、はたと口を止める。

 そして、目だけを管理人に向けた。ここに来る際の約束事、光文字が頭を過ったからである。

 つまり――己の名を捨てる、という一文が。


「ああ、まだ来たばかりですから、こちらでの名前(・・・・・・・)をいただいていないのですね」

「そうですー。この後お部屋へご案内したら、諸々ご説明する予定なのでー」


 言葉を止めた少年に、ジュクーシャは一瞬怪訝な顔をしたが。すぐさま得心がいったかのように表情を和らげる。

 心当たりがある、ということは彼女も自身と同じなのだろうか。そんな事を考えつつ、少年もまた納得がいったように頷いた。


「しかし、四階か。相も変わらずどういう原理かは不明だが、建物自体もそういうこと(・・・・・・)なのだな」


 外から見た時は、建物は明らかに二階建てであった。が、彼女――ジュクーシャは四階に住んでいるという。

 毅の小屋と、そしてこの広々とした空間は、あくまで室内という概念だが。建物自体の構造も外見と不一致させることが可能ということなのだろう。

 それを理解したと同時に、少年が抱いていたある一つの疑念が、氷解することとなる。


「なるほど、姿が見えぬとは思っていたが――こちらを見ていた内の一人は、お主か?」


 実は先程、毅と管理人の三人で外にいた時に。少年は自身達に向けられている視線を、この建物の方から感じていたのだ。それも一つではなく、複数である。


「気付いておられましたか。不躾な視線は、申し訳ありません。少し騒がしい気配がしたもので」

「そうか、それは失礼した」


 少年の指摘に、ジュクーシャは軽く頭を下げる。

 別段不快には思っておらず、むしろ己がはしゃいでしまったせいかと、少年もまた僅かに頭を下げる。

 と、そこで。綺麗な顔立ちをしたジュクーシャの、その褐色の頬が微かに赤みを帯びた。


「そ、そういえば、その、つかぬことをお聞きしますが……貴方の世界では、普段からそのようなご恰好を?」


 おずおずと、遠慮をしたような声。

 さもありなん、未だ少年は半裸のままである。不思議に思わない方がおかしいだろう。

 やはり止めておくべきだったか、と思いはしたものの、もはや少年にはどうしようもない。


「うむ……いやなに、こちらに来るにあたり、裸一貫でとあったのでな。衣服を脱いできたまで」


 実際のところは、彼の弟妹達に剥ぎ取られたのが主な原因なわけであるが、そんなことを言えばどんな反応をされるものか。

 とはいえ、結果的にではあるが、最終的にはその理由であるため、余計な情報は伏せて答える。


「なるほど、そういう受け取り方も……ありますか?」


 まだ頬の赤いものの、一先ずの納得を彼女はしたようであった。もっとも、首を僅かに傾げていたので、完全に腑に落ちたわけでもないようだが。

 ともかく、それではこれからよろしくお願いします、と礼儀正しく一礼して、ジュクーシャは歩き去っていった。


「本来はお部屋でまとめてご説明する予定でしたがー、住民の方と先にお会いしたので、ご説明しちゃいますねー」


 歩みを再開し、フロアの少し奥へ。

 壁に突き当たったところで、管理人は少年を振り返った。


「エレベーター、もしくは昇降機と呼ばれるものはそちらの世界にありましたかー?」

「ふぅむ……聞いたことはないな」

「それではご説明しますとー。こちらはエレベーターという装置ですー。簡単に言えば、乗っているだけで建物の階の移動ができるものですねー」

「ほう、乗っているだけで」

「ですねー。このように、こちらで生活していくにあたり、そちらに無いものが出てきますので、徐々に覚えてくださいねー」


 話しながら管理人がボタンを押し、エレベーターの扉が開く。

 管理人がその中に入り、突っ立っていた少年を手で呼び寄せる。


「壁のボタンを押すと扉が開きますので、中に乗りますー。そして中で、行きたい階を押すだけですねー」


 少年も続いて中に入り、手で示された箇所を見れば、そこには『0』と『3』のボタンがあった。


「この最強荘は、基本的に1つの階層に1部屋しかありませんー。よって、住民の皆さんは自分の階層(・・・・・)というのを持っておられますー。つまり、自分の階層で他の住民に会うことはなく、移動できるのも自分の階層と出入り用の共通部分であるこの(ゼロ)階だけなんですねー」

「ふむ。ということは、私の階層は三階で、そこにしかいけぬということか?」

「理解が早くて助かりますー」


 少年の確認に首肯しながら、管理人は『3』のボタンを押す。


「ただし、その階層の住民が許可した場合はその限りではありませんー。例えば、先程の四柳さんが許可をすれば、彼女の階層――先程おっしゃっていましたが、四階にも行けるようになりますー。その時は、ここに四階が表示されますねー」

「なるほどな。では、私が許可すれば、他の住民も三階に来れるということか」

「そういうことですねー」


 エレベーターが停止し、扉が開く。

 出てすぐの壁には、大きく『3』の文字が彫られている。


「ほぅ……」


 エレベーターから下り、外に面した廊下に出た少年は、感嘆の息を吐いた。

 三階から見える、外の景色が新鮮だったからだ。

 複数ある、高く天に伸びる建造物。明らかに生物ではない、飛行する大きい物体。

 青く晴れた空は澄み渡り、太陽が柔らかな日差しを覗かせている。


 しばし無言で、目を細めてその光景を見ていた少年であったが。

 こちらですー、という管理人の声に反応して目線を切り、彼女の元まで歩く。


「こちらが、住んでいただくお部屋になりますー」


 エレベーター内で言っていた通り、確かに廊下に面した扉は一つのみであった。

 管理人に促され、部屋の扉を開く。


 すっきりとした部屋であった。殺風景ではなく、しかしごちゃごちゃともしていない。

 中を案内してもらい、間取りを確認する。家具は、一通り揃っていそうであった。


「それでは、お待たせいたしましたー。この世界のこと、そしてご質問にお答えするお時間ですー」


 居間にあったテーブルに対面で座り、管理人が切り出す。

 ちなみに、この時少年はもう半裸ではない。

 不憫に思ったのか、哀れに思ったのか。部屋の収納にあったラフな服を少年に着せたのである。

 服以外にも、生活品はある程度揃えているので、自由に使っていいとのこと。サイズは割とぴったりであった。


「ようやくかっ! 待っていたぞ!!」


 二人以外に誰もおらず、室内であるため誰かに聞かれることもない。部屋まで説明を焦らされたのは、そういう理由であろう。

 待っていた、と少年が身を乗り出さんばかりの勢いで口を開こうとしたところで。

 ポン、と手を打った管理人はこう言った。


「その前にー、この世界での貴方のお名前をお伝えしておきますねー」


 どこからか取り出した一枚の紙。それが少年の目に見えるようにテーブルに置かれる。

 そこには大きく、こう書かれていた。


 ――三狭間(みさくま)播凰(はお)、と。

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