23話 魔王と覇王と勇者の商店街レビュー(玩具編)
『さて、余達が何故ここを訪れたのか……分かる者はおるか?』
商店街にある玩具屋の店内、そのテレビゲームの区画。
ゲーム機のコントローラーや各ソフトが陳列された空間で、万音が端末に向かって問いかける。
・コメント:次の配信用のゲームを決めるとか
・コメント:プレゼント企画?
・コメント:ゲーム紹介かな
・コメント:客将きゅんにゲーム買ってあげて!
・コメント:客将にゲーム買え
瞬間、続々と回答がされる中、万音はそれに目を通して頷き。
『正解があるな。……そう、先日の余の配信にて、ここにいる客将と共にゲームを行ったわけだが――それはもう未熟で悲惨な腕前であった。客将とはいえ、この大魔王軍に所属している身。あのままとしていれば余の沽券に関わる』
芝居がかったような口調で客将の、播凰のゲームの実力を扱き下ろす。
つまり、播凰が二度目に配信に登場し――初回は意図せず登場していたわけだが――質問に答えたり、万音と共にゲームをプレイした回のことである。
初めてテレビゲームというものに触れ、今までコントローラすら持ったことのない播凰であったから、その腕前は当然初心者丸出しの下手くその一言に尽きた。
『客将、以前に余と配信でゲームをしたことを覚えているな?』
『うむ、難しかったが、あれはあれで中々に楽しかったぞ!』
『あまりに見ていられなかったのか、お情けの上納金が集まっている。今回は、そのお金で貴様にゲームを見繕ってやる故、まずは余の配下達に礼を述べるがよい』
『おお、あれを私にくれるのか! 配下の者達よ、ありがたく使わせてもらうぞ!』
・コメント:いいってことよ!
・コメント:どういたしましてー
・コメント:お礼を言えてえらい
・コメント:俺達のスパチャが火を噴くぜ!
『さて、まずはゲームハード、本体の選定からだ。……しかし場所が場所、まともな在庫があるのかと不安ではあったが――しかし、余は思わぬものを見た』
万音が、端末を動かしてとある商品棚を映す。
そこに映っていたのは。
・コメント:え、嘘でしょ
・コメント:は!? 品薄の最新機種じゃんか!?
・コメント:俺、まだ買えてないのに……
・コメント:こちとら抽選に全部外れてるんだが?
・コメント:客将幸運すぎんよ
・コメント:やらせか?
『この大魔王たる余とて、幾度の抽選の末にようやっと手にしたというのに。……ともあれ、丁度よいことに最後の一台だ。客将、確保せよ』
『うむ、よし!』
現在入手困難と言われている、とあるメーカーの最新型のハード。
本来は抽選やら先着やら必要で、ともかく易々とは購入できないはずのそれが、ポツンと陳列されていたのだ。
レジカウンターに立っている玩具屋店主の中年男性は、万音のストレートな発言に苦笑しながらも、しかし喜々として箱を腕に抱えた播凰の姿にどこか嬉しそうに目を細めている。
『では、次にソフトだ。これも個人の商店にしては、なかなかどうして豊富に揃っている』
『うむ、いっぱいあるな! これだけあると、どれにするか迷ってしまうぞ!』
・コメント:分かる
・コメント:ショップに並んでるゲームって見てるだけでなんか興奮するよな
・コメント:最近じゃ、通販やダウンロードで済むからわざわざ店行く必要あんまないしねー
『全て見ていては、時間が足らん。ここはゲームに関しても大魔王級の余が、ジャンル毎に選んでやろう。……まずはレースゲームだが、これに関しては一択だな』
そう言って万音が手に取ったのは、前回の配信で播凰もプレイしたゲーム。
内容は、レースに天能術の要素を足し、自身の強化や相手への攻撃を行いながら選択したカートで走ってゴールを目指すというもの。
レースゲームでは定番というに相応しく、リスナーもこのチョイスには全面同意。
オンライン対戦も人気で視聴者参加型の形式もとれることから、配信ゲームとしても最適なのだ。
『次はアクションか。さて、名作と呼ばれる作品は多く、余も初めてプレイした時はこれほどのものを人間が造り出したことに驚きを覚えたものだ。個人差が出るところだが……客将、貴様はこれをプレイし、魔王がなんたるかを知るがよい』
レースゲームのパッケージを播凰の抱える最新ハードの箱の上にひょいと置いた万音は、次なるゲームを棚から抜き出し、各々に見えるように差し出す。
――魔王征服伝。
そのゲームはおどろおどろしく暗い雰囲気の文字フォントに、台座に突き立った漆黒の剣のイラストが描かれていた。
そのタイトルからも、万音の言葉の内容からも、魔王に関するものであることは明白。
興味を惹かれた播凰がゲームの説明を求めようとした、その時。
すっと横合いから伸びてきた手が、その上に別のゲームのパッケージを重ねた。
――勇者救世録。
先程のとは反対に、明るく爽やかな文字フォント。台座に剣が突き立っている構図は同じだが、こちらはどこか神聖さを感じさせる剣のイラスト。
ゲームが伸ばされた褐色の手の元を辿れば、やはりというべきかこの場で残る人物、従者――もといジュクーシャの姿があった。
『なんのつもりだ従者。勇者なんぞが主人公の、くだらぬ駄作を持ち出してきおって』
『それはこちらの台詞です。魔王などが主人公のゲームを、は……オホン、彼に、客将君に勧めないでください』
睨み合う二人。
万音が魔王征服伝を上に持ち上げれば、ジュクーシャもまた勇者救世録をその上に重ね。ジュクーシャが動けば、万音もまた動く、その繰り返し。
『フン、ならば当人に聞いてやろうではないか。客将よ。当然、魔王となり世界征服を目指す、この魔王征服伝をプレイしたいであろう?』
『いいえ、そんなものよりこちらの、勇者となって魔王を滅ぼし世界を救う、勇者救世録の方がお似合いです!』
『『――さあ、どちらを選ぶ(選びますか)?』』
・コメント:同じ会社の立場逆転物だね
・コメント:ぶっちゃけ両方名作
・コメント:魔王の方が好きかなー
・コメント:どっちかといえば魔王
・コメント:そうか? 勇者の方が面白かったけど
・コメント:俺も勇者
・コメント:魔王で!
・コメント:勇者おススメ!
『……ふむぅ、両方ではいかぬのか?』
そのままでは埒が明かぬと、ついには播凰本人に意見を求められたものの。
簡潔な内容は分かったが、とはいえそれだけで即断できるわけでもなく。双方がプッシュするとあって両方に興味を持った播凰はそう提案する。
コメントでも意見は二分しており、優劣つけ難いようであった。
『いいだろう、二つ共買ってやろうではないか。勇者の方は、適当にプレイしてゲームオーバーにでもなるがよい。……ああ、終盤までは進めても構わんぞ? 魔王との戦いで無様に敗北するのだ。さすれば、魔王の偉大さと、勇者の貧弱さが理解できるであろう』
『難しいかもしれませんが、いざという時は私を頼ってください。このゲームには二人での協力プレイもあります、是非、共に魔王を滅ぼし救世を成し遂げましょう。そして、勇者がいかなる存在かを知ってくださると嬉しい。ついでに魔王などという存在の悪辣さ、いかに嫌われているかも知れることでしょう』
トン、トン、とそれぞれ重ねられ、これでゲームは合計三つ。
目の前に積まれたそれを見た播凰は、ふと気になったことを口に出す。
『いくつもくれるのは嬉しいが……今は新しい術を使えるようにせねばならぬ故、あまり多く貰っても割ける時間がないかもしれんな』
ポツリと漏らしたそれを、リスナー達は聞き逃さなかった。
・コメント:新しい術?
・コメント:今、術って言ったよな
・コメント:天能術のことか?
・コメント:絶対そうでしょ
・コメント:やっぱ東方第一の生徒説あるぞ
・コメント:でも、別に生徒じゃなくても術は使えるし。。
ドラゴンとの戦いとの折に着ていた東方第一の制服。
その服の特徴から東方第一の生徒の可能性――まあ事実であるが――は以前から指摘されており、今の播凰の発言からその説が当たりなのではとするコメントがポツポツとされ始めた。
失言というレベルではないが、迂闊な発言ではある。
が、疑惑が再燃する中。しかし当の播凰はそんなの気にすることなく、とある一つのコメントに目が釘付けになっていた。
・コメント:俺、ゲームしてたらいつの間にか術使えるようになってたことあるよ
『何、本当か!? どのゲームをしたら新しい術が使えるようになったのだ!?』
・コメント:天能戦記シリーズ
・コメント:あ、俺もそういえばそうだったわ
・コメント:確かに天能戦記は色んな天能出てくるから有り得なくないかも
・コメント:ゲームじゃないけど、寝て起きたら新術が使えるようになっててビビった記憶
・コメント:こっちなんかトイレでやぞ
・コメント:ああ、そういえば彼女できた瞬間に術覚えたことあったわ
・コメント:それは嘘
『大魔王! 天能戦記シリーズとやらは、どれだ!?』
『フン、折角の配下からの意見だ、RPGはそれにしてやるか……シリーズ物だが、それぞれに繋がりは無い。最新作からでも問題なかろう。気に入ったのなら以前の作品は自分で購入するがよい』
ゲームしたら新しい術が使えた、そんなリスナーの経験に播凰は興奮し、勇んで万音に尋ねる。
すると万音は鼻を鳴らしながらも、間もなく棚から一つのゲームを抜き出した。
両腕に抱えていたハードの箱を片手で持つようにし、空いたもう一方の手でそれを受け取る。
――天能戦記Ⅴ。
表にはタイトルと共に、数人の武装した男女のキャラクターが描かれ。パッケージを裏に引っくり返せば、ゲームの簡易説明が。
戦争によって滅んだ国の生き残りである王子が、逃れた数人の配下と共に故国再興を目指す、というストーリーらしい。主人公を含む配下は勿論、仲間になっていくキャラクターは天能術が使えるとのことで、コメントにあった色んな天能が出てくるというのはそういうことらしい。
・コメント:そういえば、客将の性質は何だろ
・コメント:あの動画では何の術使ってたの?
・コメント:性質教えて
・コメント:結構気になる
そんな話題となったからか、コメントでは天能――播凰の性質について触れるものがちらほらと出てきた。
しかしこれに困ったのは播凰である。
『性質か。……うぅむ、それは無闇に言うなと厳命されていてな』
・コメント:別に性質で身バレすることはないでしょ
・コメント:まあレアな性質ならワンチャン特定可
・コメント:誰に言われたんだ?
・コメント:珍しいのっぽいな
適当にはぐらかせばよいものの、紫藤の忠告を馬鹿正直にそのまま口にしてしまい、新たな疑念を生む始末。
これで性質が覇であると言おうものなら、どんなコメントが飛んでくるやら。
『――魔王、それぐらいでいいのではないですか? いきなりたくさん購入したとしても、できないものも出てくるでしょう』
『確かに、最低限の目的は果たしたといえる、が――』
これ以上触れられても困る、といった播凰の様子を見兼ねてか、ジュクーシャが助け舟を出した。
それに同意しつつも、万音はチラとコメントを見やる。
・スパチャ:もっと買っていーよ♡ \20000
・スパチャ:いっぱい買え \10000
・スパチャ:客将も配信して \5000
・コメント:予算はおいくら?
・コメント:足りてないならまだ投げられる
『客将へ集まった同情金から見ればまだ数本は余裕。とはいえ、無理に使い切るものでもなかろう。よって、次を最後とする』
・コメント:流石大魔王様
・コメント:まあ適当に買われるのもね
・コメント:ラストかー
・コメント:どういう系?
・コメント:音ゲー
・コメント:シミュレーションとか
・コメント:甘いな、あの大魔王だぞ?
『フハハハハッ、本命のとっておきというのは最後に来るというもの! 故に、泣いて喜べ客将、ラストはこの大魔王たる余のお墨付きにして至高の一本をくれてやる!』
お得意の高笑い。
至高の一本と聞いた播凰は興味津々に、お墨付きと聞いたジュクーシャは警戒するように。それぞれ万音の行動を見守る。
『これこそは、余をゲームという世界に足を踏み入れさせるきっかけとなった作品であり、制作に携わった人間には余が手ずから褒賞を与えるに値すると考えたほどの作品である。その名も――』
壮大な前振りと共に、満を持して登場したパッケージ。
溜めに溜めて出てきたそれを見た播凰とジュクーシャの目は点になった。
『――ロリっとスーパーパラダイス、だっ!!』
十人近い少女達が身を寄せ合ってこちらに手を差し出す絵に、口に出すのを憚るタイトル。
特にその少女というのが、言葉通り年も見た目も幼く。パッケージ隅にはひっそりと年齢制限の表記が。
これには流石の播凰もどんな内容かを想像できず、頭の中には疑問符が乱舞していた。
・コメント:ギャルゲーかい!
・コメント:しかもロリ特化
・コメント:ああ、登場人物は全員成人していますってやつか……
・コメント:絶対駄目
・コメント:恋愛するなら私として
・コメント:許さない
・コメント:お金返して
・コメント:さっきからちょくちょく出る客将ガチ勢はなんなの
・コメント:早くも名物化したな
・コメント:名物リスナーっていえば、アレを今日見てないな
『全く、これを置いているとはここの店主も中々やるではないか! そのセンス、大魔王たるこの余が認めてやろう! そもそも、これを批判する愚物共には憐れみすら覚える。鈴香たんの健気さや、雪たんの儚さを理解できぬとは。なんといっても余の推しは――』
「……?」
「聞いてはいけません、耳が腐ります」
饒舌となった万音を前に、首を傾げるしかなかった播凰であるが。
両手の塞がっていた彼の耳を、すっとジュクーシャが塞いだ。その目はまるで汚物でも見るように、推しのキャラクターについて喋りまくる万音を見ている。
「さぁ、お会計を済ませてしまいましょう」
そしてそのまま配下――もといリスナー達の反応を気にすることなく、幼女の素晴らしさについて語る万音をその場に残し。後ろから耳を塞いだまま、播凰を伴ってジュクーシャはレジに立つ店主の中年男性に近づき、精算。
ちなみに、先程の駄菓子屋の折に財布係としても任命されていたため、お金はそこからの支払いだったりする。
『――フハハハハッ、故にこのロリっとスーパーパラダイスは、神ゲーなのだ! 余からすれば神などどうでもよい存在だが、こればっかりは称えてやろう。さて、客将よ。このゲームの素晴らしさを理解したのなら、会計を――』
『それはもう済ませました。迷惑がかかりますから、次のお店に向かいましょう』
・コメント:確かに、こんな客いたら即店出るレベル
・コメント:常識人従者
・コメント:まともな奴いねーじゃねーか!
・コメント:結論、全員ヤバイ
ジュクーシャが手にした紙袋を見て状況を察したのか、万音は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
『仕方あるまい。今度、余のコレクションを貸してやろう』
『余計なお世話です!』
『貴様には言っておらん』
『そんなのは分かっています!』
万音の提案にジュクーシャが噛みつき、二人は肩を並べて店を後にする。
なんだかんだ、仲がいいじゃないか。そんなことを思いながら、播凰は両者の後ろに続くのだった。




