22話 魔王と覇王と勇者の商店街レビュー(駄菓子編)
――大魔王と客将が行く廃商店街 with 従者――
その配信は、恒例の高笑いと、リスナーによる困惑を以て始まった。
『フハハハハッ、余の配下共よ、会合の時間だ! 大魔王ディルニーンであるっ!』
・コメント:ネタじゃなかったのか……
・コメント:謎企画キター!!
・コメント:突然どうした
・コメント:アカウント乗っ取られたのかと思ってたわ
迎えた週末。
すっきりとした青空の下、大魔王ディルニーン――もとい万音と播凰の姿はリュミリエーラのある商店街の中ほどにあった。
万音の高笑いが商店街中に響くが、それを見咎める者もなければ眉を顰める者もない。なぜなら、休みの日中だというのに周囲にあるのは人の姿でなくシャッターが下りた建物ばかり。その中までもが無人かは別として、相変わらずの閑散具合であった。
「……くっ、何故このようなことに」
いや、一つだけ。
射殺さんばかりに圧の籠った、高笑いする男を睨む視線が一つ。
ぼそりと歯噛みしているのは、ジュクーシャ。
さて、完全に部外者というわけでもないが、少なくとも配信に関わりのないであろう彼女が何故こうしてここにいるのかというと。
・コメント:ところで、配信タイトルの従者というのは?
・コメント:大魔王と客将は分かるんだが
・コメント:どなたですか
・コメント:激レアだからにわかは知らないだろうな。。
・コメント:嘘乙、確実に新キャラだゾ
『フハハハハッ、やはり気になるか! 余としては別に捨て置いても構わんのだが……聞かれたならば仕方あるまい。そら、余の配下達に挨拶でもするがよい、従者!!』
『…………』
『どうした、挨拶の一つもできぬのか? これだから、脳筋の女勇者という輩は困る。いや、元だったな、ハーッハッハッハッハ!!』
腹を抱えんばかりに笑う――しかし配信を流す端末を持つ手は殆どブレていないが――万音の姿に、ビキビキと青筋を立てながらも。ジュクーシャは引き攣らせながらもなんとかにこやかな笑みと声色を作り。
『ど、どうも皆さん初めまして……その、じ、従者と申します』
・コメント:女性の方?
・コメント:そういや女勇者がどうだとか言ってたな
・コメント:低めだけどカッコイイ声ね
・コメント:ワイには分かる、絶対美人や
・コメント:大魔王様、詳細プリーズ
姿は映していない。そしてライブ配信ではあるが、声はそのままでなく多少加工している。
そんなジュクーシャが名乗ると、彼女――従者という存在について触れるコメントが流れた。
『答えてやろう! 此奴は大魔王たる余に歯向かった愚か者であり――結果、無様に敗北した元女勇者。殺せなどと喚いたが、従者として生かし余に逆らえぬようにしてやったのだ。どうだ、余は寛大であろう? フハハハハッ!!』
『くっ……!』
怒りからか、或いは羞恥から赤面するジュクーシャであるが、その口から否定の声は出ない。
では、万音の発現が真実であるかというと――真実ではないが完全に嘘でもなかったりする。
事の発端は、配信にジュクーシャが同行する意思を示したことであった。
といっても彼女としては参加するという意味ではなく、あくまでも裏方として。ある意味何かをしてしまいかねない播凰の心配と、ある意味何かをしでかしかねない万音の監視。声を出さずで成り行きを見守り、しかし何かあった時のためにいるつもりであったのだが。
そこに、万音の注文が入った。
――余の考えた設定のキャラクターで配信に出るのであれば、同行を許してやろう。
それを聞いたジュクーシャは大いに悩んだ。
配信に出る、というのもそうなのだが。その上、万音の考えたキャラクター。どう考えても碌でもないものを考えるに違いないとその時点で断言できる。
だが、そうでもしないと許可をしないという。
どうにか譲歩を引き出させようとし、しかし万音は頑として譲らず。
今回の配信はただの配信ではなく、リュミリエーラの命運を左右するかもしれないもの。変に暴走され、逆に商店街の、お店の評判を下げられては目も当てられない。となれば、何かあった時のためのストッパー、人員が必要となる。
ジュクーシャとて、世話になっている店とその女店主――ゆりのため力になりたいという思いはあるのだ。播凰に任せきりでは申し訳なく、歯痒くもあった。
悩みに悩み、苦渋の末に決断した結果――。
・コメント:なるほど、くっ殺系か
・コメント:控えめに言って大好物です
――予想通り、変なキャラ付けをされたのである。
恥ずかしさのあまりプルプルと身を震わすジュクーシャを横に、万音は播凰へと話を振る。
『そして客将である。そら、名乗るがよい』
『うむ、私は客将だ! 今日はよろしく頼むぞ!』
・コメント:キャー、客将様ー!!
・コメント:出たわね
・コメント:つまり三人いると
・コメント:だけど姿があるのは大魔王様のみ……妙だな
・コメント:客将きゅんの立ち絵はまだですかーっ!?
同じく、声だけではあるが客将――もとい播凰の登場に、コメントの勢いが加速する。
本人はあまり気にしていない、というより単純に疎いだけだが。意外にもその存在は、大魔王ディルニーンのリスナーからは割と好意的に受け止められていたりしていた。批判というか否定的な意見がないというわけではないが、先日のゲーム配信の天然さと初心者丸出し感が何気にウケているんじゃないか、というのが矢尾の分析の結果である。
『ククッ、流石は余の配下達、よい指摘だ。……オホン、客将の姿は余のママ――えりくさーたんによって、鋭意制作中であるっ!』
『む? 私がどうしたと?』
・コメント:客将の本格参戦ktkr
・コメント:わーい!
・コメント:パチパチパチ
・コメント:おい、本人分かってねえぞ
コメントを受け、万音が含み笑いをしつつ、播凰の――客将の絵の準備が進んでいることを告げる。
だが、客将イコール自分、と辛うじて認識している程度の播凰である。客将という単語に反応したはよいものの、話を理解していない。
もっとも――。
『だから、余のママたるえりくさーたんが、貴様を描いてくれると言っているのだ! 感謝するがよい!!』
『ほう、大魔王の母君か? して、私を描いてどうするのだ』
『どうもこうもないわ、戯けが! ともかく貴様は、ママに礼を言えばよいのだ! 詳しい話は後日してやる』
『ふむ。よく分からぬが、感謝するぞ、大魔王の母君よ』
――説明されても尚、理解できないでいるのだが。
・えりくさー:あはは、本人には話してなかったのかな。よろしくね客将さん
・コメント:えりくさーさんもようみとる
・コメント:これにはママも苦笑い
・コメント:コイツわざとやってんじゃねえだろうな
・コメント:これは多分大魔王が悪い
言われるがままに礼を述べれば、コメントにそのママが現れる。
当然、播凰と面識はなく、これがファーストコンタクトもどきとなったわけだが……大人の対応というか、なんというか。
『オホン、それでは気を取り直して今回の企画の説明といこう。余達は今、寂れに寂れた商店街と呼べるかも怪しい場所にいる。そこで開いている店に入る、以上だ』
・コメント:???
・コメント:辛辣ぅ!
・コメント:なぜそうなった
・コメント:謎すぎるwww
『ちなみに場所は伏せさせてもらう。配信中に興味本位の余の配下に来られても困るのでな。配信後に情報を出す故、気の向いた者は後日にでも訪れてみるがよい』
では行くぞ、という万音の一言で一行は商店街を進む。
右を見ても左を見ても、下りているシャッター。
コメントでも、最近見るだの近くでは見ないだの、所謂シャッター商店街について言及されている。
配信としては致命的に地味な絵面だが、それほど間を置かず一行は開いている一軒目の前に辿り着いた。
「はい、いらっしゃい」
「フハハハハッ、約束通り邪魔するぞ、駄菓子屋の店主よ」
「……えぇと、何の話だったかねぇ」
「店内を撮影し、配信に使う件だ」
「ああ、そうそう、ビデオ撮影したいっていう子達だね。はいはい、どうぞどうぞ」
出迎えたのは、この駄菓子屋を経営しているお婆ちゃん店主。
テレビを見ながらレジに腰掛け、入って来た三人に気付いて声をかけてくる。
会話から分かる通り、ちゃんと事前に撮影許可はとっており抜かりはない。商店街繋がりでゆりに間に入ってもらったため、交渉は結構すんなり通ったのだ。もっとも、ジェネレーションギャップというべきか、ライブ配信についてちゃんと理解しているかは怪しいが。
・コメント:駄菓子屋か、懐かしいな
・コメント:子供の頃はよく行ってたけど、やっぱ大人になるとねぇ
・コメント:流石に許可はとってあるのね。安心した
・コメント:ちゃんとモザイクもかかってるし
・コメント:意外と大魔王様はそのへんちゃんとしてるからな
『フハハハハッ、当然であろう! では早速だが客将、好きに買ってくるがいい。ちなみに予算は300円以内とする』
『む、了解だ!』
『そして従者よ、貴様には余の好みそうなものを選び、献上する権利をやろう。泣いて喜ぶがいい』
『……何故、私がそのようなことを。それに貴方はどうするのです?』
『フン、そんなの貴様が従者だからに決まっておろう、さっさと行け。それと余は採点者だ、貴様達の選んだ駄菓子のセンスを評価してやろう』
『くっ……不覚です』
喜々として播凰が、渋々とジュクーシャが、それぞれ商品の陳列された棚に向かっていく。
・コメント:駄菓子映して
・コメント:もっと商品棚に寄ってください
・コメント:大魔王様は選ばないの?
・コメント:何があるか分からないと評価できないと思う
・コメント:私も評価するー
『ふむ、一理あるな。いいだろう、配下達も審査員としてやろうではないか』
リスナーの意見に鷹揚に頷き、万音もまた端末を手に商品棚に近づいていった。
――それから、数分後のことである。
『……貴様達は一体何を考えているのだ?』
・コメント:これは大草原不可避
・コメント:www
・コメント:珍しく大魔王様がキレていらっしゃる
・コメント:いやまあ、ね……
呆れとも怒りともとれる万音の声。それに同調するように流れるコメント。
『まず客将、なんだそれは?』
『うむ――飛行機の玩具と、くじで当たった玩具だ!!』
『そんなものは見れば分かるわ! 肝心の駄菓子はどうした!?』
『お金が足りなかった!』
堂々と胸を張る播凰が選んできたのは、発泡スチロール製の組み立て式飛行機の玩具と、くじを引いて当たった玩具の銃。
最初こそ興味津々に駄菓子を吟味していたのだが。飛行機を発見するや否や目を輝かせ、更に近くにあったくじの箱とそのシステムをお婆ちゃん店主に説明してもらい、即決。
飛行機が100円、くじが200円の、締めて300円ピッタリである。
・コメント:その飛行機懐かしすぎる
・コメント:いやまあ、商品は商品だけどさあ
・コメント:しれっとくじで大当たり枠当ててて草
・コメント:子供か
・コメント:計算できてえらい
『そして従者、貴様にはこう言ったはずだな。余の好みそうなものを選び、献上せよと』
『…………』
すっと気まずそうに視線を逸らすジュクーシャが買ってきたのは、一応駄菓子ではあった。
だが――3つに1つが超酸っぱいガムや梅に始まる酸っぱい系が数種。加え、激辛スナック、わさび味、果ては激辛ペペロンチーノといった辛い系が数種。以上である。
それが果たして真剣に選んだのか、はたまた嫌がらせで選んだのかは当人のみが知る。
・コメント:この偏りよ
・コメント:罰ゲーム用かな?
・コメント:いや、悪くは無いんだけどね。それぞれ単品だけで見れば
・コメント:口内アンハッピーセット
『全く。画面映えする買い物一つできんのか、貴様達は』
個人の買い物ならまだしも、駄菓子屋紹介というのを前提にすれば、両者のチョイスは不合格、落第も落第ものだ。
煽りではなく、珍しく本気で溜息を吐く彼は新鮮なのか。感心に驚きと、コメントでもそれを指摘する声が多数。
『――仕方あるまい。ここは余が、王者に相応しい駄菓子を選んできてやろうではないか。配下達、余も含め勝者の名を挙げるがよい』
二人の買い物を待っている間にリスナーと共に商品を見ていたこともあってか、万音は手早く選び購入を済ませると、数分と経たずに戻って来た。
・コメント:うーん、これは魔王様
・コメント:大魔王様に一票
・コメント:同じく魔王
・コメント:大魔王一択
・コメント:順当というか無難に魔王様
未だ根強い人気を誇るスナック、ドーナツ型のマーブルチョコ、フルーツ味のフーセンガム等々。
これぞ駄菓子、と言わんばかりにリスナーの子供心をくすぐるチョイスに、コメントは魔王一色。
『当然の結果だな。呆れて笑う気も起こらんわ』
『くっ、魔王に負けるなど……殺してください』
『ふむぅ、この飛行機は格好いいと思うのだが……ぬ、もしや、完成していないから悪いのではないか? どれどれ、まずは――』
『組み立て始めるな! 自由か、貴様は!』
見えていた結果に憮然とする万音に、素でくっ殺ムーブを見せるジュクーシャ。負けたのは飛行機の魅力が伝わっていないためと考えて作り始める播凰。
そのカオスな状況に一石を投じる――いや、加速させるように。
・スパチャ:客将きゅん! \50000
・スパチャ:客将はんで \10000
・コメント:えぇ……
・コメント:客将ガチ勢だ!
・コメント:草
・コメント:俺は辛党だから従者を推すぜ!
・コメント:魔王様はド定番すぎて逆にね
所謂ガチ勢の発生に、尖った従者のチョイスを選ぶコメントと、評価が入り乱れる。
コメントが各々好き勝手言い始める中。
『ここはどうすればよいのだ?』
『ええっと、こうでしょうか。そしてこのパーツを合せれば、完成です』
『助かったぞ! む、これはなんだろうか?』
『説明によると、飛行機を飛ばすためのものみたいですね。ここに引っかけて放せば、綺麗に飛ぶのかと』
『よし、早速飛ばしてみよう!』
そう複雑な造りでもないので――それでもジュクーシャに手伝ってもらったが――すぐに飛行機を完成させた播凰は、颯爽と店の外へ駆け出していった。
こうなれば段取りも何もあったものではない。仕方なしに万音も店外に足を向け、ジュクーシャもそれに続く。
ちなみに人物を映す際は顔をメインにモザイクをかけるように設定してあり、それは万音達自身も例外ではない。声も姿も加工しているので、一応の身バレ対策とはなっているのだ。
店の外に出れば、付属品に飛行機本体を引っかけ、パチンコの要領で構えた播凰の全身が配信に映る。
やがて飛行機はその手から離れ、商店街の空を舞い上がって進み――。
『『…………』』
『うーむ、落ちてこぬな。これは困った』
――建物のでっぱりに引っかかった。
一投目から、まさかの事故発生。見えてはいるのだが、完全に引っかかったようで地面に落ちてこない。
・コメント:www
・コメント:やっちゃったな
・コメント:まあこれだけ障害物もあるとねえ
・コメント:流石客将
・コメント:客将きゅん可愛い
・コメント:本当にあの凄い動きしてたドラゴンの時のと同一人物か?
『……ええい、取るのは後だ! もうよい、次の店に行くぞ!』
もはやしっちゃかめっちゃか。仕切り直すには次に進むしかないと判断を下し。
名残惜しそうに飛行機を見る播凰と苦笑いのジュクーシャを伴い、万音は一旦駄菓子屋の店内に戻る。
が、購入した三人分の駄菓子――なお一人は玩具のみだが――を見てふと気付いたように。
『折角駄菓子屋に来たというのに、何も食べておらぬではないか! ……ああ、これなら丁度よいな。そら、一つ選んで食べよ』
駄菓子屋に来てそれを食べないのはいかがなものかと、一つ手に取り袋を開ける。
差し出されたのは、3つ入りのガム。ジュクーシャの購入した、1つが超酸っぱいガムだ。
・コメント:常識人大魔王
・コメント:魔王様が魔王してる……
・コメント:というか、他二人が
・コメント:最初は従者が常識人枠かと思ったけど
・コメント:取り敢えず客将がフリーダムすぎる
『酸っぱいものを食べた者が外れだ。その者は罰として、此度の配信における荷物持ちに命じる。全員分の駄菓子……と玩具を持つのだ』
『よし、真ん中を選ぶぞ!』
『……では左で』
『余が右だな』
真ん中が客将、左が従者、右が魔王。
一斉にグレープ味のそれを口に含んだ三人であったが。
『……っ!』
『フハハハハッ、やはり従者は従者ということか! 荷物持ちは従者に決定である!』
酸っぱいもの――即ち外れを引いたのはジュクーシャ。
分かりやすすぎるほどに反応した彼女に、万音は高笑いして一まとめにした駄菓子の袋を押し付ける。
「さて、騒々しくしてすまなかったな、店主よ。協力、感謝する」
「いいえ、久しぶりにお店の中が賑やかになって嬉しかったよ。ありがとうね」
一行が駄菓子屋に入ってから、他の客が来たわけではない。
それでも万音が非礼を述べれば、お婆ちゃん店主は朗らかに笑った。
・コメント:あったけぇなぁ
・コメント:っぱ駄菓子屋といえばお婆ちゃんよな
・コメント:そういえば、よく行ってたとこは時々おまけとかしてくれたっけ
・コメント:久しぶりに行ってみっか
・コメント:今度子供と一緒に行くわ
そうして駄菓子屋を出た一行は、次の店である玩具屋へと向かうのであった。
尚、駄菓子センスの勝者は結局有耶無耶のままである。




