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16話 三狭間播凰の待望の一日(5)

()を意識……?」


 小貫の言葉に、しかし播凰は頭を捻るしかない。

 何故なら、抽象的だからだ。これが例えば火や水など、実体があり、見たこともあり。具体的に脳裏にイメージできるものであれば、まだ多少なりとも意識できようものであったが。


 しかし、覇である。

 実体を伴い、目に見えるかとなれば首を傾げざるを得ない。その一字としてならばともかく、覇そのものとなれば到底、意識しろと言われてできるものではない。

 そも、覇とはなんであるか。少なくとも今の播凰にその答えは無かった。


 だが、分からないものは分からず。いつまでも考えていても仕方ない。

 それに今は戦いである。

 小難しいことを考えながら動くのはらしくない、と播凰は頭を軽く振り、小貫に挑みかかった。


「……ゆくぞっ!」


 今に始まったことではないが、天能術を使えない以上、播凰には接近戦しか選択肢が無い。

 それ故に床を蹴り、一息に小貫へと小細工なしに真正面から接近し、杖を振り上げる。


 ――ガキィンッ!!


 火花が散り、甲高い衝突音が室内に響き渡った。


「んんっ!?」


 一拍遅れ、力の籠った小貫の声が続く。

 彼女の手に握られているのは、独特の形状をした天能武装だった。小刀のようではあるが、それとはまた明確に異なる。持ち手である柄を中心として、その左右両端から槍状の刃が突き出た形は、まるで二振りの小刀が一つに合わさったよう。


 ――独鈷杵(どっこしょ)

 金剛杵(こんごうしょ)の一つにして、仏具の一種。小貫の天能武装は、そう呼ばれる類のものであり。

 その片方の刃が、播凰の杖を受け止めていた。


「……こりゃあ、あんま余裕ぶちかましてる場合とちゃうかもなぁっ!」


 ギリギリと、今のところ互いの天能武装は拮抗している。しかし両者の差は歴然。涼しい顔で余裕のある播凰に対し、小貫は歯を食いしばるほどに力を籠めているのが分かる。

 一応彼女を擁護するのであれば。両手持ちでリーチのある杖を振るう播凰とは違い、片手持ち。体格的にも播凰の方が勝っているため、単純な力比べでは分が悪いという点があるにはある。


 とはいえ表情の通り、播凰は全力で杖を振るったわけではなかった。

 なにせ、受け取ったばかりの新品だ。部類としては杖も近接武器ではあるため本来の用途から逸脱しているというわけでもないが、初日から壊してしまっては元も子もない。

 そうでなくとも、大抵の物は己の全力に耐えられないであろうことを、播凰は身を以て知っていたのだ。そしてそれは、物ばかりでなく――生物、即ち人間も含まれる。


 ギィン、となんとか播凰の杖を受け流すようにした小貫は、大きく飛び退って距離を取り。


「……いやー、焦った焦った。天能術も無しに、生身の、それも普通の学生が出していいパワーとスピードちゃうで」


 額を拭うような仕草をした後、おどけたように独り言ちる。


「うむ、さほど違和感はないな」


 対して播凰は、己の手中にある天能武装を見ていた。

 受け取ったその場で軽く振るいはしたものの、打ち合うとなるとまた話は別。

 けれど感触はまずまずで、一先ず武器としては扱いに苦労するということはなさそうであった。


「アカン、ちぃっと甘く見とったわ。単純な力比べだと、素のウチ(・・・・)じゃかなり分が悪そうや」

「ふむ。ならば、どうする?」


 たはは、と頭を掻く小貫に、播凰が悠然と問いかける。

 それを受けて、彼女は右手の天能武装を構えなおすと。


「そやなぁ。ほんなら、次はこっちから攻めさせてもらおかっ!」


 待ちの姿勢から一転、今度は小貫が播凰に向かってくる。

 体勢を低くして――元々小柄なのはさておき――最短で一直線に。

 余計な行動をしていない分、数秒とかかることなくあっさりと彼我の距離は詰められた。

 下から上へと浮き上がるように小貫が上体を起こし、視界の外側から白刃が播凰へと迫りくる。


 先程とは逆の立ち位置。

 切り上げられた刃を播凰の杖が受け止め、乾いた金属音が鳴る。

 が、最初の交差よりもその音は非常に軽いものであった。


 初撃が受け止められたのを見るや否や、小貫はそれ以上押し込まずに。間もなく、残ったもう片方の刃が突き出され、播凰を襲う。


 殊、連撃に関しては、小貫の持つ独鈷杵というのは通常の刀よりも形状的に優れている。

 なにせただの刀であれば、連続して攻撃を行うには、一度振った刃を引き戻して再度繰り出さなければならない。つまり二手を放つ際には確実に、そのアクション(引き戻し)を行うためだけの時間が生じる。

 だが独鈷杵の場合は違う。両端にある刃はそれぞれ独立したものであり、片方が一時的に死んだとしても、もう片方は活きている。わざわざ防がれた方を利用せずとも、手首の使い方次第では引き戻すことなく残りの刃から攻撃ができるわけだ。


「そらそらそらぁっ!!」


 そしてそれは単なる二撃に留まらず、三撃、四撃とやりようによっては一方的に繋げることも可能。

 短い刀身も合わさり、小回りが利き機動力に長けている反面、重さや威力は幾分か落ちるものの。その手数や速さは充分な脅威となる。


 キン、キン、キィン! と連続して響く音。

 それは小貫が間を置くことなく攻め立てたことの証左であり。同時に、播凰が猛攻と評すべき剣閃を捌ききったという意味でもあった。


 その最中、一瞬だけ両者の顔――視線が交わる。

 打ち合っているというのに、互いに口元は緩み。戦闘狂の気がある播凰は勿論、防がれた側であるはずの小貫も、声こそ出ていないものの楽しむように笑っていた。


 とはいえ、このままでは千日手。素早い攻撃とはいえ、今の単調なリズムでは播凰の守りを崩せないと薄々感じ取ったのだろう。

 二つの刀身を操っていた小貫のその手が、一瞬止まった。

 攻めあぐねた故の、無意識さが招いた行動か。ともかく、それは守勢に回っていた播凰からすれば攻撃に転じるチャンスであり。


「はっ!」


 それを見逃さなかった播凰は、杖を横薙ぎに振るった。


 が、しかし。或いは、それは攻撃の誘発であったのだろう。


 ――ダンッ!


 剣戟の交差の終わりは、しかし束の間の静寂の訪れではなく。

 響くは、打って変わって全く別種の重苦しい音。

 瞬間、播凰の眼前から小貫の姿が消え、杖は手応えなく空を切る。


 当然、のろのろと視界から外れていったというわけではない。

 播凰からの一撃を避け、下手な瞬き一つの間には消失している程度の動き。つまり速いか遅いかで言えば、速く。

 加え、攻撃を仕掛けた上に空振ったという大きな隙も相俟って、人によっては容易くその姿を見失っただろう。


 しかし播凰は慌てずに、すっと視線を頭上を移した。

 彼には見えていたのだ。小貫が、踏み抜かんばかりの勢いで床を力強く蹴ったのを。そして――。


「あっちゃあ、これも通らんか?」


 その身が、空中から躍りかかってくることを。

 落下する勢いのまま繰り出されるは、踵落とし。その身を宙に置きながらも播凰と視線が合った彼女は、当然のように動きについてこられたことを悟り、気の抜けるような声を上げる。

 だが、そんな軽い声とは裏腹に、その一撃は決して軽くなく。

 まともに喰らえば地面に叩きつけられそうなそれを、播凰は天能武装を手にしていない方の腕を持ち上げ、防御の構えに入った。


「固っ!? ……いやいや、どんな体してんねんっ!」


 小貫が驚き、思わず突っ込みを入れるのも無理はない。

 彼女からしてみれば、蹴りを通して伝わったのは、まるで人体を相手にしているとは思えない感触だったからだ。これが、天能術を用いて身体を強化しているのならまだ分かる。しかし、相手が術を使っていない――正確に言えば使えない――のは純然たる事実。

 無論、鍛えに鍛えた熟練の実力者クラスであれば、生身であっても人間離れしている肉体強度は不思議ではない。実際、そういう類の人間を彼女は知っていた。

 けれども、相手は男ではあるが自身よりも年若い学生。全力でこそないとはいえ、小貫も日夜鍛錬を行っている身であり。


「ふんっ!」


 しかし、播凰は当たり前のようにそれを受け止めた。

 それも、揺らぐ、揺らがないどころの話ではない。

 強烈な踵落としを受けたというのに、僅かとも体勢を崩すことなく。むしろただの腕の一本で受け止め、振り払うことで小貫の身体を弾き飛ばしたのだ。


 だが小貫もただやられたわけではなく、空中でその身をくるりと一回転させ、軽やかな身のこなしで危なげなく足先から着地する。



「――す、凄いっす。あの播凰さん相手に……」


 そんな両者の一連の様子を離れて見ていた毅が、ポツリと零した。

 毅からすれば、だ。

 天能術こそ使えないものの――いや、使えないのに同学年とはいえ成績上位の矢尾を圧倒し、その上ドラゴンをも圧倒し。言葉通りの化け物じみた播凰の力を目の当たりにしているため、彼とやり合えている小貫は先程の一件もあって毅の中では畏怖せざるをえない相手となっていた。

 戦う二人は未だどちらも余力を残している状況なのだが、毅は既になんとか目で追うのがやっと。


「……何を言っているのですか、晩石。逆です、加減しているとはいえ、夏美の動きについていける三狭間がおかしいのです」


 そんな毅の呟きに、同じく傍らに立っていた紫藤が反応した。

 えっ、と毅が振り返れば、彼女は戦う二人の方を見たまま、難しい顔をしている。

 ただでさえ怜悧で怖い印象のある紫藤のそんな表情に、毅はゴクリと喉を鳴らし。


「え、えっと、あの方――小貫さんはそんなに強い方なんですか? ……あ、もっ、勿論、卒業生というのは聞いたっすから、凄いのは分かってるんすけど……」


 恐る恐る、言葉を選んでその横顔に問いかける。

 直視でもされていたら分かったものではなかったが、未だ紫藤の視線、意識は小貫と播凰に向けられており。だからこそ、及び腰ながらも毅はその問いを絞り出すことができた。

 すると紫藤は、即答せずに少し考えるような素振りを見せはしたが。


「……本人が先程少し口にしていましたが。夏美は、天能術の関わる事件の犯人、並びに犯罪組織を相手とする立場。荒事には慣れており、戦闘スキルは高い。変に隠す必要もないので言ってしまいますが――」


 一呼吸を置いて紡がれた言葉は、毅に多大なる驚きと、同時に納得をもたらすのに充分であった。


「――彼女、小貫夏美は天対(てんたい)の人間です」

「天、対……ええっ!? あの天対のっ!?」


 ――正式には、天能術を用いた重犯罪対応特殊部隊。通称、天対。


 通常、犯罪は犯罪でも、天能術の関わらないものだったり、天能術の関与が疑われてもさして大事には発展しない――即ち軽犯罪にあたる――と判断された類の事件は、警察の管轄となる。

 しかし、天能術という存在により、警察をして立ち入れない領域にある事件が起こることは、日常的でこそないが極めて珍しいというわけではない。

 下級の術一つをとって、普通の人間からすれば尋常な力ではないのが天能術。加え、その種類も様々。仮にその実力者が騒ぎを起こした場合、ただの武装した警官が何人集まったところで――無論、両サイドの程度にもよるが――鎮圧は困難、乃至は不可能なのが現実。


 一応言っておくと、警察の人間にも天能術が使用できる者はいるだろう。が、それはあくまで使えるだけという話。天能術に長けた犯罪者を相手とするには心もとない。

 故に、警察では対応できず、その領域に特化した組織こそ、天対。

 言うまでもなく、天能術を扱うエキスパート達。東方第一を含む、名門と呼ばれる学園の卒業生とて、易々と所属できる場所ではないとされている。


「そこで無反応でない程度には、君が物を知っていて安心しました。三狭間であれば――いえ、これ以上は止めておきましょう」


 口にしてありありとその情景が脳裏に浮かんだのか、紫藤は嘆息して言葉を打ち切る。

 と、ここまで前を向いていた紫藤が、急に毅を振り返った。


「それはともかく、ええ、丁度いい機会です。晩石、君とは一度直接話す必要があると考えていました」


 必然、彼女の横顔を見ていた毅は目が合う形となり、身を硬くする。

 二人のぶつかりを見て暫くは目を離しても大丈夫と判断したのか、はたまたこれ以上現実として認識したくなくなったのか。

 どちらにせよ、黒い瞳から感情を読み取る余裕など毅には無い。


「あちらはあちらで問題――今日のこともあって、更なる大問題を抱えることとなりましたが。それとは別の意味で、君にも問題があると言わざるを得ません」

「……っ」

「君自身も理解、そうでなくとも薄々気付いていることとは思いますが。成績下位者のH組の中でも君は劣っています」


 直球な言い回しに、息を呑む。

 元より、変に嘘をつく人物ではない。淡々と、紫藤は教師として、事実を彼に突き付ける。


「彼女に――夏美に、何と言われたか君は覚えていますか?」


 ――ホンマに東方第一の生徒なんよな?


 忘れるわけもない。東方第一を制服を着ているのにも関わらず、そう投げかけられた。

 万に一つとして、彼女が制服を知らないのであればそれも通らなくはないが。だが、小貫は卒業生だ。男女でデザインが大きく異なるわけでもない。自分が通っていた学園の制服を忘れるなんてことはないだろう。


「良くも悪くも、夏美は歯に衣着せない物言いをします。もっとも、彼女はあれ以上強くは言いませんでしたが……はっきり言ってしまうと、それが実力ある外部の人間から見た君の評価です。いえ、内部の人間でも見ただけで分かる人には分かりますし、それは君と同じ立場であるはずの他生徒、特に上級生や上位クラスの生徒も例外ではありません」


 ――弱すぎるな、お前。中等部の方がまだましなんじゃねぇか?


 それも心当たりはあった。矢尾から言われた言葉。

 その後に謝罪は受けたものの、天能術に関しては変わらず駄目だしをされた。


「率直に言ってしまいましょう。君は本来、本学園に入学できるだけの実力はなかった。いえ、今も有していないと言った方がいいでしょう」

「……っ!」


 突き放すような言葉に、歯噛みする。

 言われるまでもなく、分かっていた。痛感していた。

 播凰と仲違い――否、彼を避けたのだってそれが原因でもあった。ドラゴン騒ぎがあり、色々と有耶無耶になったが、その事実はまだ変わりないのだ。


「ですから、君には――」


 直接話す必要がある、と先程紫藤は言った。そして、この話の方向性。

 薄ら寒い、嫌な予感が毅の心を震わせる。


 ――退学。

 その二字が、脳裏を過り。


「――今後は三狭間と共に、放課後は私の補習、というより指導を受けてもらいます」

「……へ?」


 だからこそ、思わぬ提案に相手があの紫藤であるということも忘れ、ポカンと間抜け面を晒した。

 そんな毅に、紫藤は眉根を寄せつつ眼鏡をクイ、と持ち上げる。


「へ、ではありません。不服ですか?」

「い、いえ、滅相もないっす! よ、よろしくお願いしまっす!」


 ピシッ、と姿勢を正し両腕を下に真っすぐ伸ばした毅は、声を張り上げる。

 そんな毅に、紫藤は一つ頷くと。


「思うところがないわけではありませんが、しかし学園長は君達の――君の(・・)資質を認めました。であれば、努々それを裏切らないよう、頑張りなさい」


 最後にそう結んで、彼女はその視線を部屋中央の播凰達に戻す。

 それは普段の冷静な声色でありながらも、どこか温かみのある声に毅は感じた。

組織名はちょっと微妙に思ってるのですが……いいのが考え付かない。。

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