12話 三狭間播凰の待望の一日(1)
昼近くに厳蔵の元へ天能武装を受け取りに行き、そのまま午後は学園に向かい紫藤及び件の人物と会う。
それが、この日の播凰のスケジュールであった。なお、紫藤からの連絡にあったように毅に声をかけてみれば、予定は空いているということで快諾。
彼も彼で播凰の新しい天能武装や天能の性質に興味があるらしく、行動を共にすることとなった。
「いざ、行かん!」
時は来た、と意気揚々と出発しようとする播凰。テンションの高い播凰に苦笑しつつ、それに続く毅。
すると最強荘の敷地内、門へと行くまでのところで、箒を手に掃除をしている管理人と出会う。
「こんにちはー。三狭間さんに晩石さんー」
箒を動かす手を止め、ニコニコと二人に挨拶する管理人。
「こんにちはっす、管理人さん」
「うむ。こんにちはだ、管理人殿! 掃除、ご苦労である!」
二人もそれぞれ言葉を返せば、管理人は笑みを湛えたままじっと播凰を見つめ。
「ほほぅー、三狭間さんはいつにもましてご機嫌ですねー。よいことでもありましたかー?」
「おお、分かるか!? 実は、ようやく天能術が使えそうでな。昨日は中々眠る事ができなかったほどだ!」
天候も晴天であれば、播凰の心も晴天。
なにせ待ち望んでいた知らせだ、興奮するなという方が無理というもの。それが三狭間播凰という少年なら尚更であった。
「それはよかったですねー。お祝いですねー、ケーキですねー」
箒を小脇に抱え、パチパチと拍手をしながらのほほんと言う管理人。
だが自分の言った言葉で何やら思い出したのか。そうそう、と切り出した。
「そういえばお二人共ー、四柳さんの働くお店――リュミリエーラに行かれたそうですねー」
「うむ、行ったな! 誠に美味であった!」
「ですねー。私もあそこのデザートは大好きなのですよー」
「そういえば、管理人さんが時々来るってあそこの店長さんも言ってたっすね」
和やかに、リュミリエーラについて語り合う。
食事もそうだが、特にその後に食した甘味――チョコレートケーキを思い出し、頬を緩める播凰。
だが、その顔にふっと影が差す。
「……しかし、どうも客足が悪いらしくてな。このままでは店を続けていくのが難しくなるようなのだ」
「そうなのですかー。それは残念ですねー」
「うむ、実に惜しい。なんとかならぬものか」
「お味は間違いないのですがねー。とはいえどれだけ良い物でも、知られないことには新しいお客さんも来ないですからー」
畢竟、それが問題なのである。
いや、例の嫌がらせとやらも影響はあるのだろうが、ただでさえ客が遠のき存在感が薄くなり寂れつつある商店街。
新規の客が来る要素はなく、既存の客もいつまでも来るとは限らない。
下手な宣伝をうったところで、それが成功に繋がるかは確約されず。そもそもそれをするにもある程度の資金が必要というもの。
経営について特別明るいわけでもなく、かつ部外者でもある播凰達からすれば、歯噛みする思いはあるもののしかし何もできることはない。
辺莉は、学園の友達に声をかけてみると息巻いていたが、それも事態を好転させる要素とは成り得ないだろう。
表情と違わず、残念がる播凰。
対し、言葉と表情が合っておらず、変わらないニコニコ顔の管理人。本当に残念に思っているのかと、それを見ていた毅は少しばかり疑念を抱きつつも、播凰同様に店の事情を聞いていたため複雑な面持ちをしているが。
別段、播凰は管理人の様子を咎めることはなく。
「――おお、そうだ管理人殿。ついでに一つ聞いてもよいか?」
「なんでしょうかー」
「うむ、そのだな。……この世界に来た者は、皆、夢というものを持っているのだろうか?」
思い出したように、問う。
それは、喫茶店リュミリエーラにて店主のゆりとの会話の中で出てきた話題。
――『ケーキのお店で働くのが夢だったから、ですって』
ゆりに対して、四柳ジュクーシャが語ったという夢。
播凰には無いものだった。考えても浮かばないものであった。
そのことばかり考えているというわけでもないが、その単語を聞いたあの日から、播凰の心の片隅に引っかかり続けるもの。
それが同じような境遇の者にもあるのかが、ふと気になった。
「残念ながらー、住民の方々に関する個人的なお話にはお答えすることはできかねますー」
しかしながら、拒否。管理人は答えを口にすることなく首を横に振る。
「む、そうか。であれば構わ――」
「――ですがー、最強荘の一管理人として言わせていただくのであればー……」
最初こそ、問いに対して事実上の無回答の意思を示した管理人であったが。
彼女は播凰の反応を遮り、視線をずらして毅の方を見やる。
「晩石さんはどうでしょうー。夢はありますかー?」
「えっ、お、俺の夢っすか。そ、そうっすね……取り敢えず、東方第一を無事卒業して立派になること、っすかねえ」
唐突な質問に毅はきょどりつつも、頭をポリポリと掻いて若干気恥ずかしそうに言った。
それを聞いた管理人は、これといった反応をすることなく再び播凰へと視線を戻し。
「とまあー、そんな有るような無いようなぼんやりとした程度でもよいわけですー」
「ひどいっすっ!?」
聞いたくせに軽く流す、というか見方によってはむしろ馬鹿にしてる節すらあったわけで。
そのように扱われたことに毅はガーンと落ち込み項垂れるが、管理人は意にも介さず。
彼女は播凰に向かってゆっくりと歩いてきた。
そしてそのまま、互いの身体がくっつくかというギリギリのところまで近づくと。
「この世界に来て、異なる環境となったことで、大なり小なり新しい何かを得られることができるでしょうー。そしてそれはもしかすると良いことばかりではないのかもしれませんしー、ひょっとすると貴方という人間に些細な影響をも与えないかもしれませんー」
幼い見た目ながらもこの場所の管理者たる彼女は、播凰の顔をゆっくりと見上げ。
もはや見慣れた、しかしどこか慈愛を含んだような笑みを浮かべて言うのだった。
「それでも我々の誘いに乗った貴方ならば――いつか、その答えを見つけられるかもしれませんね」
――――――――
「おう、来たか三狭間の小僧。……なんだ、晩石の小僧もいるのか。まあいい、少しそこで待ってろ」
最強荘を出て、山中の厳蔵の家を訪れれば。
門のところで二人を出迎えた厳蔵はその場で待つように告げ、住居たる建物とは別の離れの小屋へと入っていく。
門からすぐ、正面の建物は母屋であるが、今しがた彼が向かったそこが鍛冶場であることを、播凰は知っていた。
「そら、コイツがオメエの天能武装だ」
暫くして戻って来た厳蔵が、手にしていた物を播凰へと突き出すように渡す。
主体の色は、陽光に煌めく銀色。杖の先端には、掌サイズぐらいの黒い鉱物のようなものが嵌め込まれ鈍い輝きを放っている。
それ以外に華美な装飾はなく、先端周りに多少の造形はあるが、シンプルといえばシンプルなデザイン。
「おお……」
手に持ったそれを、播凰はしげしげと眺める。
天能武装の形状としては杖を選んだ播凰であるが、その他一切に関しては厳蔵に一任していた。要するにおまかせである。
天能武装を購入、或いは作成依頼をする場合。
本来であれば、見た目や装飾、大きさといったデザインを選んだり、オーダーメイドの場合は使用者にあわせた調整もするらしいのだが、それを含めての一任。
これは、単純に播凰の知識が不足しており、専門家に任せた方がいいという意味合いもあったのだが。
……どんなものが出来上がるのか、楽しみではないか!
播凰の心理はこれに尽きる。
一々あれこれ指定するのは窮屈だし、何より楽しみがない。だからこその、鍛冶師任せ。
受け取った天能武装から感じるのは、金属特有の冷たさ。
不思議と手に馴染んでいる。ごてごてと派手なものでなく、シンプルなデザインなのも播凰好みであった。
「取り敢えず、かなり頑丈に造った。よっぽどの衝撃でも加わらなきゃビクともしねえはずだ。大きさにしても、一応は武器として振るうことができるのを想定してる。一応は、だがな」
「おお、それは助かる。すぐに壊れてしまっては困るからな。して、この黒いものはなんだろうか?」
杖術という括りがあるように、杖は武器としての側面も持つ。とはいえ、あまりそういった面で使うつもりはない播凰であったが、強度があるに越したことはない。
それより気になったのは、先端についているもの。不思議と見覚えのあるような気がするが。
「そいつはほれ、あれだ。あのドラゴン騒ぎの時の」
「ああ、折れてしまったあれか」
道理で、と頷きながら納得する。
何なのかは分かっていないが、恐らくドラゴンが現れたことと無関係ではないであろう、黒い物質。
厳蔵曰く、山で拾い気まぐれで鍛えて杖としたのだったか。ただ、矢尾に奪われ、最終的に折れてしまったが。
何でもないように言い放つ厳蔵に、大した反応なくするりと受け入れて頷く播凰。
だが、それに黙っていられなかったのは、今まで二人のやりとりを見守っていた毅である。
それまでは、はえーっと播凰の物となった杖を見ていた毅であったが、厳蔵の暴露にぎょっとして。
「……いやいやいやいや、あれっすか!? あんな危なそうなもの天能武装に使って、大丈夫なんすかっ!?」
「まあ大丈夫だろう。俺の見立てじゃ素材としては申し分ないし、あの時の変な感じもしねえ。試しで使ってみたが、存外悪くなくてな」
「ふむ、そうさな。悪くないというのは私も同意見だ」
「…………」
思わず口を挟んでしまったが、その不安も二人には伝わらず何のその。
こうなれば毅はもはや何も言えず、止めることもできなかった。もはや彼にできるのは、耳を塞いでの現実逃避のみ。
「話を続けるが、そいつには能力を一つ付与している。効果は、天能行使時の天能力の消費を軽減するってもんだ」
「ほう、能力を」
天能武装とは、ただの武器ではない。
その一例として挙げられるのが、能力付与。武器に対して様々な効果を与えることで、その使用者に恩恵をもたらすものだ。
ただしこれは、天能武装の鍛冶師――天能武装を作製できる見習いや学生を含め――の全員が全員できるものではないらしく。また能力付与をできる鍛冶師でも、付与できる効果の強弱や種類には個人差があるとのこと。
単純な鍛冶の技術もさることながら、天能武装に能力付与ができるか否か、できたとしてどのレベルの能力でいくつ付与できるか。その観点を以て、天能武装の鍛冶師としての腕が問われるとされている。
「他にも付与できなかったわけじゃないが、卓越した天能術の使い手でもねえならいくつ能力があったところで宝の持ち腐れだ。それに初めて天能武装を手にすんだから、まずはその程度のやつで慣れるところから始めた方がいい。最初から高性能な天能武装を使っても、あまりいいことねえしな」
「成る程」
「後はまあ杖のデザイン――というか色だが、それに関しては適当だ。よくあったりするのは、単純に好きな色だったり、自分の天能の性質の色に合わせる奴だったり、目立ちたいのか知らんが派手な色にする奴だったりだが。おまかせってんで、先っちょの黒に合いそうな色にしてる」
言われてみれば、全体的な色合いのバランスはいい。
大部分を占める銀は主張が控えめながら気品があり、先端の漆黒の存在感を損ねていない。
「言っとくのはこんなところか。まあ、取り敢えず使ってみろ。天能術は……まだ使えないんだったな。んじゃ、軽く振ってでもして手応えを確かめりゃあいい」
「手応えか。よし、試してみよう」
言われるがまま、播凰は二人から距離をとった。
そして、受け取った天能武装たる杖を僅かに振りかぶる。
――ズドォーーンッ!!
刹那、山が揺れた。
少なくとも毅はそう錯覚したし、その光景を見ていなかったら間違いなくそう信じただろう。
バサバサ、と一斉に木々から飛び立ち、鳴き声をあげながら去っていく鳥達。
異音としか表現できないその衝撃音はしばし留まるように木霊していたが、やがて完全に消える。
まるで何事もなかったかのように、数瞬後には山中は元の静けさを取り戻していた。
「「…………」」
とはいえ。
視線の先で、もうもうと立ち昇る土煙。
それが晴れれば、そこには地面に向けて杖を振り下ろした播凰の姿と、それを中心に陥没してまるでクレーターのようになった一帯。
毅は元より、これには流石の厳蔵も言葉が無いようで。
だが、そんな様子を気にした風もなく、播凰は二人の元に戻ってくる。
「うむ、長さも手頃で扱いやすそうだ。何より、少し力を入れてみたが壊れていないというのがよい」
「……そいつは重畳」
のほほんと天能武装の感想を述べる播凰に、一早く復活した厳蔵が答えた。
その声色には、隠すことない呆れが乗っていたのは言うまでもない。
しかし、次の瞬間にはいつもの調子に戻って。
「さっきも言ったが、そいつはオメエの経験や技量――つまりは天能術の使い手として未熟な奴が使うことを考慮して造った一品だ。なもんで、ハッキリ言っちまえば強度は別として、天能武装としての性能評価はそこそこってところか」
それでもそんじょそこらの鍛冶師が鍛えた天能武装に劣ることはねえが。
そう付け加えて、厳蔵は播凰に背を向ける。
「早い話、オレはそいつを造るのに手を抜いちゃいないが、全力も出してねえってこった。どんなに天能武装の性能が高かろうと、使いこなせねえなら意味が無く、むしろ成長の邪魔になりかねんからな」
そうして厳蔵は顔だけを振り返り、播凰を、そしてその手にある天能武装を一瞥し。
「三狭間の小僧。もしもオレが全力を出した天能武装が欲しいってんなら、認めさせることだ。このオレを――捧手厳蔵をな。そん時は、オレも本気で腕を振るってやる」
そう言い残して、用件は終わったと言外に告げるように厳蔵は家へと戻っていく。
二人が遠ざかるその背を見る中、やおら彼は片手をヒラヒラと振った。
「そんじゃ、これで受け渡しは完了だ。……晩石の小僧、後の面倒はオメエが見てやれ」
その最後の言葉を毅が身を以て理解するまで、後少し。
受け渡しはさらっとにするつもりが、意外と文字数かかってしまった。。
次で性質が判明! ただし……
それでは次話もよろしくお願いします。
 




