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1話 落伍者と管理人

主人公は覇王様ですが、別視点からスタートです。

「――お願いします、ここに住まわさせてくださぁぁいっっ!!」


 とある閑静な住宅地に、必死さの籠った懇願の声が響いた。

 その騒ぎの出元は、一軒のアパート。

 ボロボロではないが、かといって新築ともいえない白塗りの建物で、その傍らにはポツンと物置小屋のようなものがある。

 周囲は塀に囲まれており、敷地の入り口には、一応門――とはいっても誰にでも開けられる簡素なもの――もあり。

 ある一点(・・・・)を除けば、特筆すべきもののない、何の変哲もないアパートだ。


「お願いしますっ! お願いしますっ!」


 その、敷地内で。

 一人の男が、勢いよく何度も頭を下げていた。

 短髪、というよりは坊主頭に近い黒髪の、十代半ばほどの少年だ。


 それに対峙するは、彼の身長の頭二つ、三つ分低い程の大きさの女。

 全身もそうだがその外見――つまり顔つきも幼く、幼女というべきか、少女というべきか。

 彼女は、うーん、と考えるように人差し指を口元にやり、頭を上下させる少年をじっと見ている。


「まずはお名前を聞いてもよろしいですかー?」

「う、うすっ! 俺は、晩石(くれいし)(たけし)といいますっ!」

「ありがとうございますー。先程も言いましたけど、私はここの管理人ですー」

「うすっ! 管理人さん、よろしくお願いしますっ!」


 大多数の人間が、その発言を懐疑的にとるか、或いは微笑ましく見ることだろう。

 なぜなら、明らかに成人していないであろうその姿。

 単純に嘘か、背伸びした子供の挨拶か。受け取り方に違いはあれど、両者共通認識で、真実でないとするのが第一の反応として出ることだろう。


 だが、少年――毅は。疑うことなく頭を下げている。

 それをただの馬鹿とみるか、純粋とみるか。それは、さておき。


「おほんー。それでは、晩石さんー。こちらを――この最強荘(さいきょうそう)のことを、どちらでー?」


 少女――管理人が、その幼げな声と特徴的な間延びした話し方で、質問する。

 そう、名前だ。このありふれたアパートの外観において、唯一他と一線を画す点。

 白塗りの建物にでかでかと掲げられた、『最強荘』の文字。それが、ここの名前であった。


「チラシを見たっす!」

「ほうほう、住民から聞いたわけではないのですねー。……それにしても、あのチラシからですかー」


 ようやく頭を上下させることを止め、元気よく答える少年、毅。

 それに管理人の少女は、意外なものを見たかのように目を僅かに丸くする。


「うっす! カッコいいチラシでしたっす。あの、何か問題でも?」

「いえいえー……まさか、あのセンスの欠片も無いチラシで来る人がいるとはー」


 その反応に、毅は疑問符を浮かべたように首を傾げるが。

 管理人はにこやかに笑った後、顔を背けてぼそりと零す。

 しかしその声は毅には届かなかったようだった。


「こほんー。チラシを見られたということは、その条件(・・・・)について記載があったと思いますがー。改めてお伝えさせていただきますねー」


 何事もなかったように、顔を毅に戻して咳払いを一つ。

 管理人は左手をグーの形にして腕を上げると、言葉と共にピッと伸ばしていった。


「ひとーつー。家賃は1万円ぴったし、すごく格安ですー」

「ふたーつー。軽いお手伝いをお願いすることがありますー。変なことではありませんしー、お小遣いもご用意いたしますですー」

「みーっつー。ここに住む方は、皆さん少し特別な事情をお持ちですー。よって過度な詮索や付き纏うといった行為はしないことですー」

「よーっつー。ここで見たこと聞いたこと、知ったことを暴露するような行動をしないことー。これは退去した後も守ってもらいますですー」


 指は、四本。

 家を借りて住むことが初めてであった毅は、聞き漏らさぬよう、また忘れぬよう必死で一言一句に耳を傾け。


「条件としては以上ですがー、何かご質問はございますかー?」

「ないっす!」


 そうして碌に考えることもせず、胸を張ってきっぱりと言い切った。

 なにせ、彼にとって大事だったのは、ある一点(・・・・)のみだったからである。

 そんな、即答する毅を、管理人は不思議なものを見るような目で見て。


「……ちなみに、ここに住みたいと思った理由を伺ってもよろしいですかー?」


 一拍の間をおいて、問う。


「お金がないんすっ!!」


 対し、間髪を入れずに拳をグッと握り。濁そうともしない宣言の堂々さたるや。

 ただ、内容が内容だけに褒められたものでなく、加えてそれを年端もいかぬであろう少女に対して語っている構図は非常にみっともない。

 しかしそれに構わず、毅は力強く続ける。


「俺、田舎から出てきたんです。東方(とうほう)天能(てんどう)第一学園の高等部に入学するために」

「おー、確か全国でも一ニを争う天能術(てんどうじゅつ)の学び舎の名門ですねー」


 天能(・・)――正式名称は天能術(・・・)。そう呼ばれる不思議な力が、この世界には存在する。

 例えば、炎を生成して放ったり。例えば、普通では発揮できない馬鹿力を自らに溜めたり。例えば、空間に文字を介したり。

 個人個人によってその強弱や向き不向きはあるが、まるで御伽噺に伝わる魔法のような――ある一説では同一のものとされるが――そんな力。それが、天能術である。


 そして毅は、そんな天能術を学び、育て、そして戦う(・・)ための学園に入学するために来たのである。

 感心したように頷いていた管理人であるが、ふと何か引っかかるように虚空を見る。


「はてー、ですが今の時期ってー……」

「そうっす……入学試験はこれからなんす」


 元気な様子から一転、たはは、と空笑いを浮かべて毅は頭を掻く。

 そう、管理人が気にかかった点は、入学式どころかその試験すらまだな時期なのではないかということであり。

 事実、毅は合否待ちどころか、その試験すら受けていないのであった。


「俺、さっきも言ったように入学のためにここに来たっすが……家族からはあまりいい顔はされなかったんす。お前には無理だって、考え直せって言われて。――自分でも分かってるんす。俺、天能術の才能とか、無いんだなって」


 語る、というよりは自分に言い聞かせているようでもあった。

 管理人が先程言ったように、毅が入学したいと思っている東方天能第一学園は全国有数の名門校。

 日本各地からその道の才ある者が入学のために集い、そして一握り以外はふるい落とされる。


「…………」


 顔を僅かに俯かせながら、呟くような声色の毅に、しかし管理人は声をかけない。

 否、待っていた。その言葉の続きを。何のためにここに来て、そしてここに住みたいのかを。


「でも、諦められなかったっす!」


 声に覇気が戻る。上げられたその顔に悲嘆はなく、元気が戻っていた。


「それで結局、家族と色々あって……入学試験のタイミングで、こっちに出てきちゃったんす!」

「……なるほどー、つまり勢いでということですねー。それで、お金がないとー」

「うぐっ!? そ、そうっす……」


 だが、はっきりと図星をつかれ、尻すぼみとなる毅。

 そんな彼に、畳みかけるように管理人は告げる。


「ご自身でも才能が無いと自覚されているのであればー、ご家族の反応は正しいのでしょうねー。貴方が目指すのは狭き門、お節介かもしれませんが、引き返すなら今ですよー?」


 幼げな容姿であり、声であり。しかして、その内容は比例せず、鋭い。


「それに、試験に不合格だった場合は、どうしますかー? 駄目だったと、ご家族の元に戻りますかー?」


 親しい間柄ならばともかく、会ったばかりの第三者がかける言葉ではない。

 余計なお世話だ、と怒って踵を返す人もいるだろう。笑ってごまかし、ここは止めたと再び住まい探しに戻る人もいるだろう。

 だが、晩石毅という人間は。


「やらないで終わらせたくないんすっ!! 駄目だったら――それは、帰らないでこっちでそん時考えるっす!!」


 真っ直ぐに偽りの無い言葉であった。少なくとも、学園の関係者ですらない、ただのアパート(・・・・・・・)の管理人(・・・・)に話す程度には。

 無謀だとか、見通しが甘いだとか、かけるべき言葉は沢山あった。

 だが、管理人はしばらく無言で彼を見つめ。


「――いいでしょうー、では入居の契約といたしましょうー」


 にっこりと笑い、いつの間にか手に持っていた一枚の紙とペンを、毅に差し出した。


「ほ、本当っすかっ!? ありがとうございますっす!!」


 大仰に一礼し、喜びながらそれを受け取る毅。

 書いてあるのは、先程管理人が言っていた、四つの事項のみ。


 ちなみに毅は、今まで一人暮らしをしたことがなく、住居の契約等は初めて。

 そのため、こんなものなのかなと特に疑問を抱かず、軽く流し読みして名前を記入。

 管理人がそれに目を落とし、確認しましたー、と懐にしまう。


 ――そんな、時だった。


 パァッ、と眩い光が迸ったかと思うと。

 毅の隣に、服を纏っていないパンツ一丁の男が現れたのは。

主人公は覇王、準主人公として毅、という感じになります。

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