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7話 名家と呼ばれる者達

 ――ゴチンッ!!


 小鳥の鳴き声一つすら明瞭に聞こえる静かな山中にあって、その重く痛々しい音は実によく響いた。

 刹那、その異音に驚いてか、近くの木の枝に止まっていた数羽の鳥が羽ばたき、飛び去って行く。


「――っ!!」


 それに遅れること、一拍。

 声にならない悲鳴がその後に続き、虚空へと消える。


「こいつで手打ちにしといてやる。結果的に面白いもんも見れたわけだしな」


 そう言ったのは、拳を振り下ろした態勢の厳蔵(げんぞう)。彼は何事もなかったかのように腕を組み、軽く笑みを浮かべる。

 いや、実際問題。何があったかというと、事実、そう大したことではない。


 放課後、厳蔵に呼ばれていた播凰は毅と矢尾にも誘いをかけていた。

 あのドラゴン騒動の後。播凰には天能武装の作製依頼に関することで度々訪れる機会がある一方、厳蔵に明確な用事のない毅と矢尾は、彼のところに行く理由がない。

 毅はそれでもいいかもしれないが、矢尾には厳蔵を狙った事実に天能武装たる漆黒の杖を奪って壊したという事実――つまり負い目とも言えるものがある。


 それを播凰に指摘された矢尾は、当然乗り気ではないだろうが、ばつが悪そうな表情ながらもそれを了承し。

 一応あの場に居合わせて厳蔵と接点がある毅も、それに同行しているというわけだ。


 そして、何が起こったかというと。

 玄関先で矢尾が謝りの言葉を述べ。それに対して厳蔵が、素手の拳骨一発でそれを許したというだけの話。


 顔を俯かせ、プルプル肩を震わせながら両手で頭を押さえる矢尾。それを見て、喰らってもいないのに、うわぁと毅まで頭の頂点を手で押さえる始末。

 授業や摸擬戦等で天能術によるダメージを受けることがあるので痛みには多少慣れているとはいえ、痛いものは痛いようだ。


 ただし、播凰からすれば――いや他の人から見てもそうだが――ただの拳骨。

 身震いする二人をよそに、播凰は元々の己の用件を口にする。


「それで、厳蔵殿。私の天能武装を造ってくれる準備ができたという話だが」

「おう、それにあたって聞くことがある。取り敢えず、中に入れ。なんだったら、そっちの二人も着いてきて構わん」


 そうすると厳蔵は、躊躇なく踵を返して家の中へと戻っていき。


「うむ、では二人共行くぞ」

「……ぐっ、なんつー力だ、あの爺さん――」


 同じく心配の欠片もなく播凰と、ちらちらと気にする素振りをしつつ毅もそれに続く。

 痛みを堪えながら、彼等より少し遅れて最後に矢尾も厳蔵の家へと入っていくのだった。



「――な、なにぃっ!? ア、アンタ、あの捧手(ほうじゅ)一族の人間だったのかっ!?」


 家の一室に通され、まずはと面識はあるものの名を知らぬ者同士が名乗った結果。

 厳蔵の苗字を聞いた矢尾が、驚愕の声と共に立ち上がった。


「ああ。まあ、一応な」


 それに大した反応をすることもなく、茶の入ったコップを一口啜って厳蔵が答える。


「ふむ? 何をそんなに驚くことがある?」

「えっと、播凰さん。捧手というのは、天能武装の職人で有名な家の方達だったと思うっす」


 不思議そうに矢尾を見やる播凰と、それに説明をする毅。

 だが、矢尾は信じられないといった面持ちで立ったまま播凰と毅の顔を交互に見下ろし。


「はぁっ!? お前達、マジで言ってんのか!? 有名どころじゃねえ、日本における天能武装の職人の頂点に君臨する家系だぞ!」

「ほぅ、頂点とな。それは凄いな、うむ」

「ったりめーだ! そこらの一個人なんざ、オーダーメイドのオの字を伝えることもできず門前払いは当たり前。そうじゃなくても、捧手一族の人間が造った天能武装なんて滅多に市場に出ない上に、出たとしても最低数百万、下手すりゃ何千万、何、億、と……」


 力説していた矢尾だが、途中でサーっとその顔が青褪め、閉口する。

 彼は気付いてしまったのだ。最低でも数百万円クラス、下手したらそれ以上。そんな代物を、自分が一つ駄目にしてしまったということに。

 先程までの勢いはどこへやら、ピクリともしなくなった矢尾。


「気にすんな、さっきので手打ちにしてやると言っただろうが。それに、ありゃあ気紛れの産物だしな」


 その様子を見て、大して気にしていなさそうに厳蔵が言う。

 つまり、拳骨一発。彼の中ではそれで終わったことなのだと。

 しばらく立ち尽くしていた矢尾であったが、それ以外に何も言われないことで、厳蔵の本心であると理解したのか。ホッと胸を撫で下ろした矢尾は、厳蔵へと頭を下げつつ、へっぴり腰になりながらも安心したように腰を下ろし。


「あ、焦ったぜ……し、しかし、何で捧手一族の人間がこんなところに」


 そう小声で呟いた。

 それはそうだろう。まさか、そんなビッグネームがこんな場所にいるなどと思うまい。

 本当に理解しているのか怪しい播凰と十全な理解でなかった毅はともかくとして、その名の意味を正しく認識している者からすれば予想外も予想外。

 だが矢尾は、ふと何かを思い出したかのように、口元に手を当て。


「厳蔵。捧手厳蔵。……待てよ、そういや、その名前は聞いた記憶がある。そうだ、確か――」


 ちらっと、矢尾のその視線が厳蔵に向く。

 その瞳に浮かぶは逡巡。様子を伺うということはつまり、少なくとも良い言葉、誉め言葉の類ではない。

 ただ、その視線を受け、厳蔵は厳蔵で興味なさげに茶を啜っていた。

 自分の名を聞いたことがあると言われ、その反応。人によっては少し、或いは大いにと範囲の大小はあれど気にしそうなものではあるが。まあ全く気にしない人間というのもいるにはいることだろう。

 その態度が後押ししたのか。とはいえ流石に躊躇いはあるようで、声のトーンを落としながらも矢尾はその言葉の続きを綴った。


「――腕は確かだが、酔狂者。捧手一族の異端児、だとか」

「異端児か。確かに、そう呼ばれたこともある……が、違いねえ。そうでもなきゃこんな寂れた山中で暮らしちゃいねぇわな」


 それを聞いて尚、くつくつと笑みをこぼし、更には肯定する厳蔵。

 気にしていない、というよりかは本人も自覚しているような感じであった。


「ふむ、とにかく厳蔵殿の家系は凄いということだな」

「……す、数百万、千、億……」


 そんなやりとりを前にして、播凰はゆっくりと笑みを見せながら頷き。

 毅は毅で、金欠の身としては――学生どころか大抵から見てもだが――とてつもない金額の桁を聞いてさっきから今に至るまでフリーズしている。

 それに疑いの目を向けるのは、勿論矢尾だ。じとっとした視線が、のほほんとする播凰を射抜いている。


「晩石は……まあいい。が、問題はお前だ、三狭間。お前、自分が天能武装を頼もうとしている相手が何者か、本当の本当に分かってんのか?」

「うむ、厳蔵殿だな。そして私はどのような天能武装ができるのか、今からもうワクワクしているぞっ!」

「だぁーっ、違ぇ! だから、あの捧手の天能武装を手にするってのがどういう意味か理解してんのかって言ってんだよ!」


 調子が外れたような返答。

 当然矢尾が聞いたのは、誰かという話ではない。そんなのは聞くまでもない。

 能天気さ全開の播凰に、矢尾は頭を掻きむしるようにして顔を真っ赤にして吠える。


「捧手だぞ! 分野は違ぇが、天能(てんどう)始祖(しそ)四家(よんけ)に匹敵する家系だぞ!? テメエ仮にも天戦科の人間なら、そっちは流石に知ってるだろ! ってか、知ってるって言えよ、頼むから!!」

「ふむ、知らぬ」


 なんというか、必死であった。最後に至っては懇願の響きすら含んでいた、矢尾の荒ぶった声。

 だが、当然ながら――当然のように、播凰は知らぬと切って捨てる。

 それに一瞬鼻白む矢尾であったが。


「……はぁっ、天能始祖四家だぞ!? 知ってて当然、そうでなくとも今、丁度星像院(せいしょういん)の人間が東方第一の高等部に入学してきて、散々話題になってるだろうがよ! ただでさえテメエ、受験の実技試験の組が一緒だった上に、入学の式典でも新入生総代として見てるだろうがっ!!」


 がーっと、半ば怒鳴りたてるように。矢尾は息を乱しながら一気にそこまで捲し立てた。

 フリーズからようやく復帰した毅はおろおろとしており、厳蔵は何が面白いのかニヤニヤとして事の推移を見守っている。

 彼が落ち着くとしたら、それは恐らく播凰が期待通りの返しをした時だろう。

 だが、それは期待するだけ無駄であり。


「――まあ、取り敢えず落ち着くがよい」


 ただのその一言で、矢尾は無理矢理止められることとなる。

 無理矢理と言っても、力尽くで暴力に訴えたわけではない。

 言葉に力を込めた。やったのはただのそれだけ。

 しかして、それで矢尾は止まった。まるで吠えたてる犬が見えぬ手で口元を押さえられたかのように。


「お主は先程から、家がどうのとばかり気にしているが。私からすればそんなのはどうでもよく、ただ単に厳蔵殿に頼みたいと思ったから依頼したにすぎない」

「…………」

「結果的に、厳蔵殿の家系が凄いというのは分かった。それは私からすれば喜ぶべき事実なのだろう」


 ――が、それだけだ。


 至極当然、といった風に断言する播凰に、矢尾は黙り込む。

 優れた鍛冶屋、大いに結構。事の発端は最強荘の管理人に紹介されたからであるが、播凰が見たのは人であり、その背後にある家名ではない。

 よって仮に厳蔵が無名であろうと、変わらず播凰は依頼しようとしたことだろう。


「ふん、家名に踊らされるなんざただの阿呆ってのは同意するがな」


 と、沈黙を破りそんな両者の会話に割って入ってきたのは、話題の中心でありながらもこれまでニヤニヤとして眺めていただけの厳蔵。

 もっとも、播凰はそこまでの物言いはしていないのだが、それはさておき。

 だが次の瞬間には、厳蔵はそのニヤつきを消すと。


「しかし小僧、気になることを言ってたな。星像院の人間が東方第一に入学しただと? それは確かか?」

「……あ、は、はい」

「言うまでもなく、あの家の人間は南方第三に行くはずだが――なんだってあっちの人間が東方第一に来る?」

「え、いや、それは俺も分からなくて……」


 眉根を寄せ、矢尾へと端的に質問を投げかける。

 悪いことをしたわけでもないのに、しどろもどろとなっている矢尾。

 それは、老体でありながらも威圧的――厳蔵にその意図があるかは別として――であるからか、名家である捧手一族の人間と知ったからか、はたまたその両方か。


 話を聞いていた播凰は、今しがた登場した単語について自身の記憶と照らし合わせる。


 東方第一。言うまでもなく、現在播凰が通っている学園である。

 そして、南方第三。これは東方第一と同じく、天能術を教える学園のこと。

 最後に、星像院。覚えている。そこまで深くはないが、入学試験から始まり幾度か関わりのあった女生徒、(せい)(しょう)(いん)麗火(れいか)の苗字だ。

 世話になったというのもあるが、播凰の脳裏には未だに、彼女が入学試験で放った氷の龍が鮮明に刻まれている。


 先程、矢尾の言っていた天能始祖四家。四家というからには四つの家があるということで、察するに星像院はその一つということだろう。加えて、東西南北の一字が入った四つの学園の存在。

 行くはず、というのはつまり四家と四校という数の一致に意味があるのか、と播凰がそこまで考えたところで。


「いやー、びっくりしたっす」


 隣からこそこそとそんな声。

 フリーズしたり、おろおろしたりと何かと忙しない毅である。


「ふむ、毅よ。お主は、天能始祖四家とやら、知っておるか?」


 ついで、というかこれ幸いと試しに播凰が尋ねてみれば。

 毅は一つ頷き。


「えっと、何でも古くから続いている四つの家のことで、確かこの国で初めて天能術を行使した、とか伝えられているとかなんとか」

「ほう、初めて」

「で、その四家はそれぞれ四方に、つまり東西南北に散らばって住んでるみたいっす。俺もこっちに出てきてから知ったので、あんまり詳しくはないんすが」


 簡潔な説明。それを聞いた播凰は、頷くに留まりそこで質問を止めた。

 興味がないわけではなかったが、さりとて大いに気を惹かれるものでもない。

 なにせ、目下、播凰が気にしているというより最優先事項は天能術を使えるようになることなのだ。


 ……初めて天能術を使ったというのは、気にならないでもないが。


 そして先程からも口に出している通り、播凰は名門だの名家だのとはあまり気にしない性格。

 知る必要があれば、知るべき時が来れば知る。それで播凰の中では完結した。


「――まあ、その話は今はいい。ってことで、本題だ」


 そうこうしていればあちらも会話は終わったようで、厳蔵は今度はその膝を播凰へと向ける。


「三狭間の小僧。何を天能武装とするかは、勿論決めてきただろうな?」


 余計な会話で盛り上がってしまったが、本命は播凰の天能武装だ。

 返答の中身すら制限するような厳蔵の鋭い声。涼やかとそれを受けて、播凰は胸を張る。


「――うむ、私は杖を所望するぞっ!」


 その播凰の宣言を受けて、反応は三者三様であった。

 一人、矢尾はあからさまに、似合わねえとでも言うかのようにジトっと見やり。

 二人、毅はまあそうだろうな、と分かっていたように苦笑している。


 そして肝心の厳蔵は。

 播凰の発言を聞いた上で、ゆっくりと茶を啜りながら瞳を閉じ。


「天戦科だから、杖。もしそう考えてんなら、やめときな」


 数秒の余韻の後。コップを置き、目を閉じたまま、一言。

 短くそう告げるのだった。

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