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25話 狂気を宿せしもの

 変わらぬ日々が続いていた。


 三狭間播凰と晩石毅の間に溝ができたまま言葉を交わさないことも変わらなければ、播凰が天能術の実技の授業を見学することも変わらない。

 天能武装の無しを理由に授業を見学する回数が増えるにつれ、クラスメートの視線が播凰に集まる回数も頻度も増えていったが、しかし彼らはそれだけで直接的なアクションを起こそうとはせず。

 なぜだか、時折他のクラスと思しき生徒もH組に顔を覗かせていたが、何をしていたのか。

 とかく結局はその状況すらも、播凰へ影響を与えたかという意味では依然として変わることはなかった。


「うむ、今日は厳蔵殿のところへ買い物を届ける日だ」


 唯一、播凰の生活リズムで変化があるとすればそれは。山中に居を構える天能武装の職人、捧手(ほうじゅ)厳蔵(げんぞう)の元へ行くことである。

 毎日ではないものの、学園のある日は食料品等を買って届けたり、休みの日であれば掃除に訪れたり。

 やっていることはただの雑用であるが、現状、やれることもなく手持無沙汰に近い播凰にとっては、ほどほどにいい時間潰しとはなっていた。


「……が、その前に」


 そして、もう一つ。本日、新たに変化が加わろうとしていた。

 ゴクリと喉を鳴らし、覚悟を決めたような瞳で播凰はそれを見据える。

 一日最後の授業の終了を知らせる鐘の音が響いた後、播凰はとある場所へと訪れていた。その場所とは、存在こそ知っていながらも、今の今まで来るのを躊躇していた学園の施設の一つ。

 いや、それを眼前にしたこの瞬間も、両足は重く、進まない。

 だが、播凰は深く息を吸い込み、そして吐き出し。吊り下げられたプレートに刻まれた文字を一瞥して大きく足を踏み出した。


 その施設の名を――。

 ――図書室、という。


 扉を一つ隔てた空間の向こうは、静寂に満ちていた。

 廊下までは生徒達の話す声が聞こえていたというのに、まるで異空間にでも入り込んだかのよう。


 入ってすぐに、目線の先、もうそこには巨大な書架。そしてきっちりと居並ぶ、書籍達。

 それが幾重にも連なっている。


「む、むうぅ……」


 その光景が視界に入っただけで、播凰は苦悶の声をあげた。

 彼の後に図書室に入室してきた生徒が、邪魔そうに、変なものでも見るかのように通り過ぎて行ったが、そんなのは気にならない。


 脳裏に去来するのは、机に積み上げられた参考書に問題集。そして対面のいつもと同じニコニコ顔の、最強荘の管理人。

 そう、入学前の勉強会。その弊害であった。


 既にダメージを受けている播凰であるが、ここまではまだ序の口も序の口。

 本題はこの先。大量の書架の中から、目的の本を探し、そして読まなければならないことである。


 ……書物とは、こんなにも強大であったろうか。


 彼にしては珍しく戦々恐々と、二の足を踏んでいる。

 馬鹿馬鹿しいことではあるが、映る景色はそれほど播凰にとっては巨大な壁足り得た。

 その内心を覗ける者がいれば、何を言っているんだと思うこと請け合いだろうが、幸いにしてそんな人物はいない。


 ――ただし、覗けなければ問題ないということでもなく。


「……一体何をしているんですか、貴方は」


 不思議そうな、それでいて呆れを含んだ響きの声が、すぐ横から届いた。

 弾かれるように、播凰は隣を向く。


 そこには彼女――星像院(せいしょういん)麗火(れいか)が、不審な物を見るような目つきで、立っていた。


「おお、其方は……うむ、私はこれより強大な敵に挑もうとしているところである」

「……はあ」


 そして、考えていたことをそのまま口にする。

 当然ながら播凰のその言葉を聞いた麗火は、よく分かっていないような――実際確実に分かっていないのだろうが――生返事をした。


 だが、それも詮無き事。もし言葉の意味を理解できるとしたら、それは恐らく播凰と同じような感性の人間だろう。

 そう考えると、彼女は新一年生の総代であることからして、勉学の面でも優れていることは想像に難くない。

 つまりは、播凰とは対極の存在だ。天能術の面でも、勉学の面でも。

 新入生の天戦科における優等生(頂点)問題児(底辺)。しかしながらそんな二人が最低限とはいえ知り合いであるのは、如何なる偶然か。


 故に同意など得られるわけもなく、返ってきたのはより深まる疑念。

 だがふと、ここで播凰、ピンと閃いた。


「時に其方、ここには何度か来ているのか?」

「え? そ、そうですね。流石に毎日ではありませんが」

「ほう! では一つ、頼まれてはくれないか!?」


 つまり、聞いてしまおうと。ついでに、目的を満たす本を見繕ってもらおうと。

 初めて来たわけではないという麗火に、活路を見出し。無意識に高じたテンションは、その懇願を図書室に響かせ。


 一拍遅れ、ゴホンと。

 咎めるように、咳払いが木霊した。同時にいくつかの非難の視線も、図書室入り口に――正確にはそこにいる播凰と麗火の二人に集っている。


「……ああもうっ! 貴方という人は……っ」


 その複数にして無言のメッセージに麗火は顔色をほんのりと紅潮させ。

 小声で、ヒソヒソと。半歩ほど播凰に近寄った。


「静かにしてください。……それで、何だというのです?」

「うむ。本をな、探したいのだ」


 簡潔な播凰の頼みに、麗火は、はぁっと僅かに息を零し。


「……あの時もそうでしたが。私と貴方は頼みを聞くほどの仲でもなく、またその義理もありません」


 彼女は、その身を翻す。

 すたすたとそのまま歩き去りそうな雰囲気ではあったが、しかし。


「……ですが、騒がれても迷惑です。一先ず場所を移動しましょう」


 目線で促し、図書室の奥の方へと向かっていく。

 その背中に続いていく播凰。気分はさながら、数多の本の荒波へと進み入る船の、その一乗組員のようだった。

 ちなみに、恐れずして先を行く麗火は船頭である。


「それで? 何の本を探しているのです?」


 小さな、しかし棘のある声で、麗火が聞いてくる。

 私語厳禁、というルールは図書室にはないので、多少の会話であれば許容範囲で目くじらを立てられることはない。

 大声然り、笑い声然り、暗黙の了解の上で眉を顰められるのは、そういった喧しい類の騒音だ。


「天能の性質について記されている本だな。分かりやすく、性質の一覧のようなものがまとめられているような本であれば、なお良い」

「……なるほど」


 播凰が求めていた知識は、性質にどのようなものがあるか。

 今後、自身の性質が判明した場合。その時になれば勿論調べることだろうが、事前に性質の種類を少しでも知ろうとするのは悪い手ではない。

 よしんば、己の性質が文献に存在しないものだとしても、知識としては無駄にはならずそれはそれで興味がある。


 先日視聴した、大魔王の動画。その中に登場した伝説の性質、幻。きっかけはそれだ。


「でしたら、これなどはいかがでしょう?」


 要望を聞いた麗火が、書架から一冊の本を手に取って播凰に渡す。


「おお、ありがたい。では、早速読ませてもらう。感謝するぞ」


 すると播凰は軽く表紙に目を落とした後、礼を述べて椅子とテーブルの設置された読書用のスペースへと向かっていった。


「…………」


 その背中を、麗火は暫し目で追った。

 彼女が勧めた本。それは所謂、図鑑だ。

 麗火自身も以前に読んだことがあり、割とポピュラーな部類。子供でも読みやすく、これで様々な性質を知ったという人も多いであろう、そんな一冊である。


「本当、変わった人……」


 一般の学校に通う生徒であるならまだしも、この学園に通っていながらそれを知りたいというのは、段階としては遅い。


 風変りな人物、という印象はあの実技試験の会場で出会ったその時から抱いていた。そしてそれで終わるはずであった。

 だが、邂逅はその時だけに止まらず、どういうわけかこうして学園で顔を合せていて。その認識はますます強まっている。


 先の戦いでもそうだ。武戦科であれば、撃ち込まれた天放属性の天能術を、天能武装で迎撃するのも、身一つで躱すのも珍しくはない。手に装着するタイプの天能武装であれば、殴るのも然り。

 だが、彼は天戦科であり。同時に、素手であった。

 もっとも、矢尾は新入生としては上位のレベルであるが、あくまで新入生の域を出ず。そして播凰が素手で対処したのは天介属性の拘束系の術。

 有り得ない、とは言えない。だが、密かに天能術を行使していたのではないかと言われた方が納得がいくのは確か。


 それになにより――己のこの姓(星像院)に何ら一つとして反応を示さない。


 播凰が席に座り、疑うことなく渡した本を読み始めたことを書架の間から確認すると。

 視線を切った麗火は、自分の元々の用事を済ませるために動くのであった。




「……はぁー」


 長く、憂鬱さの籠った溜息であった。

 周囲には誰もいない、渡り廊下。そんな空間をただ一人、のろのろとした足取りで、晩石毅は歩いている。


 ここ最近では、それがもう彼の放課後のお約束となりつつあった。

 学園の敷地内、その隅っこ。誰の邪魔にもならないように、誰にも見られないように。

 天能術の上達のため、毅は特訓をしていた。


 しかし、その成果はというと、態度が示す通り芳しくない。

 いや、ちょっとやそっと努力しただけで実力がつくわけないのは、理解している。

 だが、そうするしかないのだ。少しでも授業に着いていくには。置いていかれないようにするには。


 そんな訳で、今日もまた。毅はとぼとぼと下を向き、歩いていた。


「――よう」


 だからか、気付くのが遅れた。

 声をかけられたのだと、そう毅が認識したその時には。

 ぬっ、と視界の外から伸びてきた手が彼の胸倉を掴んでいた。


「ぐっ!?」


 引き寄せられ、堪らず苦悶の声を漏らす。

 だが意外にもすぐに手は離されて、バランスを崩した毅は地面に手と膝をついた。

 何が、とそれを行った人物を確認しようと、顔を上げる。


「……っ」


 そうして、ひゅっ、と短く息を呑んだ。

 立っていたのは茶髪の男子生徒。その名を、毅は知っていた。


 ――矢尾(やお)直孝(なおたか)


 忘れもしない。忘れるわけがない。その光景は未だ脳裏に鮮明に焼き付いている。

 播凰と戦い、そしてそれに負けた生徒。

 結果的に播凰に負けたとはいえ、その実力は毅が到底敵わぬものであり、天戦科の最上位であるE組の生徒。


 ――だが。


 ギラギラとした瞳。寒気を感じさせる、異様な雰囲気。


 ――ほんの一瞬、別人のように感じた。


 毅の記憶にある軽薄そうな笑み、ではある。毅を見下ろすその顔は、実技試験の時も、食堂でのいざこざがあった時も見たものだ。

 彼と毅は直接会話したこともなければ、会ったことすらただの数度。だから、知らぬ一面など当然にして存在し、むしろ知らない面の方が多い。

 けれども、その上で確かに見紛うた。何がとは言えない。だが、何かが確実に違っていて。


「テメエに聞きたいことがある。なに、正直に話せば痛い目にあわずに済むぜ?」


 嗤っている。

 しかし、怪しい光を宿した冷たいその瞳は、真っすぐに毅を射抜き。


「単刀直入に聞く。あの野郎……三狭間播凰が依頼したとかいう天能武装の職人。そいつは、どこにいる?」

「……っ!!」


 硬直する。

 何故そのことを、という疑問がまず頭を駆け巡った。

 毅が知っているのは、管理人から聞かされたから。そしてその場所も会話のすぐ後に、端末へと連絡が届いていた。


 そして同時に思った。それを聞いて何をしようというのか、と。


「な、何のことっすか? そ、それに、俺は播凰さんとはもう……」

「へえ?」


 ニタリ、と矢尾が嗤い、その手に天能武装を顕現させた。

 音もなく現れたその先端が、蹲る毅の顔の、そのすぐ横に添えられる。

 咄嗟に出た毅のごまかしは、それによってピタリと止められた。


「知ってるんだぜ、俺は。そして、時期的に考えると今が頃合いだ。ぼちぼち完成間近か、そうでなくても大方、形ぐらいにはなってるだろうよ」

「…………」

「しらを切るってんなら、痛い思いをしてもらうしかねえなぁ?」


 矢尾はクツクツと肩を震わせると、じゅーうっ、きゅーうっ、とそれはさも楽しそうにカウントダウンを始めた。

 静寂とした空間に、それは大きな声でもなしに不気味と反響する。

 毅は、動けなかった。彼我の実力差が明白であるがゆえに。異様な雰囲気にあてられたがゆえに。

 逃げることも、歯向かうこともできず。


 ――カウントが、三の数字を切った。


「や、山に……」


 竦ませた身で、それを絞り出すのが精一杯だった。

 端末へと送られてきていた地図と文字。とてもではないが見たいものではなく、しかし見てしまった、その情報を必死に思い出して。


「……ってーと、本当にあそこなのか。ふん、嘘じゃなかったみたいだな」


 スッと毅の顔の真横に添えられていた矢尾の天能武装が消える。

 思案するように矢尾が腕を組み、彼方を睨んだ。

 へなへなと、毅は崩れ落ちるように地面に座り込む。


「だが、これではっきりした。ありがとうよ――友を売った、落ちこぼれ君」


 そんな毅を、つまらなさそうに、小馬鹿にするように最後に見て。彼、矢尾は悠然と姿を消した。

 残ったのは、元通り毅一人。緊迫とした雰囲気も元に戻り、はぁはぁと、まるで呼吸を止められていたかのように荒々しく空気を求める。


 ――なんだったのか。


 いやにあっさりと終わった。

 心臓が早鐘を打つ中、無様に座り込んだまま、思考する。


 ――巻き込まれたんだ。


 彼の狙いは判然としている。播凰以外にはありえなく、事実、毅には脅しただけで痛めつけることはなかった。

 その言葉から察するに、目的は播凰本人というわけではなく、その天能武装作製を依頼した職人――ひいては、天能武装そのもの。


 ありうる可能性は――播凰向けに作製された天能武装の奪取、あるいは破壊か。


 未だ小刻みに震える身体で、毅は端末を取り出す。

 そして、播凰にメッセージを取ろうとして。しかし、その指は動かなかった。


 ……今更、どんな顔して連絡すればいいんすか。


 その震え故、ではない。情けなくも恐怖から涙で視界が滲み、端末が見えないからでもない。


 矢尾が天能武装を狙っているかもしれないから注意しろ?

 何をされるか分からないから気を付けて?


 言えるわけがない。どの面下げて、警告などと。


「……大丈夫っす。あの人ならきっと」


 力なく顔を伏せ、呟く。


 大丈夫だ、播凰なら。あの摸擬戦で矢尾を圧倒した、異常な力を持つ彼なら、返り討ちにする。だからきっと、大丈夫。


 言い聞かせる。

 自分は巻き込まれただけだ。巻き込まれただけなのだ。

 ただ巻き込まれただけで――しかし、他ならぬ晩石毅(自分)がそれを、教えてしまった。保身のために。


「…………」


 座り直し、膝を抱える。時はそのまま少し過ぎ。

 やがて雲の合間から、夕暮れが差した。


 ――それでも私は、ここで学び、天能を使ってみたいのだ!


 その宣言は、今でも覚えている。

 あの時は、ただの驚き、インパクトの強さから記憶に残っただけだと思っていたが。

 今、思い返せばそれは。圧倒されていたのだろう。天能の実力無しに立ち振る舞うその芯の強さに。


 ――だが、毅の天能も悪くは無かったぞ! まるで投石機のようだったな!


 そしてその帰り道。

 彼は、毅の天能術を褒めた。派手さの欠片もなく、地味でしかなく。友達はおろか、家族すら(・・・・)褒めることのなかったその実力を。

 きっと嬉しかったのだろう。上っ面のお世辞ではなく、心の籠った言葉だと不思議と理解できたから。


 ――友を売った、落ちこぼれ君。


 気が付けば、立っていた。

 勇敢にでもなく、堂々とでもなく。だけども、歯だけはしっかり喰いしばって。

 近くの渡り廊下の柱を支えにしてようやく、といった様子だった。傍から見れば、不格好極まりない。

 けれども確かに、立ち上がる。


 涙を拭う。そうして、大きく息を吸い込んだ。


「……っ!!」


 足の震えは、全身の震えは、まだ止まらない。

 でも、それでも。

 晩石毅は、駆け出した。



 一方、その頃図書室では。


「ふむ、成程……」


 眉間に皺を寄せつつも、播凰が意外にも夢中になって本のページを捲っていた。

一章も残り数話。

まずは毅VS矢尾。そして播凰VS???

よろしくお願いします。

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